東北大学 院試 過去問 解答例
東北大 情報科学研究科 6群 心理・哲学 専門科目 2018年度 院試 解答例・解説
東北大学 情報科学研究科 6群 心理・哲学 専門科目 2018年度の院試 過去問について、設問ごとの解法方針・部分点の置き所を解説。全12問収録の解答・解説PDFと併用できます。問題本文は含みません。
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第1問 — 第1問: RSVP課題
答案例
- RSVPはrapid serial visual presentationの略で、中央固視点の位置に多数の刺激を毎秒数個から十数個の速度で連続呈示する。参加者には、特定色の文字、数字、顔、単語などの標的を報告させる。
- 注意の瞬き実験では、系列内に二つの標的を入れる。第一標的の後、約200から500ミリ秒以内に第二標的が出ると第二標的の報告率が低下する。第一標的処理に注意資源や意識アクセスが使われるためと説明される。
- RSVPは、空間探索を伴う視覚探索課題と異なり、同一位置で時間的に刺激を切り替えるため、時間的選択、処理速度、マスク効果を調べやすい。
- 応用として、読字、視覚的短期記憶、無意識知覚、感情刺激の優先処理、広告や警告表示の見落としなどを検討できる。
採点観点
高速逐次呈示、標的検出、注意の瞬き、時間的注意の制限を入れる。代表実験を一つ具体的に説明することが設問の要求に直結する。
典型ミス
RSVPをイベント参加の返事の意味で説明する、単なるスライドショーとする、注意の瞬きなどの代表現象を書かない、という答案は不十分である。
第2問 — 第2問: デフォルトモードネットワーク
答案例
- DMNは、安静時fMRI研究で見いだされた機能結合ネットワークである。何もしていない状態では脳が停止しているのではなく、内的思考に関わる活動が持続している。
- 主な領域は、内側前頭前野、後部帯状皮質、楔前部、角回を含む下頭頂領域、内側側頭葉である。これらは安静時に同期した活動を示す。
- 認知情報処理との関係では、自己に関する評価、過去記憶の想起、未来シミュレーション、社会的認知、物語理解などに関わる。外的注意課題では、課題陽性ネットワークと拮抗的に変化することが多い。
- DMNの過活動や抑制不全は、注意散漫、反すう、抑うつ、アルツハイマー病などとも関連づけて研究される。ただし、DMNは悪い空想ネットワークではなく、内的モデル構築にも有用である。
採点観点
安静時活動、主要ノード、課題時低下、自己参照・記憶・社会認知との関係を説明する。脳領域名を少なくとも二つ挙げると明確である。
典型ミス
DMNを睡眠中だけの活動とする、活動低下を脳停止と書く、認知処理との関連を述べない、という答案は弱い。
第3問 — 第3問: 級内相関係数
答案例
- ICCは、測定値の総分散を、対象の真の差、評定者差、誤差に分け、対象差がどれだけ大きいかを見る指標である。単なるピアソン相関と違い、測定の一致性や評定者間信頼性を評価できる。
- 用途は、心理尺度の再検査信頼性、複数観察者による行動評定、臨床測定、画像評価などである。同じ被験者を複数評定者が採点する場合に適している。
- 一致型ICCは、評定値の絶対水準まで一致するかを見る。整合型ICCは、評定者が全体的に高め・低めにつける差を除き、順位の一貫性を重視する。
- 一元配置モデルは評定者が対象ごとに異なる場合、二元配置モデルは同じ評定者がすべての対象を評価する場合に使う。評定者を固定効果と見るかランダム効果と見るかも選択に関わる。
- 解釈では、信頼区間、測定回数、評定者数、対象の異質性を確認する。対象間差が小さい標本ではICCが低く出ることもある。
採点観点
対象間分散と誤差分散、信頼性、一致型・整合型、モデル選択を説明する。単なる相関係数との違いを一言入れるとよい。
典型ミス
ICCを通常の相関係数と同じものとする、値が高いほど妥当性が高いと書く、評定者モデルを無視する、という答案は不十分である。
第4問 — 第4問: 命題表象理論
答案例
- 命題とは、真偽を持ちうる意味内容である。命題表象では、言語表現の文字列ではなく、概念間の関係が抽象的に保存される。
- 形式的には、述語と項、関係と対象、命題ネットワークとして表すことができる。これにより、能動文と受動文、絵と文など表面形式が違っても同じ意味内容を共有できる。
- 認知心理学では、文章理解、記憶、問題解決で、情報が命題単位に分解され、互いに結びついて保存されると考える。重要命題ほど記憶に残りやすいという説明もできる。
- 代表的論点は、心的イメージ論との対立である。すべてを命題で説明できるのか、空間的イメージや感覚的鮮明さは別の形式の表象を必要とするのかが議論された。
