東京大学 院試 過去問 解答例
東大 理学系研究科 物理学専攻 専門科目(物理学) 2016年度 院試 解答例・解説
東京大学 理学系研究科 物理学専攻 専門科目(物理学) 2016年度の院試 過去問について、設問ごとの解法方針・部分点の置き所を解説。全6問収録の解答・解説PDFと併用できます。問題本文は含みません。
最終更新:
第1問 — 量子力学:局在磁束とゼロモード
演算子の構造を先に見る
この問題では二階微分方程式を直接解く必要はない。 と書けるため,零エネルギーでは正値量 が消え,一階方程式だけに落ちる。これは Aharonov--Casher 型の零モード数え上げで最も重要な発想である。
スピンの向きは指数因子で決まる
正磁場では が遠方で正の対数発散をする。上向き成分は を含むので必ず増大し,下向き成分は により減衰する。途中の交換子の符号を誤ると,この結論が逆になってしまう。
端の次数は含まれない
下向きで となる整数境界では,密度に面積要素を掛けた積分が 型になり発散する。したがって単純な床関数ではなく, という「整数磁束で一つ落ちる」数え方になる。
2016年度は公開から時間が経過しているため、解答・最終答まで全文公開しています
電子の電荷を とする。本問の共変運動量を とおくと, である。したがって を考えればよい。
1. スピン交換関係パウリ行列の関係 から また のスピン依存性は だけであり, はスピン空間には作用しないので, である。従って と は同時対角化でき,スピンの上下を分けて考えられる。
2. ディラック型演算子の二乗行列演算子 は, がエルミートで,パウリ行列が運動量と可換であるためエルミートである。また 二乗は よって が得られる。ここで交換子の符号を間違えると,後の「どちらのスピンに零モードが出るか」が反転する。
3. ノルム恒等式とし, とおく。 と より 左辺はノルムなので非負である。
4. 正エネルギー状態の対束縛状態は であるから, なら上の恒等式から である。 さらに は と可換であるため, また なら なので である。 のとき,反交換関係から 従って正エネルギーの上向きスピン状態は,同じエネルギーをもつ下向きスピン状態へ写る。
5. 零エネルギー方程式ではノルム恒等式より だから である。ここで と書くと 従って零エネルギー条件は に分解される。
ベクトルポテンシャルを と表すと, である。複素座標 を用いると 定義 を代入すると, したがって すなわち は の正則関数, は の正則関数である。
6. 零モードの個数半径 の円板内に一定の正磁場があるので,全磁束は である。与えられた は遠方で と振る舞う。
上向きでは である。 が多項式なら,最高次数を として遠方で なのでこの積分は収束しない。よって上向きスピンの零エネルギー束縛状態は存在しない。
下向きでは である。 の最高次数を とすれば 無限遠で規格化可能であるためには が必要十分である。従って許される単項式は のうち を満たすものだけであり,一次独立な零モード数は 特に が整数のとき,境界次数 は 型になって規格化できないため,一つ少なく数える。
最終答
交換関係は は と を満たす。 では となり, は , は の正則関数になる。正磁場の円板では上向き零モードは存在せず,下向き零モードの数は である。
第2問 — 統計力学:調和振動子の古典極限と量子補正
平衡位置を先にずらす
自然長 はエネルギーの基準ではなく,位置の中心を決めるだけである。最初に と置けば,通常の調和振動子そのものになり, と分散の計算を混同しにくい。
古典と量子の差は低温で出る
古典計算では連続的に任意の小さいエネルギーを取れるため,各二次項に常に が入る。量子計算では隣り合う準位の間隔が なので, では励起状態がほとんど占有されず,比熱が消える。
位置分散は比熱と同じ極限を反映する
高温では となり古典分散に一致する。一方,低温では零点揺らぎが残るため,位置分散はゼロにならない。比熱はゼロへ向かうが,位置の量子揺らぎは残る点を区別する必要がある。
2016年度は公開から時間が経過しているため、解答・最終答まで全文公開しています
各質点は独立であるから,一個の質点だけを解けば十分である。平衡位置からのずれを とおくと,一個分のハミルトニアンは である。以下では と書く。
1. 古典力学の場合古典正準分布は である。運動量と位置の積に分離しているので,等分配則から直ちに したがって質点一個当たりの内部エネルギーと比熱は 全系では独立な質点が 個あるだけなので,内部エネルギーと比熱はそれぞれ , である。
位置分布は について偶関数であるから 分散は,問題で与えられたガウス積分を に対して用いれば よって
