東京科学大学 院試 過去問 解答例
東京科学大 生命理工学院 生命理工学系 生命理工学系 専門科目 2025年度 院試 解答例・解説
東京科学大学 生命理工学院 生命理工学系 生命理工学系 専門科目 2025年度の院試 過去問について、設問ごとの解法方針と確認点を解説。全8問収録の解答・解説PDFと併用できます。問題本文は含みません。
最終更新:
設問ごとの解法方針と確認点を公開しています。
続きの途中式・最終答は解答・解説PDFに収録しています。問題本文は含まれません。
第1問 — ホルモンと脂質代謝
方針
第1問は,生理活性物質の「産生部位」「化学的分類」「作用」を対応させる知識問題である。脂質代謝では,必須脂肪酸,インスリンによる同化作用,アラキドン酸カスケード,ステロイドホルモンの前駆体を一つの流れとして整理するとよい。
途中式・根拠
膵ランゲルハンス島の 細胞はグルカゴン, 細胞はインスリンを分泌する。甲状腺ホルモンの代表はチロキシンであり,基礎代謝を上げる。鉱質コルチコイドは副腎皮質球状帯由来のステロイドで,アルドステロンのように腎での Na 再吸収と K 排泄を調節する。レプチンは脂肪細胞由来で摂食抑制に働き,メラトニンはトリプトファンからセロトニンを経て松果体で合成され概日リズムに関与する。
ヒトは , デサチュラーゼを持たないため,リノール酸や -リノレン酸を新たに作れない。一方,パルミチン酸は脂肪酸合成系で,オレイン酸はステアロイルCoAデサチュラーゼなどを介して内因性に作れる。インスリンはアセチルCoAカルボキシラーゼを脱リン酸化・活性化し, を促進する。さらに脂肪細胞でホルモン感受性リパーゼを抑え,トリアシルグリセロールの分解を抑制する。
検算・典型ミス
「糖質コルチコイド」と「鉱質コルチコイド」を取り違えやすい。糖質コルチコイドは糖新生・抗炎症などが中心で,電解質と水分調節を問われたら鉱質コルチコイドを選ぶ。プロスタグランジンは痛みや炎症,平滑筋収縮,血管反応などに関わるため,「炎症反応を抑制し痛みを抑える」は一般的な説明としては不適切である。
試験で書くべきポイント
ステロイドホルモンの例は一つでよいので,副腎皮質ならコルチゾールまたはアルドステロン,生殖腺ならテストステロン・エストラジオール・プロゲステロン,胎盤ならプロゲステロンまたはエストロゲン,のように代表例を簡潔に書けば十分である。
第2問 — タンパク質分離とPCR
方針
SDS-PAGEは「SDSでほぼ一様に負に帯電し,小さいタンパク質ほど下へ速く進む」と読む。ゲルろ過は逆に「大きい分子ほど担体内部に入りにくく,早く溶出する」と読む。PCRは3段階の物理化学的意味を,変性・アニーリング・伸長に対応させる。
途中式・根拠
SDS-PAGEではSDSがタンパク質に結合し,質量あたりほぼ一定の負電荷を与える。したがってタンパク質は陽極へ移動するため,泳動方向の先であるゲル下端側をプラス極にする。分子量は であるから,上から B, D, A, C の順に並ぶ。図で指定された二つのバンドは,D と A に対応する。
ゲルろ過では分子が大きいほど細孔に入りにくく,実効的な移動距離が短い。したがって SDS-PAGEとは反対に,分子量の大きい順に B, D, A, C と溶出する。
PCRプライマーは,提示された片鎖の左端20塩基を forward primer とし,右端20塩基の相補鎖を逆向きに書いたものを reverse primer とする。右端20塩基は なので,その逆相補配列は である。
検算・典型ミス
reverse primer は鋳型末端をそのまま写すのではなく,必ず「逆相補」を 方向で書く。増幅倍率は理想化すれば1サイクルごとに2倍なので 倍であり,厳密な長さの標的分子だけを数える補足議論は本問では不要である。
試験で書くべきポイント
260 nm吸収は糖やリン酸ではなく,核酸塩基の共役した芳香族性の電子系に由来する。選択肢式では「核酸塩基」とだけ答えればよいが,記述なら「塩基の共役二重結合系による紫外吸収」と添えると強い答案になる。
第3問 — 転写・RNAプロセシング・翻訳
方針
真核生物の遺伝子発現は,転写開始,pre-mRNAプロセシング,核外輸送,翻訳の順に整理する。空欄問題では「分子名」と「過程名」を混同しないことが重要である。
途中式・根拠
