東北大学 院試 過去問 解答例
東北大 情報科学研究科 6群 心理・哲学 専門科目 2025年度 院試 解答例・解説
東北大学 情報科学研究科 6群 心理・哲学 専門科目 2025年度の院試 過去問について、設問ごとの解法方針・部分点の置き所を解説。全12問収録の解答・解説PDFと併用できます。問題本文は含みません。
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第1問 — 心理群I: 運動速度知覚と視覚経路
答案例
- 実験は、中央固視の上下に標準刺激と比較刺激を同時または短時間連続で呈示し、位置を試行間で入れ替えて位置バイアスを打ち消す。比較刺激の速度を複数段階にし、各コントラスト条件で「比較の方が速い」または「標準の方が速い」を答えさせる。
- 各速度で比較刺激を速いと答えた比率を求め、ロジスティック関数または累積正規分布で近似する。縦軸を速い判断率、横軸を比較刺激速度とし、50\%点を主観的等価点、傾きを弁別感度として示す。コントラストを横軸にした要約図では、主観的等価速度が標準速度からどの方向にずれるかを条件別に描く。
- 輝度グレーティングは、色度を一定にし平均輝度の周りで明暗を正弦波状に変調する。等輝度グレーティングは、赤緑などの色度を正弦波状に変えつつ、各位置の輝度を個人ごとの主観的等輝度点に合わせる。ちらつき最小法などで等輝度点を事前測定することも述べるとよい。
- 神経機構として、網膜からLGNを経てV1に至る輝度感度の高い経路と、色度情報を多く担う経路、さらに運動方向選択性をもつV1・MT/V5を区別する。低速域では色度運動の速度推定が輝度運動と異なりやすいが、高速域では時空間変化の統合が優勢になり条件差が縮小する。
採点観点
恒常法、心理測定関数、主観的等価点、輝度条件と等輝度条件の作り分け、低速・高速での神経経路の解釈をそれぞれ明示する。単に「コントラストが高いほど速く見える」と断定せず、標準刺激との相対判断として答えることが重要である。
典型ミス
比較刺激のコントラストだけを変えて速度を変えない答案、50\%点ではなく平均反応時間を知覚速度とする答案、等輝度を「同じ色」と誤解する答案は減点されやすい。等輝度条件でも色差が十分にある点を落とさない。
第2問 — 心理群II: 眼球運動と自己運動
答案例
- 滑動性追跡は、視野内を連続移動する対象に対し、眼球速度を対象速度に近づける眼球運動である。サッカードは短時間で視線を別位置へ移す高速運動、前庭動眼反射は頭部運動を補償する反射、輻輳開散は奥行き方向の注視距離変化に対応する運動として対比する。
- 追跡中の対象知覚では、網膜像の動きだけでなく、眼球運動指令や眼筋・固有感覚からの自己運動情報を差し引く。これにより、対象が網膜上でほぼ静止していても、外界内で運動している物体として知覚できる。
- 手を自分で動かす条件では、手の運動指令の遠心性コピーが対象運動の予測を作り、視覚入力が来る前に眼球運動を準備できる。視覚、固有感覚、運動予測の統合によって追跡開始の遅れが短くなり、速度ゲインが上がる。
- 分析方法は三つ挙げればよい。第一に、対象速度に対する眼球速度の比である追跡ゲインを算出する。第二に、対象運動に対する眼球速度の時間遅れまたは位相差を相互相関などで評価する。第三に、対象位置と視線位置の距離、または追跡中に混入する補正サッカードの頻度・振幅を測る。
採点観点
眼球運動の種類を列挙するだけでなく、滑動性追跡が「低速対象を連続的に追う」機能をもつこと、運動知覚で網膜情報と眼球運動情報を統合すること、自分の手で予測信号が使えることをつなげて書く。
典型ミス
追跡運動をサッカードの連続とだけ説明する、手条件の優位性を「注意が向きやすい」だけに還元する、分析指標を主観報告だけにする、の三つは弱い。眼球速度データから計算できる客観指標を必ず入れる。
第3問 — 心理群III: 相互注視と共同注意
答案例
- 相互注視は、話し手と聞き手が互いの顔・目に注意を向ける状態で、発話交替、感情共有、相手の意図推定、対人距離の調整に関わる。単なる視線入力ではなく、相手に見られているという二者関係の情報を含む点を強調する。
- 共同注意の例として、乳児が大人の視線や指差しを追って同じ物を見る場面を挙げる。これは語彙獲得や社会的学習の基盤になり、共同注意の成立時期や頻度は発達評価にも利用される。
