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第1問 — ファンデルワールス気体の等温可逆膨張の仕事・水素1s軌道の〈 r〉・多経路緩和の分岐比

まず PP について解く

状態方程式をそのまま積分しようとせず、P=P(V)P=P(V) の形に整理する。 nRTV−nb\dfrac{nRT}{V-nb} と −an2V2-\dfrac{an^{2}}{V^{2}} の2項に分かれ、 どちらも初等的に積分できる。

bb の効果

V−nbV-nb は分子自身の体積を差し引いた「動ける空間」である。 理想気体の nRTln⁡V2V1nRT\ln\dfrac{V_2}{V_1} に比べ、 bb があると同じ体積変化でも仕事が大きくなる。

aa の効果

V2>V1V_2>V_1 なら 1V2−1V1<0\dfrac{1}{V_2}-\dfrac{1}{V_1}<0 なので、 aa の項は仕事を減らす。 膨張時に分子間引力に逆らってエネルギーを使うためである。

a=b=0a=b=0 で理想気体

w=nRTln⁡V2V1w=nRT\ln\dfrac{V_2}{V_1} に帰着する。検算になる。

符号の約束を書く

「気体がした仕事」を正とするか「気体がされた仕事」を正とするかで符号が逆になる。 問題文は「気体がした仕事」なので上の符号でよいが、 どちらの立場かを明記する。

(2) 水素1s軌道における rr の期待値

r2drr^{2}dr の r2r^{2} を忘れない

体積素片に r2r^{2} が含まれるので、 rr の期待値の被積分関数は r2×r=r3r^{2}\times r=r^{3} になる。 r1r^{1} で積分すると答が変わる。

最確半径との違い

動径分布関数 P(r)=4πr2∣ψ∣2P(r)=4\pi r^{2}\left|\psi\right|^{2} が最大になる 最確半径は r=a0r=a_0 である。 一方平均値は 32a0\dfrac32a_0 で、分布が外側へ裾を引くぶん大きくなる。 両者を混同しやすいので区別して覚える。

α=2/a0\alpha=2/a_0

∣ψ∣2\left|\psi\right|^{2} には e−2r/a0e^{-2r/a_0} が現れる(ψ\psi の指数の2倍)。 e−r/a0e^{-r/a_0} のまま積分すると答が16倍ずれる。

規格化の確認

同じ手順で n=2n=2 とすると 4a03⋅2!(2/a0)3=4a03⋅a034=1\dfrac{4}{a_0^{3}}\cdot\dfrac{2!}{(2/a_0)^{3}}=\dfrac{4}{a_0^{3}}\cdot\dfrac{a_0^{3}}{4}=1。 波動関数が正しく規格化されていることが確かめられる。

一般式

⟨r⟩nℓ=a02[3n2−ℓ(ℓ+1)]\left\langle r\right\rangle_{n\ell} =\dfrac{a_0}{2}\left[3n^{2}-\ell(\ell+1)\right]。 n=1,ℓ=0n=1,\ell=0 で 32a0\dfrac32a_0 になる。

(3) 経路 1→3→51\to3\to5 で緩和する分子の割合 Φ\Phi

分母は「その状態から出る」ものだけ

状態1の分母に k34k_{34} や k45k_{45} を入れない。 図の矢印の始点を1つずつ確認する。

k45k_{45} は使わない

経路 1→3→51\to3\to5 は状態4を通らないので、k45k_{45} は答に現れない。

確率の積

各分岐は独立に起こるので掛け算になる。足し算にしない。

蛍光量子収率と同じ形

Φf=krkr+knr\Phi_f=\dfrac{k_r}{k_r+k_{nr}} も並列一次過程の分岐比である。 同じ考え方が光化学・反応速度論の随所に現れる。

全経路の和が1

1→2→51\to2\to5、1→3→4→51\to3\to4\to5、1→3→51\to3\to5、1→51\to5 の 分岐比をすべて足すと1になる。検算に使える。

解答

可逆過程では外圧が系の圧力に等しいので、気体がする仕事は w気体がする=∫V1V2P dV w_{\text{気体がする}}=\int_{V_1}^{V_2}P\,dV である。ファンデルワールスの状態方程式 {P+a(nV)2}(V−nb)=nRT \left\{P+a\left(\frac nV\right)^{2}\right\}\left(V-nb\right)=nRT を PP について解くと P=nRTV−nb−an2V2. P=\frac{nRT}{V-nb}-\frac{an^{2}}{V^{2}} . 等温なので TT は定数として積分できて w=∫V1V2(nRTV−nb−an2V2)dV=nRT[ln⁡(V−nb)]V1V2+an2[1V]V1V2 w=\int_{V_1}^{V_2}\left(\frac{nRT}{V-nb}-\frac{an^{2}}{V^{2}}\right)dV =nRT\Bigl[\ln\left(V-nb\right)\Bigr]_{V_1}^{V_2} +an^{2}\left[\frac1V\right]_{V_1}^{V_2} =nRTln⁡V2−nbV1−nb+an2(1V2−1V1). =nRT\ln\frac{V_2-nb}{V_1-nb} +an^{2}\left(\frac{1}{V_2}-\frac{1}{V_1}\right).