転写の伸長反応を担う酵素はRNAポリメラーゼであり,転写開始のために結合するDNA領域がプロモーターである。真核生物のmRNA前駆体は,5' 末端にキャップ構造,3' 末端に poly A tail を付加される。残される配列がエキソン,除去される配列がイントロンであり,イントロン除去とエキソン連結をスプライシングという。成熟mRNAは細胞質でリボソームにより翻訳され,アミノ酸はアミノアシルtRNAとして運ばれ,終止コドンで翻訳が終わる。
TFIIDはTBPとTAFを含む基本転写因子で,プロモーター上のTATAボックス認識に深く関わる。タンパク質量が変わっていない条件では,「量が少ない」ではなく「変異によりタンパク質構造が変わり,DNA配列への結合効率が落ちた」と説明するのが筋である。
検算・典型ミス
「ターミネーター」は転写終結に関わるDNAまたはRNA上の要素であり,翻訳終了を指定する3塩基は「終止コドン」である。また,真核生物の一般的なmRNAプロセシングを問う文脈で,イントロンとエキソンを逆にしない。
試験で書くべきポイント
IIIでは指定語句を並べるだけでは不十分である。因果関係を の順に書くと,3行程度でも採点者に伝わりやすい。
第4問 — RasとMAPKシグナル
方針
Rasは低分子量Gタンパク質で,GTP結合型がオン,GDP結合型がオフである。オンにする因子がGEF,オフに戻す因子がGAP,という対応を最初に固定すると全体が解きやすい。
途中式・根拠
GEFはRasに結合してGDPの解離を促し,細胞内に多いGTPが結合することでRasを活性化する。逆にGAPはRasのGTPase活性を高め,GTP加水分解を速める。したがって, [数式] が不活性化の基本式である。
MAPK経路の代表例は である。RafはMAPKKK,MEKはMAPKK,ERKはMAPKとして働き,リン酸化カスケードを形成する。最終的にERKが転写因子をリン酸化して発現プログラムを変え,細胞増殖や分化などの細胞応答を起こす。
検算・典型ミス
GAPは「GTPをRasへ結合させる因子」ではない。GAPはGTP加水分解を促進してRasをオフにする因子である。GEFとGAPの働きを逆に書くと,Ras変異体がなぜ恒常活性化するかの説明も破綻する。
試験で書くべきポイント
分子標的治療薬の説明では,「がん細胞」「選択的」「殺細胞性」「副作用」を指定語句として入れるだけでなく,正常細胞も広く傷害する殺細胞性薬と,異常分子に依存するがん細胞を選択的に狙う薬,という対比を明確に書くとよい。
第5問 — 有機反応と芳香族求電子置換
方針
Iは反応剤から反応型を先に判定する。NaIはハロゲン交換,強塩基 tert-ブトキシドは脱離,PBrはアルコールの臭素化,NaBHCNは還元的アミノ化,BH/過酸化水素はヒドロホウ素化酸化,HBrによるエポキシド開環は酸性条件で進む。vi はMannich反応とHofmann脱離の組合せである。
途中式・根拠
i) では第一級臭化物に NaI が作用して Finkelstein 反応によりヨウ化物 A を与える。tert-ブトキシドはかさ高い強塩基なので E2 脱離を起こし,分子式 CH のアルケン B として2-メチルプロペンを与える。
ii) PBr はアルコールを対応する臭化アルキルに変換する。立体化学が指定されていれば反転を伴うが,本問では骨格として C を書けばよい。
iii) NaBHCN は酸性条件でイミンまたはイミニウムイオンを選択的に還元する。分子内に一級アミンと二つのアルデヒドがあるため,二度の分子内還元的アミノ化で二環性アミンができる。
iv) ヒドロホウ素化酸化では,ホウ素が置換の少ない炭素へ入り,酸化後にそこがアルコールになる。メチリデンシクロヘキサンからは環外炭素が となるため,E はシクロヘキシルメタノールである。
v) 酸性条件のエポキシド開環では,プロトン化後により置換度の高い炭素へ臭化物イオンが攻撃する。したがって臭素は第三級炭素側,ヒドロキシ基は一次炭素側に残り,F は である。
vi) シクロペンタノンはホルムアルデヒドとジメチルアミンにより 位でMannich塩基 G を与える。G を過剰メチル化して第四級アンモニウム塩とし,酸化銀・水・加熱でHofmann脱離させると,対応する -メチレンケトン H が得られる。
検算・典型ミス
エポキシド開環は条件で向きが変わる。塩基性条件なら一般に立体的に空いた炭素へ攻撃するが,HBrのような酸性条件ではより置換度の高い炭素へ攻撃する。ヒドロホウ素化酸化はMarkovnikov付加ではなく,反Markovnikov型にアルコールを与える。
試験で書くべきポイント
