東北大学 院試 過去問 解答例
東北大 情報科学研究科 6群 心理・哲学 専門科目 2023年度 院試 解答例・解説
東北大学 情報科学研究科 6群 心理・哲学 専門科目 2023年度の院試 過去問について、設問ごとの解法方針・部分点の置き所を解説。全12問収録の解答・解説PDFと併用できます。問題本文は含みません。
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第1問 — 心理群I: 自己運動と回転面知覚
答案例
- ランダムドット運動は、観察者の並進運動、面の傾き変化、面の回転が組み合わさった光学的流動として網膜に入る。受動移動では、車椅子で押されるため、視覚系に利用できる自己運動の予測信号が乏しく、視覚入力だけから原因を推定しなければならない。
- そのため、ある回転速度では、水平軸まわりの実際の変化と自己接近による拡大・変形が合成され、垂直軸まわりの回転のような光学パターンに近くなる。これは、視覚系が網膜像から最も整合的な三次元運動を逆推定することを示す。
- 能動歩行では、運動指令の遠心性コピー、足裏・筋の固有感覚、前庭情報が、観察者自身の移動量を予測する。視覚系は、網膜運動から自己運動が作る成分を差し引き、残った成分を対象の運動として解釈するため、受動移動と違う知覚になる。
- 物体運動の計算でも同じ原理を使う。網膜上で得られるのは物体運動と観察者運動の相対速度であるため、外界座標の物体速度は、相対運動に自己運動ベクトルを補正して求める。符号の取り方によるが、奥行き方向では観察者が近づく速度 を考慮して、横成分 と補正後の奥行き成分から進行方向を計算する。
- したがって本問の結論は、視覚系が網膜像をそのまま読むのではなく、自己運動情報と統合して環境内の物体運動を推定する、という点である。
採点観点
受動移動と能動移動の違いを、単なる注意や疲労ではなく、遠心性コピー、前庭・固有感覚、自己運動補正で説明する。図の数値を丸写しする必要はないが、相対運動から外界運動を復元する考え方を示す。
典型ミス
ランダムドットが実際に垂直軸回転していると書く、能動歩行の効果を「慣れ」だけで説明する、自己運動ベクトルを補正しないまま物体方向を答える、という答案は弱い。
第2問 — 心理群II: 運動検出の空間加算と周辺抑制
答案例
- 運動方向選択性ニューロンは、受容野中心の運動方向に選択的に反応する。低コントラストでは単一領域からの信号が弱いため、刺激サイズが大きいほど同方向信号を多く集められ、空間加算によって検出が容易になる。
- 高コントラストでは中心反応が十分強いため、周辺領域からの入力が抑制的に働く。大きなパッチは受容野周辺も強く刺激するため、方向応答が弱まり、同定に長い呈示時間が必要になる。
- 等輝度赤緑縞では、明暗変化を主に処理するM系の入力が減り、色度情報を用いた運動処理になる。色差が十分大きければ運動方向は判断できるが、輝度運動より感度が低く、時間閾値は高くなりやすい。
- サイズ効果は、低コントラスト輝度条件に似て加算で低下するか、あるいは早く飽和する形が考えられる。高コントラスト輝度条件のような強い周辺抑制による閾値上昇は弱い、と説明するのが筋である。
- 運動残効では、低コントラスト条件では大きな刺激ほど順応する運動信号が増え残効が強くなる。高コントラスト条件では、一定サイズまでは強くなるが、大きすぎる刺激では周辺抑制により残効が弱まる、または中間サイズで最大になると考えられる。
採点観点
中心周辺拮抗と空間加算を、低コントラスト・高コントラストで逆向きに使い分ける。等輝度条件では輝度経路と色度経路の違い、運動残効では順応する神経応答の強さに基づいて説明する。
典型ミス
サイズが大きいほど常に見やすいとする、高コントラストでの抑制を無視する、等輝度を「見えない」と断定する、という答案は不十分である。
第3問 — 心理群III: 再現性問題とQRPs
答案例
- p-hackingは、有意になるまで分析条件を変える行為である。従属変数、除外基準、共変量、群分け、変換方法を試行錯誤し、都合のよい結果だけ報告すると、名目上の有意水準が保たれない。