2. 量子力学の場合量子調和振動子の固有値は である。一個分の分配関数は 従って質点一個当たりの内部エネルギーは 比熱は
次に位置の平均と分散を求める。 であり,固有状態では である。これは与えられた式で が と の線形結合になり, となるためである。正準分布はエネルギー固有状態で対角なので,
同じ式を二度用いると 平均占有数を と書けば,量子力学での位置分散は これは でも消えず,零点揺らぎ を残す。
3. 高温極限・低温極限とおく。高温極限 では だから すなわち高温では古典結果に戻る。
低温極限 では 古典比熱 が温度に依らず残るのに対し,量子比熱は励起ギャップ のため指数関数的に小さくなる。
最終答
質点一個当たりの古典結果は 量子結果は 高温では ,低温では である。
第3問 — 力学:ロケット方程式と一定固有加速度
質量変化の符号を固定する
この問題では と置くと式が安定する。噴射されたガスの質量は であり,非相対論では となる。ここで符号を逆にすると,噴射で質量が増える不合理な式になる。
相対論では速度でなくラピディティを積分する
速度 は加法的ではないが,ラピディティ は加法的である。一定固有加速度は という直線的な式になるため, が自然に出る。
同じ指数でも時間の意味が違う
非相対論の指数は慣性系時刻 に比例する。相対論の指数は固有時間 に比例する。高速度では と の差が大きくなるので,対地時刻で見た質量減少は単純な ではない。
2016年度は公開から時間が経過しているため、解答・最終答まで全文公開しています
噴射ガスのロケットから見た速度を とする。ロケットの質量変化は で表す。
1. 非相対論的な質量減少率時刻 のロケット速度を ,微小時間後の速度を ,質量を とする。この間に噴射されたガスの質量は であり,慣性系から見たガス速度は非相対論的には である。 運動量保存は,一次の微小量までで となる。二次の微小量を捨てると ロケットが一定加速度 で運動するので であり, を得る。
2. 非相対論での質量初期条件 を用いて上の微分方程式を解けば この指数減少は,速度を同じだけ増やすたびに同じ割合の質量を消費する,というロケット方程式の性質を表している。
3. 相対論的運動の整理対地速度を , と書く。時空間隔 より, したがって空欄イは である。
4元速度は である。計量を とすると また だから 従って空欄ロ,ハは
さらに とし,正の 方向へ加速しているとする。条件 を解く。 を用いれば 従って空欄ニ,ホは
4. 一定固有加速度での速度1次元運動ではラピディティ を で定義すると計算が簡単になる。このとき であるから 正向き加速を取ると であり, で という条件を満たす。よって 対地速度は に近づくが超えない。
5. 4元運動量保存ガスの対地速度を ,対応するローレンツ因子を とする。微小過程前のロケットの4元運動量は である。微小過程後は,ロケットの質量が ,4元速度が ,噴射ガスの静止質量が ,4元速度が であるから, 一次の微小量まで残すと 成分で書けば これが求める4元運動量保存則の一次近似である。
6. 相対論的な質量上の式をロケットの瞬間静止系で読む。この系では,噴射直前のロケットは静止しており,ガスは速度 で噴射される。ガスのローレンツ因子を とする。エネルギー保存と運動量保存は一次までで となる。ここで は瞬間静止系で見たロケットの微小速度増加である。第一式から であり,これを第二式へ入れると 瞬間静止系で見た加速度が固有加速度なので である。従って 初期条件 から
この式は設問2の と形は同じだが,時間変数と加速度の意味が異なる。非相対論では慣性系時刻 と対地加速度 を使っている。相対論では,ロケットに同乗した時計の固有時間 と,瞬間静止系で測った固有加速度 を使っている。
必要なら慣性系時刻との関係は であるから, では となり,設問2の非相対論的結果へ戻る。
最終答
非相対論では 相対論の空欄は である。一定固有加速度では 4元運動量保存は ロケット質量は であり,非相対論式と同形だが,時間は固有時間,加速度は固有加速度である。
第4問 — 電磁気学:プラズマ干渉計とカットオフ
符号は定義で固定する
プラズマでは の範囲で屈折率が 1 より小さいため,同じ距離を進んだときの位相蓄積は真空より小さい。本解では と定義したので正になる。もし を位相差と定義すれば全体の符号だけが反転する。
カットオフと近似の違い
電磁波が通るための最低条件は が最大電子密度を上回ることである。一方,設問2の一次近似は を使っている。したがって桁見積りの下限はカットオフで決まるが,精密測定ではそれより高い周波数にして,屈折や反射の補正を小さくする。
ヘテロダインの要点
