東北大学 院試 過去問 解答例
東北大 情報科学研究科 6群 心理・哲学 専門科目 2021年度 院試 解答例・解説
東北大学 情報科学研究科 6群 心理・哲学 専門科目 2021年度の院試 過去問について、設問ごとの解法方針・部分点の置き所を解説。全12問収録の解答・解説PDFと併用できます。問題本文は含みません。
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第1問 — 心理群I: 運動残効
答案例
- 運動残効は、右向き運動に順応すると右向き検出ニューロンの応答が低下し、静止刺激に対する左右方向ニューロンの活動バランスが崩れるため、反対方向の運動が知覚されると説明できる。
- 右半視野で順応し、左半視野に静止刺激を出して残効が出ないことは、順応が刺激の形だけでなく視野位置に依存することを示す。V1やMTの受容野に対応した局所的な方向選択性応答が関わる。
- 同じ眼で検査したときだけ残効が出る場合、順応は眼選択性をもつ低次段階、たとえばV1の単眼性入力を多く含む細胞に強く依存していると解釈できる。
- 異なる眼で静止刺激を見ても残効が出ないが、検査刺激を明滅させると残効が出る場合、静止運動残効と動的運動残効を区別する。明滅刺激は両眼性の高次運動処理を駆動し、MT/V5などの両眼統合後の順応が表れる。
- したがって、本問では低次視覚野の単眼性・局所性と、高次視覚野の両眼性・運動統合を対比して論じる。
採点観点
順応、方向選択性、視野局在、単眼性、両眼性、静的検査と明滅検査の違いを押さえる。結果の列挙ではなく、どの神経機構を示すかを条件ごとに対応させる。
典型ミス
運動残効を錯視一般として説明する、右半視野と左半視野の違いを無視する、単眼条件を眼精疲労だけで説明する、という答案は弱い。
第2問 — 心理群II: ラバーハンド錯覚
答案例
- 身体所有感は、身体が「自分のもの」であるという感覚である。ラバーハンド錯覚では、視覚的に見える義手と、触覚を受ける実手との対応を脳が同一原因から来るものと推定する。
- 同期条件では、義手を撫でる視覚情報と実手の触覚情報が時間的に一致するため、視触覚統合が強まり、義手への所有感や本物の手の位置が義手方向へずれる固有感覚ドリフトが生じる。
- 非同期条件では、視覚と触覚の時間対応が崩れるため、同一身体部位からの情報として統合されにくく、所有感は弱まる。
- 空間特性の操作では、義手を本物の手から離す、角度を不自然に回す、左右の向きを逆にする、身体から解剖学的にありえない位置に置く、などが考えられる。刷毛のタイミングは同期したままにし、空間的一致だけを変える。
- 測定指標は、主観評定、固有感覚ドリフト、義手への脅威刺激に対する皮膚電気反応などである。空間的に整合するほど所有感が強く、不整合が大きいほど弱まると予想される。
採点観点
多感覚統合、時間的一致、空間的一致、身体所有感、測定指標を説明する。錯覚の有無だけでなく、身体認知の処理機構として結論づける。
典型ミス
「義手を本物だと思い込む」とだけ書く、空間操作なのにタイミングを変える、所有感と運動主体感を混同する、という答案は不十分である。
第3問 — 心理群III: 認知バイアスの実験設計
答案例
- 研究意義は、日常判断、医療、政治、科学的推論で、人が自分に都合のよい証拠だけを集めると誤判断が強化される点にある。認知バイアスを測定すれば、教育的介入や意思決定支援につなげられる。
- 目的は、事前信念が情報探索と証拠評価に与える影響を検証することである。参加者の事前態度を質問紙で測り、賛成派・反対派に分ける。
- 方法として、ある主張について支持証拠と反証証拠の見出しを複数提示し、読みたい記事を選ばせる。次に記事を読ませ、信頼度、重要度、記憶、最終態度を測定する。