- 答案では、命題表象の利点として抽象性、表現形式を超えた意味保存、推論可能性を挙げ、限界としてイメージ的情報の扱いを挙げる。
採点観点
述語・項、抽象的意味表象、言語表現との区別、推論・記憶への応用、イメージ表象との対比を入れる。命題を「文」とだけ説明しない。
典型ミス
命題表象を論理学の命題記号だけで説明する、画像表象との違いを書かない、具体例がない、という答案は弱い。
第5問 — 第5問: 語用論
答案例
- 意味論が主に文や語の意味を扱うのに対し、語用論は実際の使用場面で発話が何を行うかを扱う。話し手の意図、共有知識、社会的関係、場面が重要である。
- グライスは、会話が協調原理と量、質、関係、様態の格率に支えられると考えた。格率をあえて破ることで、聞き手は字義以上の含意を推論する。
- 発話行為論では、発話は情報を伝えるだけでなく、約束、命令、謝罪、宣言などの行為を遂行する。発話の適切性条件も問題になる。
- 直示表現は、「私」「ここ」「明日」のように文脈なしには指示対象が決まらない表現である。前提や丁寧さ、ポライトネスも語用論の対象である。
- 心理学的には、皮肉理解、間接依頼、比喩、共同注意、心の理論、発達や自閉スペクトラム特性との関係を研究できる。
採点観点
文脈、意図、含意、発話行為を説明し、代表研究者または理論を挙げる。具体例を用いると、意味論との差が明確になる。
典型ミス
語用論を敬語や語彙の使い方だけに限定する、文脈依存性を説明しない、代表研究を挙げない、という答案は不十分である。
第6問 — 第6問: デセプションとデブリーフィング
答案例
- デセプションの例は、同調実験で他の参加者を実は協力者にする、記憶実験と説明して実際には態度変化を測る、偽のフィードバックを与える、などである。
- 目的は、参加者が仮説を察して行動を変える需要特性や社会的望ましさを抑え、自然な反応を測ることである。
- ただし、欺瞞は参加者の十分な情報にもとづく同意を制限する。リスクが小さいこと、代替手段がないこと、研究価値があること、事後説明が可能であることが条件になる。
- デブリーフィングでは、実験の本当の目的、どの部分が欺瞞だったか、なぜ必要だったか、参加者の反応が正常であること、質問の機会、相談先、データ利用への再同意を説明する。
- 参加者に強い恥や不安を残す実験では、単なる説明だけでなく、気分回復手続きやフォローアップを行う。研究者は欺瞞の便利さより参加者の尊厳を優先する。
採点観点
デセプションの定義、具体例、必要性、倫理的制約、デブリーフィング内容を入れる。欺瞞を悪いか良いかの単純判断で終えない。
典型ミス
デセプションを実験ミスと誤解する、デブリーフィングを結果発表だけとする、倫理審査や撤回権に触れない、という答案は弱い。
第7問 — 第7問: アナクシマンドロスのト・アペイロン
答案例
- ミレトス学派は、世界の根源を神話ではなく自然原理として問うた。タレスが水を根源としたのに対し、アナクシマンドロスは特定物ではないアペイロンを根源とした。
- アペイロンは、冷・熱、乾・湿などの対立性質に限定されない。特定の元素を根源にすると、なぜ他の元素が生じるか説明しにくいため、より抽象的な原理が必要になる。
- 世界は、アペイロンから対立するものが分離することで成立し、生成したものは時間に従って消滅し、根源へ戻る。この過程は、自然に秩序や正義のような構造を見いだすものでもある。
- 哲学史上の意義は、観察される個物を超えた抽象的原理を立て、宇宙生成を合理的に説明しようとした点にある。
採点観点
無限定、アルケー、特定元素ではない根源、対立物の生成、初期自然哲学の意義を入れる。言葉の訳だけで終えない。
典型ミス
アペイロンを単なる無限空間とする、アナクシマンドロスを原子論者と混同する、神話的物語だけで説明する、という答案は不十分である。
第8問 — 第8問: プラトンの詩人追放論
答案例
- プラトンは詩を全面的な娯楽としてではなく、ポリスの教育と魂の形成に強い影響を与えるものとして論じた。守護者教育では、物語が勇気や節制を損なわないことが重要になる。
- 模倣批判では、寝台のイデア、職人の作る寝台、画家の描く寝台という例が使われる。詩人や画家は、真理そのものではなく、見かけの模倣を作る。
- 情念批判では、悲劇が悲嘆、怒り、欲望を観客に快く味わわせ、魂の理性的部分より非理性的部分を強めるとされる。これは哲人による理性的統治と対立する。
- ただし、神々への讃歌や善い人々を称える詩まで否定するわけではなく、ポリスの教育に資する詩は例外的に認められる余地がある。
- 後のアリストテレスは、悲劇の模倣とカタルシスに肯定的価値を認めたため、両者を比較すると理解が深まる。
採点観点