同一周波数では出力が だけに依存するため, と を区別できない。周波数差を入れると,既知の速さで回る基準位相に対してプローブ位相が進むか遅れるかを読める。ここで が より十分大きいことを書かないと,符号判定と時間追跡が同時に成立する理由が不十分になる。
2016年度は公開から時間が経過しているため、解答・最終答まで全文公開しています
与えられた屈折率を と書く。以下では,位相差は真空の場合からプラズマを入れた場合を引いた とする。
1. 半空間プラズマ中の電場
では は実数であり,プラズマ側の透過波は の形で伝搬する。したがって電場が空間的に 1 周期変化する特徴的長さは である。
では と書ける。物理的に許されるのは で発散しない解なので, となる。これは伝搬波ではなくエバネッセント波であり,侵入長は である。
2. 円柱プラズマを横切るときの位相差
中心を通る光線では,円柱内の位置を とすると半径方向距離は である。低密度近似 では である。よって したがって つまり測定された位相差は,電子密度の線積分値に比例する。
3. 放物型密度分布での周波数と位相差
密度分布が であれば,中心を通る線積分は
周波数の下限の桁は,中心の最大密度で電磁波が遮断されない条件 で決まる。したがって であり,数値を代入すると 桁としては ,すなわち数十 GHz である。
この下限程度の周波数を用いると, なので 実験では近似式をよく成り立たせるため,この値より十分高い周波数を選ぶ。
4. 同一周波数干渉計の出力
参照波とプローブ波を と書くと,重ね合わせは である。よって, を実振幅として
5. 周波数をずらした干渉計
参照波とプローブ波の角周波数をそれぞれ とし, とおく。検出器で重なる電場を と書けば, である。
第1項と第2項は主に直流成分またはゆっくりした強度変動として現れる。一方,位相差を含む項は のまわりのビート信号として現れるので,周波数選別または復調により背景の強度変動と分けられる。さらに既知の基準位相 に対するビート位相の進み遅れを読むため, の正負も追跡できる。
ただし,位相変化がビート周期中に大きく変わると位相追跡が破綻する。したがって となるように選ぶ必要がある。
最終答
半空間では なら波長 で伝搬し, なら侵入長 で指数減衰する。円柱プラズマを通過する位相差は 放物型分布では , 。同一周波数干渉計では 周波数をずらすと かつ が必要である。
第5問 — 実験物理:電子散乱と荷電半径
計数式では標的原子核数を忘れない
入射電子数,単位面積あたりの標的核数,検出器の立体角を掛けたものが,検出数に対する分母である。電流を電子数に直すために が入り,標的の物質量を原子数に直すために が入る。
形状因子の傾きに 3 が出る理由
指数展開の二次項だけを見ると係数は だが,球対称平均で が になる。この と二次展開の が合わさって になる。
グラフ読み取りは低運動量移行だけを使う
半径は 近傍の傾きで定義される。大きい まで含めて直線を引くと,高次のモーメントや回折構造の影響を半径に混ぜてしまう。設問の概算では,最初の数点から傾きを 1 桁で読むのが十分である。
2016年度は公開から時間が経過しているため、解答・最終答まで全文公開しています
高エネルギー電子の弾性散乱では,電子をほぼ点状の電磁プローブとして用い,原子核の電荷分布を運動量移行依存性から読む。以下では電子質量を無視し,必要な概算は 1 桁の精度で行う。
1. 加速器方式の適否
- 静電加速器は適さない。電子に数百 MeV を与えるには,電荷 に対して数百 MV の静電電位差が必要である。これは絶縁破壊や装置寸法の点で現実的でない。
- 一定磁場・一定周波数の古典的サイクロトロンは適さない。電子は数 MeV 程度ですでに相対論的になり,角速度 がエネルギーとともに変化するため,一定周波数の高周波電場と同期し続けられない。高エネルギー電子では放射損失も問題になる。
- 線形加速器は適する。高周波電場を直線上の空洞または電極列に同期させれば,相対論的電子でも位相を合わせて段階的に加速できる。円軌道でないため,曲げによる放射損失も小さい。
2. 検出数から微分断面積を求める
入射電流を ,測定時間を とすると,入射電子数は である。標的の面密度は であり,原子量をモル質量として扱えば,単位面積あたりの標的原子核数は である。厚い標的効果や多重散乱を無視すれば,立体角 に入る検出数 は である。したがって ここで は標的核種を指定する量だが,この計数から断面積を逆算する式そのものには現れない。
3. 運動量分析用磁場
磁場中での曲率半径 は で決まる。実用単位では であるから,, では
4. 陽子標的での反跳による散乱電子エネルギー
標的陽子が実験室系で静止しているとする。電子質量を無視すると であり,反跳陽子の不変質量条件 を用いる。電子では , だから,整理して を得る。,, では 1 桁では である。