- 予想結果は、参加者が自分の事前信念と一致する記事を多く選び、高く評価し、よく記憶することである。反証情報に接しても態度変化が小さければ、確証バイアスが強いといえる。
- 統制として、記事の長さ、表現の強さ、出典の信頼性をそろえ、態度の極端さや知識量を共変量にする。デブリーフィングで、架空記事を使った場合の説明も行う。
採点観点
バイアス名、定義、研究意義、目的、方法、予想結果、統制をそろえる。別のバイアスを選んでも、測定可能な実験に落とせばよい。
典型ミス
「人は偏見をもつ」と一般論で終える、測定指標がない、仮説と予想結果が対応しない、倫理的説明を省く、という答案は弱い。
第4問 — 心理群IV: ブートストラップ法
答案例
- 手順は、サイズnの観測データから、同じサイズnの標本を復元抽出する。重複して選ばれる観測値もあれば選ばれない観測値もある。この処理を数千回繰り返す。
- 各ブートストラップ標本で関心の統計量を計算する。得られた統計量の分布を、標本分布の近似として用いる。
- この分布の標準偏差が標準誤差になり、分位点から信頼区間を作れる。パーセンタイル法、バイアス補正加速法などの区間推定もある。
- 利点は、正規性などの強い分布仮定が難しい統計量にも適用しやすいこと、解析的な標準誤差式が複雑な場合に使いやすいことである。小標本でも参考になるが、魔法のように情報量を増やすわけではない。
- 注意点は、元標本が母集団を代表していないとブートストラップ分布も偏ること、時系列や階層データでは単純な独立復元抽出が不適切なこと、外れ値の影響を受けることである。
採点観点
復元抽出、多数反復、統計量の分布、標準誤差・信頼区間、利点と限界を説明する。単なるデータ水増しではないことを強調する。
典型ミス
ブートストラップを交差検証と混同する、復元抽出を書かない、標本数が実質的に増えると誤解する、という答案は減点されやすい。
第5問 — 心理群V: 乳児の向社会性
答案例
- 向社会性は、利己的報酬だけでなく、他者の目標や苦痛を理解し、それを改善しようとする行動を含む。援助、共有、慰め、協力を区別して説明するとよい。
- 実験計画の一例は、実験者が物を落として困っている場面を乳児に見せる課題である。乳児が物を拾って渡すか、どれだけ速く援助するかを測る。対照条件では、実験者が物を必要としていない動作を入れる。
- もう一つは、坂を登る図形を助ける人形と妨害する人形を見せた後、乳児がどちらに手を伸ばすかを見る選好課題である。援助者を選ぶなら、単なる物理運動ではなく社会的評価が関わる可能性がある。
- 予想結果として、目標を持つ他者が困っている条件でだけ援助が増えるなら、乳児が他者の目標を理解し向社会的に行動したと主張できる。報酬や親の促しがなくても生じるかが重要である。
- 注意点は、乳児の運動能力、親の表情、実験者の期待、刺激の目立ちやすさを統制することである。月齢差も考慮する。
採点観点
向社会性の定義、乳児に適した測定法、対照条件、結果解釈を示す。乳児が言語報告できないため、行動指標で推定する点を押さえる。
典型ミス
道徳教育の必要性だけを論じる、乳児に成人向け質問紙を使う、援助行動を反射や偶然と区別する統制を置かない、という答案は弱い。
第6問 — 心理群VI: 理解度測定の研究手法
答案例
- 選択式・短答式テストは採点が容易で信頼性を確保しやすい。多数の学習者を比較できるが、推測で当たる可能性や、表面的記憶に偏る問題がある。
- 記述式問題や説明課題は、概念間の関係、理由づけ、誤概念を把握できる。採点ルーブリックと複数採点者による一致確認が必要である。
- 概念マップは、学習者が概念をどのように構造化しているかを示す。リンクの正確性や階層性を評価できるが、作図能力や慣れに影響される。