- 研究例として、中央に顔刺激を呈示し、視線方向を左右どちらかへ向けた後に標的を出すゲイズ・キューイング課題を説明する。視線方向と標的位置が一致する試行で反応時間が短くなるなら、視線が注意を自動的に誘導したと解釈できる。相互注視条件を入れ、事前のアイコンタクトが後続の視線手がかり効果を増強するかを測れば設問に直接合う。
- 個人差として、自閉スペクトラム傾向が高い参加者では目領域への注視時間や視線手がかり利用が変化しうる。文化差として、直接視線を自信・誠実さと見る文化と、失礼・威圧と見る文化がある。発達差として、乳児期から児童期にかけて視線と意図の結びつけが精緻化する。
- 応用可能性は、発達支援、オンライン会議の視線設計、ロボットやアバターの対人インタフェース、教育場面での共同注意誘導などである。
採点観点
キーワードを二つ以上入れるだけでなく、それぞれの意味を区別し、実験デザイン、測定指標、差異要因、意義まで一つの答案にまとめる。反応時間、注視時間、正答率、主観評価など、測れる指標を明示すると強い。
典型ミス
「目を見ると仲良くなる」といった日常的説明だけで終える答案、共同注意とアイコンタクトを同義にする答案、文化差や発達差を最後に一語だけ足す答案は不十分である。
第4問 — 心理群IV: 良定義問題と不良定義問題
答案例
- 良定義問題の例は、ハノイの塔、迷路、標準的な代数方程式、明確な条件付きの論理パズルである。解の正誤が一意に判定でき、状態空間を定義できるため、問題解決者は現在状態と目標状態の差を減らす操作を選べる。
- 良定義問題の解決過程では、問題表象、演算子の選択、探索、作業記憶負荷、サブゴール設定が重要になる。全探索が困難な場合でも、手段目的分析、逆向き推論、チャンク化が有効である。
- 不良定義問題の例は、研究テーマの設定、政策判断、デザイン、対人葛藤の解決である。何を成功とするかが複数あり、制約条件も途中で変わるため、最初に問題のフレーミングを作る必要がある。
- 不良定義問題では、情報探索、仮説生成、類推、試行錯誤、評価基準の交渉が中心になる。解は一つではなく、実行可能性、倫理性、費用、当事者の納得など複数の観点からよい解を選ぶ。
- 両者は完全に分離するものではなく、不良定義問題の中に良定義のサブ問題を切り出すことで解決が進む。例えば研究計画では、曖昧な問いを操作的定義、測定指標、統計仮説に落とす段階が重要である。
採点観点
定義、具体例、解決過程の違い、両者の関係を順に書く。良定義を「簡単」、不良定義を「難しい」とするだけではなく、目標・制約・評価基準の明確性で区別する。
典型ミス
不良定義問題を「解けない問題」と誤解する、良定義問題に発見的方略が不要だと書く、具体例を挙げず抽象語だけで終える、という答案は弱い。
第5問 — 心理群V: 物語理解の状況モデル
答案例
- 文章理解には、表層構造、テキストベース、状況モデルという水準がある。表層構造は単語や表現そのもの、テキストベースは命題関係、状況モデルは文章が指す出来事世界の表象である。
- 物語の状況モデルは、登場人物がどこにいて、何を目的とし、どの出来事が何を引き起こし、どの時間順序で進むかをまとめる。読者は明示されない情報も背景知識から補い、因果的に一貫したモデルを作る。
- 実験例として、物語内で主人公が別の場所に移動した後、その前の場所にあった物体名の認識が遅くなる現象を挙げられる。これは、読者が主人公の現在位置に合わせて状況モデルを更新していることを示す。
- 測定指標には、読解時間、再認反応時間、自由再生、推論質問への正答率、視線停留時間がある。因果的に重要な文、目標が変わる文、時間・空間が飛ぶ文では処理負荷が増える。
- 応用として、教育教材の読解支援、物語メディアの理解、会話の文脈追跡、AIによる物語理解評価に利用できる。
採点観点
「状況モデル=頭の中の場面」とだけ書かず、表層・テキストベースとの区別、複数次元、更新過程、実験的証拠を入れる。物語理解の答案では、読者の推論が不可欠である点を押さえる。
典型ミス
あらすじ記憶やイメージ記憶と同一視する、命題ネットワークの説明だけで終える、実験的測定に触れない、という答案は設問への対応が弱い。
第6問 — 心理群VI: fMRIの原理と評価
答案例
- fMRIの物理・生理学的原理は、MRIで水素原子核の磁気共鳴信号を測り、神経活動に伴う血流増加と脱酸素ヘモグロビン濃度変化をBOLDコントラストとして検出する、という流れでまとめる。
