I 斜面上の張力
運動方程式を立てる条件
慣性系では、質量が一定の質点について ∑F=ma が成り立つ。Aに働く重力を斜面方向と垂直方向へ分けると、前者は mgsin30∘=mg/2 である。垂直抗力は斜面方向成分を持たず、摩擦もないので、斜面方向の式には現れない。本問の糸はAを斜面下方へ引く配置であり、張力はAの運動を助ける向きに働く。
軽い糸と滑らかな支持部という仮定により、糸の両側で張力の大きさを共通の T とおける。質量のある糸や摩擦のある滑車では、張力を等しいとする式をそのまま使えない。
糸の条件が結ぶのは速さの大きさ
Aが斜面に沿って下がった距離を sA、Bが下がった距離を sB とすると、一方の糸部分の短縮量と他方の伸長量が等しいため sA=sB である。これを時刻で2回微分すれば s¨A=s¨B=α となる。両者の加速度ベクトルが同じ向きである、という意味ではない。
式への代入と符号の誤り
得られた値を戻すと、Aでは mg/2+mg/3=5mg/6=mα、Bでは 2mg−mg/3=5mg/3=2mα となる。張力は正であり、糸が質点を引くという条件にも合う。
Aの張力を誤って斜面上向きに入れ、mα=mg/2−T とすると、Bの式と合わせて α=3g/2、T=−mg が出る。負の張力は糸が押す力を表し、この配置では実現できない。正負を後から直すのではなく、原図で糸がどちらへ引くかを確かめてから式を立てる。
II Aが原点へ達する直前の速度
等加速度の式の導出
運動方向の速さを u=ds/dt とすれば、α=du/dt=udu/ds である。加速度が一定の区間で積分すると
∫0vudu=∫0aαds,21v2=αa.
本問では静止から正方向へ動き始めるため、平方根の正の枝を取る。到達前は糸の配置と斜面角が変わらないので、Iで得た一定加速度を区間全体へ使える。
仕事とエネルギーによる別の確かめ
Aの下降高さは a/2、Bの下降高さは a なので、重力がする仕事の和は
Wg=mg2a+2mga=25mga.
張力の仕事はAで Ta、Bで −Ta となり、和は零である。垂直抗力も仕事をしない。仕事と運動エネルギーの関係から
21mv2+21(2m)v2=23mv2=25mga,
すなわち v2=5ga/3 が再現される。これは斜面上で動いている区間に対する検算である。
成分への分解と適用時刻
速さ v に単位方向ベクトルを掛ければ速度となる。Aでは (cos30∘,−sin30∘)、Bでは (0,−1) を使う。Aの速さをそのまま鉛直成分とみなして vAy=−v と書くと、斜面と平行な速度でなくなる。
また、重力の仕事からAの項を落として 2mga=(3/2)mv2 とすると、v2=4ga/3 という過小な値になる。Aの運動エネルギーを含めるなら、Aへの重力の仕事も含める必要がある。ここで求めたのは到達直前の速度であり、糸の向きが切り替わった直後の速度とは区別する。
III.1 重心のまわりの角速度
重心と重心まわりの角運動量
重心は rC=∑miri/∑mi と定義される。∑mi(ri−rC)=0 なので、Cまわりの角運動量
LC=i∑(ri−rC)×mivi
では、各速度から共通の VC を引いても値は変わらない。このため答案では到達直前の実際の速度をそのまま使って計算できる。
一様な重力によるCまわりのトルクは
∑(ri−rC)×mig=0 である。糸の内力は両端を結ぶ直線上で等大逆向きに働くため、そのトルクの和も零となる。この条件が続く間、LC は保存される。糸が張って距離 l が一定なら IC も一定であり、∣LC∣=ICω から等速回転となる。
糸の向きが変わる瞬間の力積
IIの速度では、鉛直な糸に沿う相対速度が
vAy(0−)−vBy(0−)=2v
である。直後もこのままなら両質点間の距離が伸びるため、伸びない糸の条件に反する。Aに下向き、Bに上向きの力積 J が働くと
vAy(0+)=−2v−mJ,vBy(0+)=−v+2mJ.
直後に両鉛直成分が等しいという条件から J=mv/3、
vAy(0+)=vBy(0+)=−5v/6 となる。水平方向には力積がない。力積は内力なので全運動量を変えず、糸の方向に沿うのでCまわりの角運動量も変えない。
エネルギーを使い違えるとどうなるか
到達直前の重心系運動エネルギーは mv2/3、直後の回転エネルギーは
21ICω2=41mv2.