5. 形状因子の傾きと荷電半径
球対称な規格化電荷分布 に対して と書く。小さい で指数関数を展開すると 球対称性により一次の項は消え,角度平均では である。したがって この範囲で は実数なので よって, を に対してプロットした直線部分の傾き を と読めば である。横軸を ,半径を で扱うときは を使えばよい。
6. データからの重陽子荷電半径
低 側の直線部分を,概算として 程度と読む。すなわち したがって よって,図から読む重陽子の荷電半径はおよそ である。
最終答
加速器は,静電加速器は電圧が非現実的で不適,古典的サイクロトロンは相対論的電子と同期できず不適,線形加速器は適する。計数実験では の電子を半径 に曲げる磁場は約 。陽子標的で , なら 形状因子は なので,低 直線部分の傾きから荷電半径が求まる。図からは重陽子で と見積もれる。
第6問 — 交流回路:フィルタと整流
フィルタでは漸近線の交点を読む
RC や RL の 1 次フィルタでは,低周波側と高周波側の漸近線が交わる周波数が を与える。実際の曲線が になる点を厳密に読む必要はなく,設問の「1 桁の概算」では漸近線の折れ曲がりを読むのが速い。
並列 LC は共振で開放に近づく
並列 LC のアドミタンスは である。共振ではこれが 0 になり,並列部分のインピーダンスが非常に大きくなるため,入力電圧のほぼ全部が出力側に現れる。このため図のピークは になる。
整流では負荷電流の向きを固定する
ブリッジ整流で迷ったら,入力の上側が正の場合と下側が正の場合を別々に追う。どちらの半周期でも負荷抵抗を上から下へ流すように 2 本ずつのダイオードを選べば,出力は入力の絶対値になる。
二次の非線形性が直流成分を作る
最後の設問では,線形項 だけなら正負が平均して直流は生じない。 の平均は正で残るため,コンデンサ電圧がその平均電流を打ち消す向きに生じる。 は平均電流 0 の式で全体に掛かるだけなので,最終的な電圧値からは消える。
2016年度は公開から時間が経過しているため、解答・最終答まで全文公開しています
この問題では,正弦波定常状態では複素インピーダンスを使い,ダイオード整流では「どちらの半周期でも負荷電流が同じ向きに流れる」ように向きを決める。数値は設問の指定どおり 1 桁の概算で読む。
1. RC 低域通過回路
抵抗とコンデンサの直列回路でコンデンサ両端を出力にする。複素インピーダンスは だから,伝達関数は したがって振幅比は 低周波では ,高周波では であり,漸近線の折れ曲がりは で起こる。与えられたグラフから折れ曲がりを と読むと, 1 桁では である。
2. RL 回路で同じ低域通過特性を作る
コイルと抵抗を直列にし,抵抗の両端を出力にすれば低域通過回路になる。このとき したがって同じ折れ曲がり周波数をもつ条件は 設問の と から よって である。
3. 並列 LC 共振回路
図の回路は,抵抗 の後に,コイル とコンデンサ の並列回路を接続し,その並列部分の電圧を出力として測る形である。並列部分のアドミタンスは なので,インピーダンスは したがって すなわち 共振では となり, である。グラフのピークから と読む。 だから また,低周波側の漸近線は 高周波側の漸近線は である。グラフで漸近線の交点の高さを と読むと, したがって 1 桁で である。
4. ブリッジ整流のダイオード向き
入力端子を ,出力端子を とみる。 を常に高電位, を常に低電位にするには,次の 4 本の向きにダイオードを入れる。 ここで矢印は順方向の向きを表す。 側が高電位の半周期では に電流が流れ, 側が高電位の半周期では に電流が流れる。どちらの場合も抵抗では から へ電流が流れるので, となる。
5. 平滑コンデンサによるリップル
全波整流ではコンデンサは半周期ごとにほぼ最大値まで充電される。入力の振幅が なので,理想ダイオードでは出力の最大値はおよそ である。次に充電されるまでの時間は この間,負荷抵抗を流れる電流を と近似すると,コンデンサ電圧の低下は したがって である。
6. 微小交流に対する二次整流
入力を とする。コンデンサは十分大きく,出力電圧 は時間的に一定とみなす。ダイオードにかかる電圧を とおくと,近似された電流電圧特性は である。定常状態ではコンデンサへ流れ込む平均電流が 0 でなければならないので , より, は高次の小量として無視すれば したがって よって である。
最終答
RC 低域通過回路は である。同じ特性の RL 回路はコイルと抵抗を直列にし,抵抗両端を出力にすればよく, 並列 LC 回路では ブリッジ整流の向きは である。平滑後のリップルは ,微小信号整流で生じる直流電圧は である。