東北大学 院試 過去問 解答例
東北大 情報科学研究科 6群 心理・哲学 専門科目 2024年度 院試 解答例・解説
東北大学 情報科学研究科 6群 心理・哲学 専門科目 2024年度の院試 過去問について、設問ごとの解法方針・部分点の置き所を解説。全12問収録の解答・解説PDFと併用できます。問題本文は含みません。
最終更新:
設問ごとの解法方針・部分点の置き所を無料で公開しています。
完全な途中式・最終答は解答・解説PDFに収録しています。問題本文は含まれません。
第1問 — 心理群I: 輝度コントラスト感度
答案例
- 実験では、平均輝度の背景上に正弦波グレーティングを短時間呈示し、参加者に「見えたか」「縞の向きはどちらか」を答えさせる。空間周波数ごとにコントラストを階段法または恒常法で変え、検出率が一定基準に達する閾値を求める。
- 結果は、横軸を空間周波数、縦軸を感度、すなわち検出閾の逆数にしたコントラスト感度関数として描く。十分に低い周波数では広い明暗変化への感度が高すぎず、十分に高い周波数では視覚系の解像限界により感度が下がるため、中間周波数でピークをもつ。
- 神経機構として、網膜神経節細胞やLGN、V1細胞の中心周辺拮抗受容野を挙げる。均一な低周波刺激では中心と周辺が同時に刺激されて応答が相殺されやすく、受容野サイズに合う中間周波数で応答が最大になる。
- 高周波側の低下は、眼球光学系のぼけ、受容野の空間分解能、V1単純型細胞の空間周波数選択性で説明できる。
- 特定周波数への順応後には、その周波数を選択的に処理するニューロンの応答が一時的に低下し、コントラスト感度関数に局所的なくぼみが生じる。周辺周波数へも多少の影響が広がるが、全周波数で一様に低下するわけではない。
採点観点
測定法、帯域通過型のグラフ、中心周辺拮抗、空間周波数選択性、順応による周波数特異的低下をそろえる。感度を「閾値そのもの」ではなく「閾値の逆数」と説明できると明確である。
典型ミス
空間周波数を明るさの強さと混同する、感度曲線を単調増加または単調減少にする、順応を疲労一般として説明し周波数選択性を書かない、という答案は弱い。
第2問 — 心理群II: 接近運動と到達時間推定
答案例
- 物体が観察者に近づくと、網膜像は時間とともに拡大する。観察者は物理距離や実速度を直接測っていなくても、視角の大きさとその増加率を利用できる。
- Leeのtau理論では、衝突までの残り時間はおおよそ で表される。小角近似では、視角は物体サイズを距離で割った量に比例し、その時間微分は接近速度を反映するため、サイズ情報が相殺されて時間情報が残る。
- この仕組みは、野球の捕球、車両の接近判断、歩行中の障害物回避などに関わる。網膜像の拡大、輪郭の発散、オプティックフローが重要な手がかりになる。
- ただし、物体が横方向にも動く、実サイズが未知、加速度がある、背景が複雑、観察者自身も動く場合にはtauだけで十分ではない。両眼視差、運動視差、経験的知識なども統合される。
- 神経機構としては、網膜像の拡大に選択的に反応する視覚ニューロン、MT/MSTなどの運動処理領域、行動制御に関わる背側視覚経路を挙げられる。
採点観点
距離と速度を明示的に測るのではなく、網膜像の時間変化から到達時間を推定する点が中心である。tauを式で示し、前提条件と限界も添えると答案の完成度が上がる。
典型ミス
「距離÷速度を脳が計算する」とだけ書く、網膜像の拡大を入れない、tauを単なる反応時間と誤解する、という答案は設問の焦点から外れる。
第3問 — 心理群III: 内受容感覚
答案例
- 定義では、外界刺激を扱う外受容感覚や身体位置を扱う固有感覚と区別し、臓器・血管・呼吸・自律神経活動など内部環境の情報を扱う感覚として説明する。
- 代表的測定法の一つは心拍カウント課題で、一定時間内の心拍数を数えさせ実測心拍数との差を見る。ただし推測や知識に左右されるため、心拍弁別課題を併用するとよい。