芳香族求電子置換では,活性化・不活性化と配向性を分けて考える。アミノ基やアセトアミド基は共鳴供与によりオルト--パラ配向性を示す。ニトロ基のような強い電子求引基はメタ配向性を示す。ハロゲン置換基であるブロモ基は誘起効果では電子求引性なので不活性化基だが,共鳴供与でオルト--パラ配向性を示す点が典型的な例外である。
第6問 — エルゴリン骨格合成と有機化学の判定
方針
全合成スキームでは,個々の構造を丸暗記するより,官能基変換を追う。カルボン酸から環状ケトンへの変換は酸塩化物化とFriedel--Craftsアシル化,アルコールから塩化物への変換はSOCl,ケトンからアルコールへの変換はNaBHが対応する。
途中式・根拠
化合物1はカルボン酸側鎖をもつため,SOClで酸塩化物にし,AlClで分子内Friedel--Craftsアシル化を行えば,芳香環へアシル基が入って環状ケトン2が生じる。スキーム後半で化合物7のアルコールが化合物8の塩化物に変わっていることも,A が SOCl であることと整合する。化合物6から7では,まずアセチル化によりインドリン窒素を保護し,次にNaBHでケトンを二級アルコールへ還元したと読む。
2から3は -ブロモケトンの生成である。酸性条件ではケトンが少量エノールを作り,そのエノールが臭素へ求核的に反応する。生成した -ブロモケトンでは臭素の 効果により残る 水素の酸性度やエノール化の様式が変わり,過剰な多置換が抑えられる。
IIの判定では,2は正しい。tert-ブチル基はシクロヘキサン環でほぼエクアトリアルに固定される。cis-1-ブロモ-4-tert-ブチルシクロヘキサンでは臭素がアキシアルになりやすく,E2に必要なtrans-diaxial配置を取りやすい。一方,trans異性体では臭素がエクアトリアルになりやすく,脱離しにくい。5も正しい。2か所でSN2置換が起こるとそれぞれ反転し,対称な2,4-ジシアノペンタン骨格で内部対称面をもつメソ体になる。
検算・典型ミス
1は一見,出発物がキラルなので生成物も光学活性と思いやすい。しかしPCC酸化で末端アルコールがアルデヒドになり,中心炭素の左右が同じ 置換基になるため,主生成物はアキラルである。6も典型的な誤りで,tert-ブチル基の四級ベンジル炭素には酸化されるベンジル水素がないため,テレフタル酸にはならない。
試験で書くべきポイント
構造式問題では,環骨格を完全に美しく描けなくても,官能基変換の位置と立体・配向性の根拠を答案中で補えば部分点を取りやすい。特に本問の化合物6は,7の直前体として「N-未アセチル,ケトン体」と明記するのが安全である。
第7問 — 化学平衡と生物学的標準状態
方針
熱力学的標準状態では溶質の活量を1に取る。水素イオンも同じく活量1なら pH 0 である。一方,生化学では pH 7 を標準として固定するため,反応式に水素イオンが入ると と がずれる。
途中式・根拠
一般に, である。反応物側に が 個ある反応では,ほかの化学種を標準状態にして を代入すると, となる。よって である。逆に,水素イオンが生成物側にあれば符号は負になる。
検算・典型ミス
IIIで符号を間違えやすい。ATP加水分解の式では が生成物側にあるため,pH 7 ではその活量が と小さく,標準反応ギブズエネルギーは だけ低くなる。したがって から約 を引き,負の値になる。
試験で書くべきポイント
Vは で計算してもよいが,平衡定数の定義から見ると速い。熱力学的な は水素イオン活量を含み,生物学的な は pH 7 の水素イオンを定数として吸収したものなので,水素イオンが生成物側に1個ある反応では となる。
第8問 — イオンの移動度
方針
移動度の問題は,電気力,粘性抵抗,ドリフト速度の三つを結ぶだけで解ける。終端速度では加速し続けるのではなく,電気力と抵抗力がつり合う。
途中式・根拠
ストークス抵抗が で与えられるので, から が出る。移動度 は である。IIIではすでに移動度が与えられているので,半径や粘度の値を使って再計算する必要はない。
検算・典型ミス
IIIの電極間距離は 1.00 cm なので m に直す。ここを 1 m としてしまうと答えが100倍ずれる。IVでは粘度が3分の1になっているので,移動度は3倍になる。計算結果 は,元の の約3倍であり,向きとして妥当である。
試験で書くべきポイント
Vでは速度を としてはいけない。電場は印加電圧そのものではなく であるため, となる。この 依存性を書けるかが得点の分かれ目である。