- 任意の停止は、データを少しずつ集め、有意になった時点で収集を終えることである。これは検定の前提を破り、偽陽性率を上げる。
- HARKingは、結果を見た後で仮説を作り、最初から予測していたかのように書く行為である。探索的分析自体は悪くないが、確認的分析と区別しない点が問題である。
- 選択的報告やファイルドロワー問題では、有意でない結果や失敗した条件が公表されず、文献全体が効果を過大評価する。低サンプルサイズと低検出力も、効果量の不安定さを招く。
- 対策として、仮説、標本数、除外基準、主要分析を事前登録する。登録報告では、結果が出る前に方法を査読する。データ、材料、コードの公開、追試の奨励、多施設共同研究も再現性を高める。
採点観点
QRPsの具体例を複数挙げ、それぞれがなぜ再現性を下げるかを説明し、対応策まで書く。研究不正一般の倫理論だけでなく、統計・出版・研究設計の問題として論じる。
典型ミス
捏造・改ざん・盗用だけを挙げる、p値が小さいほど常に真実だと書く、事前登録を「研究を公開すること」とだけ説明する、という答案は弱い。
第4問 — 心理群IV: MRI解析と機械学習
答案例
- GLMは、実験デザインに基づく予測時系列を作り、各ボクセルのBOLD信号が条件にどれだけ対応するかを推定する。群平均の賦活部位を調べる標準的手法である。
- しかし、認知状態は一つのボクセルの賦活増加だけでなく、広い領域の活動パターンや機能結合に分散して表れる。GLMの単変量解析では、弱いが組み合わせると有益な情報を見落としうる。
- 機械学習では、MVPA、サポートベクターマシン、ランダムフォレスト、正則化回帰、深層学習などを使い、脳画像から刺激、課題、臨床群、行動得点を予測する。予測性能を評価できるため、応用にもつながる。
- 個人差や臨床応用では、平均差の有無より個人レベルの予測が重要である。機械学習は多数特徴の組合せから個人の症状や認知特性を推定できる可能性がある。
- 一方で、データ数に比べ特徴量が多いため過学習しやすい。特徴選択を訓練データ内で行う、交差検証を正しく分ける、独立データで再現性を確認する、説明可能性を検討することが重要である。
採点観点
GLMの利点と限界、機械学習の利点、過学習対策をバランスよく書く。単に「機械学習は新しく高性能」とするのではなく、何を解析できるようになるのかを明示する。
典型ミス
GLMが不要になったと断定する、機械学習をブラックボックスの万能法として扱う、交差検証や独立検証に触れない、という答案は不十分である。
第5問 — 心理群V: エビングハウスの記憶研究
答案例
- エビングハウスの革新は、記憶を内省だけでなく数量化された実験対象にした点である。無意味綴りを材料にしたのは、既有知識や意味連想の影響を減らすためである。
- 測定法は、一定基準まで学習した後、時間間隔を置いて再学習し、再学習に必要な反復数や時間の節約を求める方法である。完全再生できなくても、再学習が速くなることを記憶の残存として扱った。
- 代表的結果は忘却曲線である。保持率は学習直後に大きく低下し、時間が経つにつれ低下速度が小さくなる。これは忘却が線形ではないことを示す。
- さらに、過剰学習、反復回数、分散学習と集中学習、系列位置の影響など、後の記憶研究につながる知見を与えた。
- 批評として、主に一人の成人を対象にしており個人差を評価しにくい。無意味綴りは統制しやすいが、文章理解、エピソード記憶、感情を伴う記憶など日常的記憶とは異なる。実験者と参加者が同一で盲検化もない。
採点観点
実験対象、記憶材料、測定方法、実験結果、批判をそれぞれ書く。忘却曲線の形を言葉で説明し、節約法に触れると設問への対応が明確になる。
典型ミス
忘却曲線だけを説明して実験方法を書かない、無意味綴りの目的を落とす、現代基準の批判だけで歴史的意義を書かない、という答案は弱い。
第6問 — 心理群VI: ナッジとブースト
答案例
- ナッジの例として、臓器提供のデフォルト、健康的食品を目立つ位置に置く、電力使用量を近隣平均と比較して示す、予約時にキャンセルしにくい確認を入れる、などがある。