- 心拍弁別課題では、心拍と同期または非同期の刺激を呈示し、どちらか判断させる。生理指標として心拍誘発電位や島皮質活動を測る方法もある。質問紙は主観的気づきや身体感覚への注意傾向を測る。
- 関連現象として、情動の身体フィードバック説、ソマティック・マーカー仮説、不安障害やパニックでの身体感覚への過敏、摂食障害での空腹・満腹感の歪み、マインドフルネスによる身体感覚の調整を挙げられる。
- 神経基盤として、島皮質、前帯状皮質、体性感覚野、脳幹、自律神経系を関連づける。内受容感覚の精度、感受性、メタ認知は分けて考えると答案が精密になる。
採点観点
定義、複数の測定法、心理学的現象、神経基盤、測定法の限界を入れる。心拍課題一つだけで終わらず、主観指標と客観指標の違いを述べる。
典型ミス
内受容を五感の一部として扱う、直感や第六感と混同する、心拍数が高いこと自体を内受容感覚が高いこととする、という答案は誤りである。
第4問 — 心理群IV: 脳構造・機能と情動
答案例
- 扁桃体は、恐怖条件づけや脅威刺激への反応で重要である。刺激が危険か、注意を向ける価値があるかを素早く評価し、視床下部や脳幹を介して身体反応を起こす。
- 前頭前野、とくに腹内側前頭前野や眼窩前頭皮質は、報酬価値、社会的意味、将来結果を評価し、情動反応を調整する。背外側前頭前野は再評価などの認知的制御に関わる。
- 海馬は、情動記憶を出来事や場所の文脈と結びつける。PTSDのように、文脈化が弱いと安全な場面でも過去の恐怖反応が再活性化しやすい。
- 島皮質は、心拍や胃腸感覚などの内受容情報を統合し、嫌悪、不安、痛み、身体的自己感に関わる。主観的に「感じている」感覚の基盤として重要である。
- 視床下部は、自律神経系と内分泌系を通じて心拍、発汗、ホルモン分泌などを調節する。情動の身体的表出を説明する際に必須である。
採点観点
少なくとも二つの脳部位を具体的に挙げ、それぞれの機能と情動への影響を説明する。部位名の羅列ではなく、刺激評価、身体反応、記憶、制御という役割の違いを示す。
典型ミス
扁桃体だけですべての感情を説明する、右脳・左脳の俗説で書く、脳構造と心理機能の対応を過度に一対一にする、という答案は避ける。
第5問 — 心理群V: 単語優位効果
答案例
- 音声言語では、音響信号が連続的で雑音を含むため、聞き手は語彙知識や文脈を使って音素を同定する。例えば、曖昧な音が実在語を作る方向に知覚されやすい現象を説明できる。
- 音素修復効果では、語中の一部の音が雑音で置き換えられても、聞き手は文脈に合う音を補って知覚する。これは、単語全体や文脈が音素レベルの知覚に介入する例である。
- 文字言語では、短時間呈示された文字の同定が、無意味な文字列中よりも単語中でよくなる。Reicher-Wheeler課題では、単語を一瞬呈示した後、位置を指定して二択で文字を選ばせると単語条件の成績が高い。
- 理論的には、特徴、文字、単語の各水準が相互に活性化し合う対話型活性化モデルで説明できる。下位特徴から文字へ、文字から単語へ進むだけでなく、活性化した単語候補が構成文字を支援する。
- ただし、トップダウン処理は常に有利ではない。未知語、誤字、外国語、強い期待のずれでは誤認を生むこともある。
採点観点
音声言語と文字言語の両方を具体例で説明する。単語優位効果を「単語は文字より覚えやすい」と一般化せず、構成要素の認知に全体が影響する点を明確にする。
典型ミス
音素と文字の説明を片方だけにする、文脈効果を記憶効果だけで説明する、ボトムアップ処理を否定してしまう、という答案は不十分である。
第6問 — 心理群VI: 災害時認知の研究法
答案例
- 実験法では、模擬避難シナリオ、VR、地図課題、警報メッセージの表現を用い、情報量、時間制限、社会的同調、警報の信頼度を操作する。従属変数は避難開始時間、経路選択、リスク判断、記憶正確性などにする。
- 実験法の利点は条件統制と因果推論である。欠点は、実災害の恐怖、責任、混乱を完全には再現できず、強い映像や音で参加者に負担を与えうる点である。