差の mv2/12 は、糸の拘束が切り替わる際に失われる。したがって、この瞬間をまたいで回転エネルギーを保存させてはならない。誤って
(1/2)ICω2=mv2/3 とおくと ω=v/l となり、正しい値の 2/3 倍になる。拘束の切り替えでは、エネルギー保存を仮定する前に力積と保存される運動量を確認する。
III.2 Aの座標
並進と回転を足せる理由
各質点の運動方程式を足すと内力が打ち消し合い、
3mr¨C=3mg となる。重心の初速度は力積の前後で変わらないため、III.1の VC(0) を初期条件に使う。相対位置は定義から
rA=rC+rA/C であり、この等式が並進と回転を重ねる根拠である。
重心からの距離は質量に反比例する。mrA/C+2mrB/C=0 と両者の距離 l を合わせると、Aは 2l/3、Bは l/3 となる。
自作解説図:Cを原点とする相対座標と回転方向(t=0)
初期値と糸の長さを確かめる
t=0 を代入すれば (xA,yA)=(0,0) となる。微分すると
x˙A(0)=63v+32lω=23v,y˙A(0)=−65v,
となり、力積直後の速度に合う。Bは
rB=rC−(l/3)(sinωt,cosωt)
なので、常に ∣rA−rB∣=l である。
また、Aの重心に対する向心加速度は −(2l/3)ω2(sinωt,cosωt) である。重力による重心加速度を差し引けば、張力は
Tafter=m(2l/3)ω2=5mga/(6l)>0 となる。糸が張り続けるという仮定も満たす。
初速度と回転半径の誤り
重心を初速度零の自由落下として yC=−2l/3−gt2/2 と書くと、系の初期鉛直運動量 −5mv/2 を消してしまう。自由落下は加速度が −g という意味であり、初速度が零という意味ではない。さらにAの回転半径を l とすると、t=0 のAの高さが l/3 になり、原点から出発する条件に反する。初期位置、初速度、糸の長さを別々に検算すれば、これらの誤りを見つけられる。
III.3 糸が初めて水平になったときの水平距離
回転角から時刻を決める条件
等速回転では、角速度をラジアン毎秒で表すと回転角は θ=ωt となる。ω>0 は角速度の大きさとして定義している。初めは糸が鉛直で、時計回りに回るので、最初に水平になる条件は θ=π/2 である。本問では a>0,g>0,l>0 により ω>0 であり、この時刻に到達する。a=0 なら静止した系が鉛直のまま落下し、水平になる時刻は存在しない。
水平距離に重心の移動を含める
Aの水平位置は、重心の移動 ΔxC と、重心からAまでの水平成分の和である。水平になった瞬間には後者が 2l/3 になる。その間にもCは一定速度 ωl/3 で右へ進むため、
ΔxC=3ωlt∗=6πl
を加える必要がある。b/l=(π+4)/6≃1.1903 が1より大きくても、糸が伸びたことにはならない。b は出発点からの移動距離であり、質点間距離ではない。
尺度と誤答の検査
g,a,m が答えに残らないことも確かめられる。g や a を変えると水平速度と回転速度がともに ga に比例し、水平になるまでの時間はその逆数に比例するため、重心の水平移動は変わらない。単位も l と同じ長さである。
重心の並進を落とすと b=2l/3 となり、正解との差は πl/6 である。またAの回転半径をBの l/3 と取り違えると b=(π+2)l/6 となる。質量の小さいAのほうが重心から遠いことを、mrA=2mrB で確認する。
解答
I 斜面上の張力
Aの斜面下向きとBの鉛直下向きを、それぞれ運動の正方向とする。糸が伸びないため両者の加速度の大きさは等しく、これを α とすると
mα=2mg+T,2mα=2mg−T.
両式の和から 3mα=5mg/2、したがって
α=65g,T=2m(g−α)=31mg.
II Aが原点へ達する直前の速度
AもBも距離 a だけ進むので、静止からの等加速度運動により
v2=2αa=35ga.
Aの速度は水平から下へ 30∘、Bの速度は鉛直下向きである。到達直前を 0− と記すと
III.1 重心のまわりの角速度
t=0 にAは (0,0)、Bは (0,−l) にある。全質量 3m の重心Cは
rC(0)=(0,−32l),VC(0)=3vA(0−)+2vB(0−)=(63v,−65v).
CからA、Bまでの距離はそれぞれ 2l/3,l/3 なので
IC=m(32l)2+2m(3l)2=32ml2.
到達直前のCまわりの角運動量は、紙面に垂直で手前向きを正とすると
LCz=−32lm23v=−3mlv.
糸の力積も重力もCまわりの角運動量を変えないので、回転は時計回りである。
III.2 Aの座標
外力の和は全質量に働く重力なので、Cは加速度 (0,−g) で運動する。
xC(t)=63vt,yC(t)=−32l−65vt−21gt2.
AはCから距離 2l/3 の位置で、最初の鉛直上向きから時計回りに角度 ωt だけ回る。よって
(xA−xC,yA−yC)=32l(sinωt,cosωt).
III.3 糸が初めて水平になったときの水平距離
時計回りの回転角が初めて π/2 になる時刻は t∗=π/(2ω) である。3v/6=ωl/3 を使うと
b=xA(t∗)=3ωl2ωπ+32lsin2π=6πl+32l.
最終答
T=mg/3。Aには斜面下向き、Bには鉛直上向きに働く。
vA(0−)=(23v,−21v),vB(0−)=(0,−v),v=35ga.
ω=IC∣LCz∣=2l3v=2l5ga。角速度の大きさは一定である。
xA(t)=63vt+32lsinωt,yA(t)=−65vt−21gt2+32l(cosωt−1).
b=6π+4l。