- ナッジは認知バイアスやヒューリスティックを利用する。デフォルト効果、損失回避、現在バイアス、社会的同調などに働きかけるが、選択の自由を残す点が特徴である。
- ブーストの例は、医療リスクを自然頻度で読む訓練、フェイクニュースを見抜く手順、意思決定前のチェックリスト、確率や統計の理解を高める教育である。
- ブーストは特定環境だけでなく、別の場面にも移転しうる能力を高めることを目指す。透明性が高く、自律性を重視する一方、学習時間や動機づけが必要で即効性に欠ける場合がある。
- 相違点は、介入の標的、透明性、持続性、倫理的含意である。ナッジは低コストで即効性があるが操作的になりうる。ブーストは自律性を強めるが、効果が出るまで時間がかかる。
採点観点
両者の定義、具体例、違い、倫理的評価をそろえる。ナッジを強制や報酬制度と混同せず、ブーストを単なる情報提供と区別する。
典型ミス
ナッジとブーストをどちらも「説得」とまとめる、具体例が一方だけ、自由選択や能力形成の違いに触れない、という答案は不十分である。
第7問 — 哲学群I: プラトンの善のイデア
答案例
- イデアとは、感覚的個物を超えた普遍的な原型である。美しいものが美しいのは美のイデアに与るからであり、正しいものが正しいのは正義のイデアに関係するからである。
- 善のイデアは、その中でも最高位に置かれる。善は単なる道徳的性質ではなく、真理、知識、存在の根拠として語られる。
- 太陽の比喩では、太陽が視覚と可視物を可能にするように、善のイデアが知性と知性対象を可能にする。線分の比喩では、可視界から可知界へ、憶測から知性認識へ上昇する。
- 洞窟の比喩では、影を現実だと思う人々から出発し、外界の事物、太陽、最後に善のイデアへ向かう教育過程が示される。哲学者は認識を独占するのではなく、共同体へ戻る責任を負う。
- したがって善のイデアは、形而上学、認識論、倫理・政治哲学を結ぶ中心概念である。
採点観点
太陽・線分・洞窟の比喩のうち少なくとも一つを用い、善のイデアを最高原理として説明する。善を単なる親切や快楽に縮小しない。
典型ミス
善のイデアを「善い考え」と日常語で説明する、イデア論との関係を書かない、哲人政治とのつながりを無視する、という答案は浅い。
第8問 — 哲学群II: ルネサンスのヒューマニズム
答案例
- ルネサンスの人文主義者は、古典語文献を学び直し、文法、修辞、歴史、詩、道徳哲学を重視した。これは神学を否定するというより、古典教養を通じて人間の能力と判断を磨く運動である。
- ピコ・デラ・ミランドラの人間の尊厳論に典型的に、人間は固定された位置をもつだけでなく、自らを形成する自由をもつ存在として語られた。
- 市民的人文主義では、教養は個人の内面修養だけでなく、公共生活、政治参加、雄弁、徳の形成と結びつく。都市国家の文脈を意識するとよい。
- 近代ヒューマニズムは、理性、自由、個人の尊厳、人権思想の基盤になった。他方で、人間を世界の中心に置きすぎると、自然支配、植民地主義、非人間的存在の軽視を招くという批判もある。
- 答案では、古典復興、人間形成、尊厳、近代的意義、批判の順に述べるとまとまりやすい。
採点観点
ヒューマニズムを「人に優しい思想」と訳すだけでなく、古典教養と人間形成の思想として説明する。肯定的意義だけでなく現代的批判も一言加えるとよい。
典型ミス
ルネサンスを単なる芸術復興にする、キリスト教の完全否定とする、人間中心主義の問題に触れない、という答案は不十分である。
第9問 — 哲学群III: ハイデガーのダス・マン
答案例
- 『存在と時間』でハイデガーは、人間を現存在、すなわち自らの存在が問題になる存在として分析する。現存在は孤立した意識ではなく、世界内存在として他者とともに生きる。
- ダス・マンは、特定の誰かではなく、匿名的な世間一般を表す。「人はそう考える」「普通はそうする」という形で、判断と行為の基準を提供する。
- 日常性において現存在は、噂、好奇心、曖昧性の中で、自分自身の固有の可能性から逃れる。これを頽落と呼ぶ。ただし日常性は単なる悪ではなく、人間が通常そこから出発する存在様式である。