- 調査法では、地域住民に対し、ハザード認知、過去の被災経験、防災知識、情報源、避難意図、実際の行動を質問紙で測る。大規模データが取れるが、自己報告、社会的望ましさ、回想バイアスに注意する。
- 面接法では、災害時に何を見聞きし、どの情報を信頼し、なぜ避難したかまたはしなかったかを半構造化面接で聞く。個別の文脈や感情を把握できるが、標本数が限られ、分析者の解釈が入る。
- 倫理的配慮として、被災者を対象にする場合は再体験を避け、質問を中止できる権利、相談先の提示、匿名化、データ保管、研究参加が支援や行政サービスに影響しないことを明確にする。実験でも強い恐怖喚起を避け、デブリーフィングを行う。
採点観点
三手法それぞれについて、研究計画、測定指標、メリット、デメリット、倫理を対応させる。研究法名だけを並べず、災害時認知というテーマに即した具体的な変数を挙げる。
典型ミス
倫理を最後に「配慮する」とだけ書く、災害時認知を単なる防災知識テストにする、実験法で実際の危険を伴わせる計画を書く、という答案は弱い。
第7問 — 哲学群I: プラトンの想起説
答案例
- 想起説の背景には、感覚世界とイデア界の区別がある。感覚される個物は変化し不完全だが、等しさ、美しさ、正義、数学的真理のようなものは普遍性をもつ。
- 『メノン』では、幾何学を習っていない少年がソクラテスの問いに導かれて正しい答えに近づく。これは、教育が知識の注入ではなく、魂の内に潜在する知を呼び起こす過程であることを示す例とされる。
- 『パイドン』では、等しいものを見ると「等しさそのもの」を思い浮かべることから、魂は感覚経験以前にイデアを知っていたと論じられる。ここから魂の不死論とも接続する。
- 想起説は、知識の普遍性を説明する強みがある一方、なぜ忘却が起こるのか、感覚経験と問いかけがどのように想起を促すのか、という問題も残す。
採点観点
イデア論、学習観、具体的対話篇、魂の前世または不死との関係を入れる。単に「昔のことを思い出す」と説明するだけでは不十分である。
典型ミス
想起説を経験主義的な記憶理論と同一視する、ソクラテスの産婆術だけに寄せる、イデアへの言及がない、という答案は避ける。
第8問 — 哲学群II: ベンサムの快楽計算
答案例
- ベンサムは、自然は人間を快楽と苦痛の支配下に置いたと考え、道徳と立法を幸福増大の技術として捉えた。善い行為とは快楽を増やし苦痛を減らす行為である。
- 快楽計算では、快楽の強さ、長さ、起こる確実性、どれだけ近い将来に生じるか、さらに快楽が次の快楽を生むか、苦痛を伴わないか、どれだけ多くの人に及ぶかを評価する。
- 個人の行為だけでなく、刑罰、福祉、政治制度の評価にも使える。刑罰は苦痛を与えるため、それ以上の社会的利益がない限り正当化されない。
- 批判として、快楽や苦痛を数量化できるのか、知的快楽と感覚的快楽を同列に扱えるのか、多数の幸福のために少数者を犠牲にしてよいのか、という問題がある。ミルの質的功利主義や権利論との比較を添えるとよい。
採点観点
最大幸福原理と快楽計算の具体的項目を結びつける。ベンサムを単なる快楽主義者とせず、立法・制度評価の思想として説明する。
典型ミス
「快楽を追求すること」とだけ書く、計算項目を一つも挙げない、功利主義の批判点を入れない、という答案は浅い。
第9問 — 哲学群III: カントの図式論
答案例
- カントでは、感性は空間と時間の形式で多様を与え、悟性はカテゴリーによってそれを統一する。しかし、カテゴリーは非感性的な純粋概念なので、個別の直観とどう結びつくかが問題になる。
- 図式は、構想力が与える時間的規則である。像そのものではなく、対象を一定の仕方で時間内に捉える規則であり、概念と直観の中間に位置する。
- 量のカテゴリーなら数の継起的合成、実体なら時間における持続、因果性なら規則に従う継起、相互作用なら同時性の規則として説明できる。
- 図式論の意義は、カテゴリーが空虚な論理概念ではなく、経験の対象に客観的に適用される条件を示す点にある。これにより、経験的自然認識が可能になる。