- 発話思考法や面接は、問題解決過程や理解のつまずきを詳しく捉えられる。サンプル数は少なくなり、発話が思考そのものを変える可能性がある。
- 転移課題は、学んだ知識を新しい文脈で使えるかを見るため深い理解の評価に向く。学習ログ、視線、反応時間は過程を客観的に測れるが、解釈には注意が必要である。
採点観点
幅広い手法と、それぞれのメリット・デメリットを対応させる。理解度を一つの点数に還元せず、知識、構造、応用、過程の複数側面として捉える。
典型ミス
期末試験だけを挙げる、手法名を列挙して長短所を書かない、主観的満足度を理解度そのものとする、という答案は不十分である。
第7問 — 哲学群I: ソクラテスのダイモーン
答案例
- ソクラテスは、ダイモーン的なしるしが幼少期から自分に現れ、ある行為をしようとすると止めることがあると述べる。積極的な教義を授ける神ではなく、制止のしるしである点が重要である。
- 『ソクラテスの弁明』では、彼の哲学的活動はデルポイの神託とも関係し、人々の知を吟味する使命として語られる。ダイモーンはこの使命と矛盾しない行動を保つ働きをもつ。
- ダイモーンは、社会の多数意見や欲望に従うのではなく、不正を避ける倫理的基準として働く。ただし近代的な主観的良心と完全に同一ではなく、神的なしるしとして理解されている。
- 裁判で逃亡や迎合を選ばず、哲学的生を貫く態度とも結びつく。知らないことを知っていると思い込まないという無知の知と並べて説明できる。
採点観点
制止するしるし、神託との関係、無知の知、倫理的生を入れる。ダイモーンを悪魔や守護霊の俗説だけで説明しない。
典型ミス
ダイモーンをソクラテスの理論体系とする、内なる声を何でも肯定する直感とする、神話的存在の説明だけで哲学的意義を書かない、という答案は弱い。
第8問 — 哲学群II: ロゴスをもつ生き物
答案例
- ロゴスには、言葉、理性、理由、比率、秩序といった意味がある。単なる音声ではなく、意味をもち、根拠を示し、共有される言語的理性を指す。
- アリストテレスは、人間をポリス的動物とし、他の動物が快苦を示す声をもつのに対し、人間は有益・有害、正・不正を語るロゴスをもつと考えた。
- したがって、人間の共同体は力や本能だけでなく、理由を述べ合い、規範を共有する能力に基づく。倫理的判断と政治的討議はロゴスによって可能になる。
- この定義は、人間の尊厳や教育の根拠になる一方、ロゴスをもたないとされた存在を排除する危険もある。女性、奴隷、異文化、動物をめぐる批判的検討も可能である。
採点観点
ロゴスの多義性、アリストテレス、人間の政治性、善悪の共有を入れる。言葉を話すことだけに縮小しない。
典型ミス
ロゴスを単に「論理」とだけ訳す、ポリスや共同性への言及がない、理性を持つから感情がないと書く、という答案は不十分である。
第9問 — 哲学群III: 理性と情念
答案例
- 古典的には、理性は普遍的判断、計算、真理認識に関わり、情念は身体的欲求や感情の動きに関わるとされた。問題は、どちらが行為を支配すべきかである。
- プラトンの魂の三部分説では、理性的部分が気概と欲望を統御するのが正義ある魂である。ストア派でも、情念は誤った価値判断から生じる動揺であり、理性による克服が目指される。
- デカルトやスピノザでは情念は身体と精神の関係の中で分析され、ヒュームは、理性だけでは目的を生まず、行為の動機は情念に由来すると論じた。
- 現代的には、情動は判断を歪めるだけでなく、危険の検出、価値の把握、他者への共感、道徳的動機づけを支える。理性と情念は対立だけでなく相互補完的に考えられる。
- 答案では、どちらか一方を単純に善悪とせず、思想史上の立場差を示してから自分の評価を述べるとよい。