- 本来性は、世間から完全に離れることではなく、死への先駆や良心の呼び声を通じて、自分に固有の可能性を引き受けることである。
- したがってダス・マンは、現代社会批判の語としても使えるが、本来は存在論的分析の概念である点を押さえる。
採点観点
匿名性、平均性、日常性、頽落、本来性との対比を入れる。世間一般を道徳的に非難するだけではハイデガーの概念説明として弱い。
典型ミス
ダス・マンを「大衆」や「悪い他人」とだけ訳す、存在論的文脈を落とす、本来性を個性主義とだけ説明する、という答案は避ける。
第10問 — 哲学群IV: 悲劇の快
答案例
- 悲劇は、破滅、死、罪、運命など不快な出来事を扱う。それにもかかわらず観客が悲劇を求めるため、通常の快楽説だけでは説明しにくい。
- アリストテレスの『詩学』では、悲劇は一定の大きさをもつ行為の模倣であり、恐れと憐れみを通じてそれらの情念のカタルシスを達成するとされる。
- 快の源泉は複数ある。第一に、模倣を認識する知的快がある。第二に、筋の統一、逆転、認知によって出来事の必然性を理解する快がある。第三に、情念が無秩序にではなく作品形式の中で経験される快がある。
- 近代以降は、距離化、同情、崇高、道徳的洞察、共同体的感情の共有なども説明として加わる。悲劇は現実の苦痛を直接楽しむのではなく、表象された苦痛を通じて人間理解を深める。
- 答案では、悲劇の快を単なる残酷趣味とせず、美的形式、認識、情念の浄化または調整として論じる。
採点観点
パラドックスの形、アリストテレス、カタルシス、模倣と認識の快を含める。具体的な悲劇作品名を挙げてもよいが、概念説明を優先する。
典型ミス
悲劇を「悲しいから泣けてすっきりする」だけで説明する、恐怖と憐れみを書かない、現実の苦痛と芸術的表象を区別しない、という答案は浅い。
第11問 — 哲学群V: ラッセルのパラドックス
答案例
- 素朴集合論では、任意の条件を満たすもの全体を集合として作れると考えがちである。そこで、 と定義する。
- と仮定すると、Rは自分自身を要素として含むので、定義条件 を満たさず、 となる。
- 逆に と仮定すると、Rは自分自身を含まない集合なので、定義条件を満たし、 となる。どちらでも矛盾する。
- このパラドックスは、フレーゲの論理主義的体系に深刻な打撃を与えた。集合を作る条件を無制限に認めると、自己言及的な集合が矛盾を生む。
- 解決策として、ラッセルの型理論では対象と集合の階層を分け、自己適用を禁じる。Zermelo-Fraenkel型の公理的集合論では、任意条件から宇宙全体の部分集合を作るのではなく、既存集合の部分集合に制限する。
採点観点
集合Rの定義、二方向の矛盾、素朴集合論の問題、型理論または公理的集合論への影響を説明する。床屋のパラドックスを例にしてもよいが、集合論の構造に戻す。
典型ミス
「嘘つきのパラドックス」と混同する、自己矛盾とだけ書いて構成を示さない、数学史上の意義を書かない、という答案は不足する。
第12問 — 哲学群VI: 後件肯定の誤謬
答案例
- 推論形式は、, , therefore である。これは古典論理では妥当でない。Qが真であっても、P以外の理由でQが真になりうるからである。
- 具体例として、発熱なら感染症の可能性がある、感染症なら発熱する、試験に合格した人はよく勉強した、など日常推論で起こりやすい。結果から原因を一つに決めつける点が問題である。
- 前件肯定 は妥当である。後件否定 も妥当である。後件肯定と前件否定は妥当でない、と対比するとよい。
- 科学的推論では、仮説が正しければ観察結果が出る、観察結果が出た、だから仮説は正しい、という形に注意が必要である。観察結果は仮説を支持することはあっても、単独で証明するとは限らない。
- したがって、代替仮説の検討、反証可能性、追加証拠の収集が重要になる。
採点観点
記号形式、具体例、前件肯定・後件否定との区別、必要条件と十分条件の取り違えを入れる。事例だけでなく、なぜ誤謬かを説明する。
典型ミス
後件否定と混同する、結果から原因を推測することが常に誤りだと断定する、確率的支持と演繹的妥当性を区別しない、という答案は不十分である。