『国家』、模倣、イデアからの距離、情念への影響、教育論を結びつける。単なる表現規制の話にせず、認識論と倫理・政治の文脈を示す。
典型ミス
詩人個人を国外退去させた歴史的事件として扱う、芸術嫌いだけで説明する、イデア論への言及がない、という答案は弱い。
第9問 — 第9問: アリストテレスの演繹と帰納
答案例
- 演繹の例は、「すべての人間は死すべきものである」「ソクラテスは人間である」から「ソクラテスは死すべきものである」を導く三段論法である。前提が真で形式が妥当なら結論は必然的に真になる。
- アリストテレスの論理学では、項、命題、三段論法の形式が分析され、学問的証明の基礎とされた。演繹はすでに与えられた普遍的原理から結論を導く力をもつ。
- 帰納は、多くの個別事例を観察し、共通するものを把握して普遍へ至る過程である。感覚、記憶、経験を通じて普遍を捉える働きとして理解できる。
- 両者は対立するだけではない。学問は第一原理を必要とするが、その原理自体は演繹で証明できないため、経験と帰納によって把握される。その後、演繹的証明が体系を作る。
- 現代的な帰納法とは完全に同じではないが、経験的観察と論証的必然性を結びつける点が重要である。
採点観点
演繹と帰納の定義、三段論法の例、第一原理と科学的証明の関係を入れる。どちらが優れているかだけでなく役割分担を説明する。
典型ミス
演繹を「難しい推論」、帰納を「簡単な推論」とする、例を挙げない、アリストテレスの学問論に触れない、という答案は不十分である。
第10問 — 第10問: カントの直観の形式
答案例
- カントは、認識を感性と悟性の協働として考えた。感性は対象を直観として受け取り、悟性は概念によって考える。
- 空間は外的対象が私たちに現れる形式であり、時間は内的状態およびすべての表象が現れる形式である。これらは経験から抽出された概念ではなく、経験を可能にする条件である。
- 空間と時間がアプリオリな直観形式であるため、幾何学や算術は経験に先立って必然性をもつが、それは物自体についてではなく、現象についての認識である。
- この立場は、空間時間を物自体の属性とする素朴実在論とも、単なる主観的錯覚とする見方とも異なる。超越論的観念論として理解する。
- 答案では、直観を日常語の勘ではなく、対象が直接与えられる表象として説明することが重要である。
採点観点
空間、時間、アプリオリ、感性、現象と物自体、総合的アプリオリ認識を入れる。直観を「ひらめき」と誤解しない。
典型ミス
時間と空間を外界の物理的容器としてだけ扱う、カントを経験論者として説明する、悟性のカテゴリーと混同する、という答案は弱い。
第11問 — 第11問: ベンサムの最大幸福
答案例
- ベンサムは、快楽と苦痛を人間行動の基本原理とし、有用性の原理によって道徳と法を評価した。善い制度は幸福を増やし、苦痛を減らす制度である。
- 最大幸福原理では、ある行為の結果が当事者全体に与える快楽と苦痛を比較する。身分や権威ではなく、各人の幸福を一人分として数える平等性を含む。
- 快楽計算では、強度、持続性、確実性、近接性、多産性、純粋性、範囲などを考慮する。これにより、個人的道徳だけでなく公共政策や刑罰の妥当性も評価できる。
- 批判として、すべての快楽を量で比較できるか、多数派の幸福のために少数派を犠牲にしてよいのか、権利や正義を結果計算に還元できるかが問題になる。
- ミルは快楽の質的差異を強調し、後の功利主義では規則功利主義や選好功利主義などが展開した。
採点観点
功利主義、有用性の原理、最大多数の最大幸福、快楽計算、批判点を入れる。ベンサムを利己的快楽主義者としてだけ説明しない。
典型ミス
幸福を精神論として扱う、社会全体の集計を落とす、批判点を書かない、という答案は浅い。
第12問 — 第12問: レヴィナスの顔
答案例
- レヴィナスは、西洋哲学が存在や認識の体系の中に他者を回収してきたと批判した。他者は、私が把握し支配できる対象ではなく、私を超えるものとして現れる。
- 顔は、目鼻口の形状ではなく、他者が私の前に無防備に現れ、同時に私に責任を命じる現れである。顔に出会うと、私は相手を単なる物として扱えない。
- 「殺すな」という命令は、法や契約より先にある倫理的関係を示す。相互性や利益計算の前に、私は他者に応答する責任を負う。
- この意味で、レヴィナスにおいて倫理は第一哲学である。存在の意味を問う以前に、他者の顔が私の自由を制限し、責任へと開く。
- 現代的には、難民、貧困、暴力、ケアの問題を、抽象的な制度だけでなく具体的な他者への応答として考える手がかりになる。
採点観点
他者性、非対象化、責任、倫理の第一性を説明する。心理学的表情認知や顔貌の話にずらさない。
典型ミス
顔を外見や表情の意味で説明する、共感や優しさの一般論で終える、存在論批判との関係を書かない、という答案は不十分である。