採点観点
複数の思想家または立場を用い、理性と情念の機能を対比する。倫理、認識、行為動機の三面を意識すると答案が厚くなる。
典型ミス
理性は正しい、情念は悪い、とだけ書く、感情心理学の一般論だけにする、思想史上の対立を挙げない、という答案は弱い。
第10問 — 哲学群IV: カントの超越論的構想力
答案例
- カントにおいて認識は、感性によって対象が与えられ、悟性によって考えられることで成立する。両者を結びつける働きが構想力である。
- 超越論的構想力は、経験に先立って多様な直観を総合する能力であり、再生的な想像や空想とは区別される。経験を可能にする条件としての働きである。
- 構想力は、感性の多様を時間的にまとめ、悟性の統一へ従わせる。これにより、ばらばらの感覚が一つの対象経験として成立する。
- 図式論では、カテゴリーは純粋概念であり、そのままでは感性的対象に適用できない。構想力が時間的図式を与えることで、カテゴリーが経験的対象に関係する。
- 答案では、超越論的統覚との関係にも触れられる。表象の統一は統覚に属するが、その統一に向けて多様を総合する操作が構想力である。
採点観点
感性、悟性、総合、図式、経験の可能条件を結びつける。構想力を芸術的想像力や空想力と同一視しないこと。
典型ミス
「想像力が豊か」という意味で説明する、図式論やカテゴリーへの接続がない、超越論的の意味を神秘的とする、という答案は不十分である。
第11問 — 哲学群V: 神の死
答案例
- ニーチェの「神は死んだ」は、無神論の標語以上の意味をもつ。神は、道徳、真理、目的、世界の意味を保証する超越的根拠の象徴である。
- 近代人は科学や批判的知性によって神への信仰を掘り崩したが、その帰結を十分に引き受けていない。価値の根拠が失われると、何を善とし何のために生きるかが不安定になる。
- これがニヒリズムである。最高価値が価値を失い、人生や世界に意味がないと感じられる状態である。
- ニーチェは、神の死を嘆くだけでなく、超人、力への意志、永劫回帰などの思想を通じて、新しい価値創造の可能性を問うた。
- したがって「神の死」は、宗教史上の出来事ではなく、近代文化全体の自己理解に関わる診断である。
採点観点
ニーチェ、価値根拠の崩壊、ニヒリズム、価値創造を入れる。神の生物学的死や単純な宗教批判として扱わない。
典型ミス
「神はいない」とだけ書く、科学が宗教に勝った話で終える、ニヒリズムや価値創造に触れない、という答案は浅い。
第12問 — 哲学群VI: コスモポリタニズム
答案例
- 世界市民主義は、身近な共同体への忠誠を超えて、すべての人間に道徳的配慮を及ぼす考えである。ディオゲネスの「世界市民」という自己規定やストア派の自然法思想が古典的源流である。
- ストア派では、人間はロゴスを共有するため、外的身分や都市の違いを超えた共同性をもつ。これは奴隷や異民族を含む普遍的人間性の観念につながる。
- カントは、国家間の平和を単なる勢力均衡ではなく、共和制、国際連盟、世界市民法によって構想した。訪問権は、地球表面を共有する人間同士の権利として論じられる。
- 現代の可能性は、人権保障、難民保護、国際刑事裁判、地球環境問題、グローバルな再分配にある。国境を越える問題には世界市民的視点が必要である。
- 限界として、抽象的普遍主義が地域文化を軽視する危険、民主的責任の所在が曖昧になる問題、富裕国中心の価値押し付けの危険がある。普遍性と具体的帰属の調整が課題である。
採点観点
古代ストア派とカント、現代的応用、批判的限界を入れる。理想論として称賛するだけでなく、制度化の難しさを論じる。
典型ミス
グローバル化一般と同一視する、国籍をなくす主張だけとする、可能性と問題点の片方しか書かない、という答案は弱い。