- メリットは、非侵襲、被曝なし、全脳計測、比較的高い空間分解能、深部構造を含めた部位推定が可能な点である。課題遂行中の脳賦活、安静時機能結合、臨床前計画などに使える。
- デメリットは、時間分解能がEEGやMEGより低いこと、BOLD信号が神経活動の間接指標であること、血管反応や呼吸・心拍の影響を受けること、頭部運動に弱いことである。
- 信号源特異性については、賦活部位の空間定位は比較的得意だが、興奮性・抑制性ニューロンの区別や神経計算内容を直接読むことはできない、と書く。
- 被験者負担として、強磁場環境、騒音、狭い寝台、長時間の静止、金属インプラント等の制約を挙げる。可搬性は低く、実験室外や日常場面には不向きである。
- 他法との比較を一文入れると答案が締まる。EEG/MEGは時間分解能に優れるが空間定位が難しく、fNIRSは可搬性があるが深部計測に弱い、PETは代謝情報が得られるが被曝がある。
採点観点
一つの計測法を選び、原理、時間分解能、空間分解能、信号源、負担、可搬性、安全性を漏れなく評価する。fMRI以外を選ぶ場合も同じ軸で比較すればよい。
典型ミス
fMRIを「神経細胞の電気活動を直接測る」と書く、空間分解能と時間分解能を逆にする、安全性を「完全にリスクなし」とする、という答案は避ける。
第7問 — 哲学群I: ストア派のアパテイア
答案例
- ストア派は、世界をロゴスによって秩序づけられた自然と見なし、人間の理性もその一部と考える。よく生きるとは、自然に従い、理性に即して判断し行為することである。
- 情念は、単なる感覚や感情ではなく、対象を過大に善悪と判断する誤った認知から生じる心の動揺である。恐怖、欲望、快楽、苦痛は、外的事物を真の善悪と誤認することで強まる。
- アパテイアは、情念を力で押し殺すことではなく、判断を正すことで魂が乱されない状態である。徳、知恵、節制、勇気、正義だけが善であり、健康や財産や評判は選好されうるが善そのものではない。
- したがって、運命や不可避の出来事に対しても、自分の支配下にある判断と行為に集中する。これは後の倫理思想や認知的感情制御の考えにも通じる。
採点観点
「不動心」を日常的な我慢に縮めず、ロゴス、自然に従う生、徳の唯一善、情念の認知的性格を結びつける。アタラクシアなど他学派の概念と混同しないこと。
典型ミス
ストア派を快楽主義とする、アパテイアを感情の消滅とだけ説明する、禁欲の精神論だけで終える、という答案は不十分である。
第8問 — 哲学群II: モンテーニュのエセー
答案例
- 『エセー』は「試み」を意味し、断定的教義を提示するよりも、書きながら考える形式をとる。自己の身体、気質、読書、友情、死への態度を素材に、人間一般のあり方を探る。
- モンテーニュの重要性は、宗教戦争の時代に、党派的確信や権威への盲従を疑い、判断の相対性を見つめた点にある。古典への教養を用いながらも、他者の権威をそのまま採用しない。
- 懐疑は単なる否定ではなく、独断を弱め、寛容と自己認識を可能にする態度である。人間は自分の習慣を自然そのものと取り違えやすく、異文化や他者との比較によってその偏りが見える。
- 『エセー』は、近代的主体の成立、随筆という形式、自己観察にもとづく人間学の源流として評価できる。ただし、自己語りが普遍性を持つのは、個別経験を反省的に吟味しているからである。
採点観点
著作名の説明だけでなく、試論形式、自己省察、懐疑、寛容、近代的人間理解を結びつける。単なる文学作品紹介にせず、哲学史上の意義を明示する。
典型ミス
モンテーニュをデカルト的合理主義者として扱う、懐疑を「何も信じない」とだけ説明する、随筆の内容紹介に終始する、という答案は弱い。
第9問 — 哲学群III: カントの超越論的統覚
答案例
- カントは、経験的認識を、感性による直観と悟性による概念の結合として考える。ばらばらの感覚が対象として認識されるには、多様な表象が一つの意識のもとで統一されなければならない。
- 超越論的統覚は、この統一を可能にする根源的自己意識である。「私は考える」がすべての表象に伴い得るという条件によって、表象は単なる流れではなく、同一主体の経験としてまとまる。
- これは内省で見つかる経験的自我ではない。経験的自我は時間内の心理的状態として現れるが、超越論的統覚は、そもそも経験が対象についての判断になるための条件である。
- カテゴリーは、この統覚の統一に従って多様を総合する規則である。したがって、因果性や実体性などのカテゴリーは、主観的連想ではなく、客観的経験を構成する条件として位置づく。