- 難点として、図式論は『純粋理性批判』の中でも抽象的で、構想力の働きが十分明瞭かという批判がある。それでも感性と悟性の媒介という問題設定が重要である。
採点観点
感性、悟性、カテゴリー、構想力、時間的規則を関連づける。図式を単なる図やイメージと誤解しないことが核心である。
典型ミス
図式をグラフや模式図の意味で説明する、カテゴリーの一覧だけを書く、感性と悟性の媒介問題に触れない、という答案は不十分である。
第10問 — 哲学群IV: レヴィナスの顔
答案例
- レヴィナスは、西洋哲学が他者を同一者の理解や体系へ取り込んできたと批判する。他者は私のカテゴリーで把握し尽くせない超越性をもつ。
- 顔は、目鼻口の形態ではなく、他者がむき出しの弱さと高さをもって私の前に現れる様式である。顔に出会うと、私は相手を物のように扱えず、応答責任を負う。
- この責任は契約や相互利益より先にある。相手が私に何かを返すからではなく、他者の存在そのものが私に倫理的義務を課す。
- 「汝殺すなかれ」という命令は、暴力の可能性を前提にしつつ、それを禁じる顔の力を示す。顔は弱いが、同時に私の自由を問いただす。
- 答案では、顔をコミュニケーションの表情認知だけにせず、存在論批判、他者性、責任、倫理の第一性につなげる。
採点観点
顔の非対象性、他者の超越性、責任、倫理が第一哲学であることを説明する。日常的な「表情」や「顔つき」の話で終えない。
典型ミス
レヴィナスを心理学的表情研究として扱う、顔を相互承認や共感だけで説明する、他者性と責任を書かない、という答案は核心を外す。
第11問 — 哲学群V: 砂山のパラドックス
答案例
- パラドックスの構造は、十分多くの砂粒は砂山である、一粒取り除いても砂山性は変わらない、という二つの直観的前提から、極端に少ない砂粒も砂山になる、という結論が出る点にある。
- 問題の焦点は、曖昧述語に明確な境界がないことである。何粒以上なら砂山かという境界を一つに決めにくい一方、全く境界がないと推論が破綻する。
- 解決案には、どこかに鋭い境界があるが私たちには分からないとする認識論的立場、多値論理やファジィ論理で真理値を段階化する立場、文脈によって境界が変わるとする語用論的立場がある。
- 哲学的意義は、自然言語の曖昧さ、概念の適用条件、古典論理の二値性、法や倫理の境界設定の問題を考える入口になる点である。
採点観点
具体例、推論の形、曖昧性の問題、代表的対応策を入れる。単なる「少しずつ変えると分からなくなる話」ではなく、論理的構造を明示する。
典型ミス
砂山を物理的な崩壊問題として説明する、帰納法が常に間違いだと書く、曖昧性と不確実性を区別しない、という答案は弱い。
第12問 — 哲学群VI: 認識論理
答案例
- 認識論理は様相論理の応用であり、必然性・可能性の代わりに、ある主体が何を知っているか、何を信じているかを記号化する。主体を添えた や を用いる。
- 可能世界意味論では、主体aが現実世界と区別できない可能世界の集合を考える。そのすべてでpが真なら、aはpを知っていると表す。知識を情報状態として扱う点が重要である。
- 知識は真でなければならないとするなら、 が成り立つ。さらに、pならqを知り、pも知っているならqを知るという閉包性も標準体系で仮定される。
- 複数主体の認識論理では、「aはpを知っている」「bはaがpを知っていることを知っている」「共通知識」などを形式化でき、ゲーム理論、分散システム、会話推論に応用される。
- 限界として、標準認識論理では主体が論理的帰結をすべて知ることになりやすい。これは人間の有限な推論能力と合わないため、資源制約つきの知識や信念論理が検討される。
採点観点
記号、読み、可能世界意味論、知識と信念の区別、応用または限界を入れる。通常の認識論史ではなく、論理としての形式化を説明する。
典型ミス
認識論理を「正しい認識の方法論」とだけ説明する、記号化を入れない、可能世界や主体の区別を書かない、という答案は不十分である。