- 答案では、デカルトの「我思う」と似て見えるが、カントでは存在証明ではなく経験可能性の条件の分析である、と一言比較すると深い。
採点観点
自己意識、表象の統一、感性と悟性、カテゴリー、経験的自我との区別を入れる。超越論的という語を「神秘的」ではなく「経験を可能にする条件」として説明する。
典型ミス
統覚を単なる注意集中や記憶の統合とする、心理学的な自我意識だけで説明する、カテゴリーとの関係を書かない、という答案は不足する。
第10問 — 哲学群IV: 三木清の基礎経験
答案例
- 三木清は京都学派に連なる思想家で、西田哲学やマルクス主義、実存思想などを踏まえながら、人間の行為と歴史を中心に考えた。答案では、抽象的な認識論だけでなく人間学として捉える。
- 基礎経験は、理論が後から整理する以前に、人間が世界内で出会い、行為し、制作し、他者や社会と関わる経験である。純粋意識の内面だけに閉じず、歴史的現実を含む。
- この概念は、哲学を概念体系の内部だけで完結させず、生活・行為・技術・社会の現場へ戻す働きをもつ。人間は単に認識する主体ではなく、作り、働き、歴史を担う存在である。
- デカルト的な確実性の基礎と比較すると、三木の基礎経験は「疑えない命題」ではなく、存在理解と実践の出発点である。西田の純粋経験との関係を意識しつつ、より歴史的・社会的な方向へ開かれる点を述べるとよい。
採点観点
三木清を単なる倫理家としてではなく、経験、行為、歴史、社会を結ぶ思想家として説明する。基礎経験を「幼少期の経験」や「基礎的な経験一般」と誤解しない。
典型ミス
西田の純粋経験の説明だけで終える、マルクス主義の政治論だけに寄せる、基礎経験を心理的体験談として扱う、という答案は設問の核心から外れる。
第11問 — 哲学群V: 厳密含意のパラドックス
答案例
- 古典命題論理の素材含意では、前件が偽なら条件文は真、後件が真なら条件文は真になる。このため「月がチーズならば2は偶数」のように、内容上無関係でも真になりうる。
- 厳密含意は、単なる真理値の組合せではなく、前件が真で後件が偽となる可能性がないこと、すなわち として条件文を捉える。これにより偶然的な真理値だけで成り立つ含意を排除しようとする。
- それでも、前件が不可能な矛盾命題であれば、Aが真でBが偽となる可能世界は存在しないので、どんなBも厳密に含意される。またBが必然的真理なら、どんなAからもBが厳密に含意される。
- 直観的には、含意には前件と後件の意味的・説明的関連が必要に見える。厳密含意のパラドックスは、必然性だけではこの関連性を十分に表現できないことを示す。
- 対応策として、関連論理、直観主義論理、条件法論理などが、証明可能性、情報の使用、近接可能世界など別の条件を導入する。
採点観点
素材含意との違い、厳密含意の定義、不可能前件と必然後件の二種類のパラドックス、関連論理への動機を押さえる。記号式を一つ入れると明確になる。
典型ミス
厳密含意を「厳しい条件付き命題」と感覚的に説明するだけ、素材含意のパラドックスと区別しない、矛盾から何でも出ることだけで終える、という答案は弱い。
第12問 — 哲学群VI: 演繹定理
答案例
- 演繹定理は論理式そのものではなく、証明体系について述べるメタ論理上の定理である。ある前提集合 にAを加えるとBが導けるとき、AからBへの含意を だけから導ける、という関係を述べる。
- 自然演繹では、仮定Aを置いて推論し、最後にその仮定を解除して を得る条件法導入に対応する。ヒルベルト式体系では、この性質を定理として証明する。
- 例として、Aと からBを導くのはモーダスポネンスである。演繹定理は逆向きに、Aを仮定してBまで到達した証明全体を、AならばBという定理へまとめる方法を与える。
- 重要性は、仮定つき推論と条件文の証明を橋渡しし、証明の構造を簡潔に扱える点にある。完全性定理や証明論の議論でも、前提を整理する基本道具になる。
- 注意点として、体系や論理の種類によっては制限が必要である。特に量化論理で自由変数や一般化規則が関わる場合、仮定に含まれる変数条件を確認する必要がある。
採点観点
オブジェクト言語の式とメタ言語の主張を区別し、 と の形を明示する。含意の真理表だけを説明しても演繹定理の答案にはならない。
典型ミス
モーダスポネンスそのものと混同する、条件文の意味論だけで説明する、仮定解除というポイントを書かない、という答案は減点対象になる。