期待値の定義は ⟨r1s⟩=∫ψ1s∗ r ψ1s dτ=∫∣ψ1s∣2r dτ. \left\langle r_{1\mathrm s}\right\rangle =\int\psi_{1\mathrm s}^{*}\,r\,\psi_{1\mathrm s}\,d\tau =\int\left|\psi_{1\mathrm s}\right|^{2}r\,d\tau . ∣ψ1s∣2=1πa03e−2r/a0\left|\psi_{1\mathrm s}\right|^{2}=\dfrac{1}{\pi a_0^{3}}e^{-2r/a_0} は角度によらないので、 角度積分は ∫0πsin⁡θ dθ∫02πdϕ=2×2π=4π \int_0^{\pi}\sin\theta\,d\theta\int_0^{2\pi}d\phi=2\times2\pi=4\pi とまとめられる。したがって ⟨r1s⟩=1πa03⋅4π∫0∞r3e−2r/a0dr=4a03∫0∞r3e−2r/a0dr. \left\langle r_{1\mathrm s}\right\rangle =\frac{1}{\pi a_0^{3}}\cdot4\pi\int_0^{\infty}r^{3}e^{-2r/a_0}dr =\frac{4}{a_0^{3}}\int_0^{\infty}r^{3}e^{-2r/a_0}dr . 与えられた公式 ∫0∞xne−αxdx=n!αn+1\displaystyle\int_0^{\infty}x^{n}e^{-\alpha x}dx=\frac{n!}{\alpha^{n+1}} に n=3n=3、α=2a0\alpha=\dfrac{2}{a_0} を代入して ∫0∞r3e−2r/a0dr=3!(2/a0)4=6a0416=3a048. \int_0^{\infty}r^{3}e^{-2r/a_0}dr =\frac{3!}{\left(2/a_0\right)^{4}} =\frac{6a_0^{4}}{16}=\frac{3a_0^{4}}{8}. よって ⟨r1s⟩=4a03⋅3a048=32a0. \left\langle r_{1\mathrm s}\right\rangle =\frac{4}{a_0^{3}}\cdot\frac{3a_0^{4}}{8} =\frac{3}{2}a_0 .

状態 ii から特定の経路 i→ji\to j を選ぶ割合(分岐比)は、 その経路の速度定数を、状態 ii から出る全経路の速度定数の和で割った値である。

状態1からの分岐 出ていく経路は k12k_{12}、k13k_{13}、k15k_{15} の3本なので k13k12+k13+k15. \frac{k_{13}}{k_{12}+k_{13}+k_{15}} . 状態3からの分岐 出ていく経路は k34k_{34}、k35k_{35} の2本なので k35k34+k35. \frac{k_{35}}{k_{34}+k_{35}} . これらは独立な確率だから積をとって Φ=k13k12+k13+k15⋅k35k34+k35. \Phi=\frac{k_{13}}{k_{12}+k_{13}+k_{15}}\cdot\frac{k_{35}}{k_{34}+k_{35}} .

最終答

w=nRTln⁡V2−nbV1−nb−an2(1V1−1V2)w=nRT\ln\dfrac{V_2-nb}{V_1-nb} -an^{2}\left(\dfrac{1}{V_1}-\dfrac{1}{V_2}\right) (気体が外界にする仕事。w気体が受けるw_{\text{気体が受ける}} とするなら符号を逆にする。)

⟨r1s⟩=32a0\left\langle r_{1\mathrm s}\right\rangle=\dfrac32a_0

Φ=k13k12+k13+k15×k35k34+k35\Phi=\dfrac{k_{13}}{k_{12}+k_{13}+k_{15}} \times\dfrac{k_{35}}{k_{34}+k_{35}}

第2問 — ルチル型TiO_2の構造とバンドギャップ・Δ_rG^°からの標準電極電位・HSAB則

配位数は組成比から決まる

Ti:O=1:2\ce{Ti}:\ce{O}=1:2 なので、Ti\ce{Ti} の配位数が6なら O\ce{O} の配位数は 6÷2=36\div2=3。 「電気的中性+組成比」から必ずこの関係が成り立つ。

単位格子中の式単位数

Ti\ce{Ti}:頂点8個が 18\dfrac18 ずつ、体心1個が丸ごとで 8×18+1=28\times\dfrac18+1=2。 O\ce{O}:4個(面上2個が 12\dfrac12、内部2個が1個ずつ)。 よって TiOX2\ce{TiO2} が2式単位。 密度計算にも使う基本量である。

Eg=1240/λE_g=1240/\lambda の換算

λ [nm]=1240Eg [eV]\lambda\,[\mathrm{nm}]=\dfrac{1240}{E_g\,[\mathrm{eV}]} を覚えておくと速い。 Eg=3.0 eVE_g=3.0\,\mathrm{eV} なら λ=413 nm\lambda=413\,\mathrm{nm} で、上の計算と一致する。

3.0 eV3.0\,\mathrm{eV} の意味

410 nm410\,\mathrm{nm} は可視光の紫端で、 ルチル型TiO2_2は可視光をほとんど吸収せず白色に見える。 紫外線を吸収して光触媒活性を示す。 (アナターゼ型は 3.2 eV3.2\,\mathrm{eV}、390 nm390\,\mathrm{nm} でさらに紫外寄り。)

単位を eV→J\mathrm{eV}\to\mathrm J に直す

3.0 eV×1.6×10−19=4.8×10−19 J3.0\,\mathrm{eV}\times1.6\times10^{-19}=4.8\times10^{-19}\,\mathrm J。 eV\mathrm{eV} のまま hchc で割ると桁が合わない。

(2) ΔrG∘\Delta_rG^\circ からのZn2+^{2+}/Znの標準電極電位

n=2n=2 を見落とさない

Zn→ZnX2+\ce{Zn -> Zn^2+} は2電子過程である。 n=1n=1 とすると答が2倍ずれる。 反応式を書いて電子数を確認する。

標準水素電極が基準

E∘(HX+/HX2)=0E^\circ(\ce{H+/H2})=0(定義)。 これを使って初めて ZnX2+/Zn\ce{Zn^2+/Zn} の絶対値が決まる。

符号

Zn\ce{Zn} は HX+\ce{H+} に酸化されるので ZnX2+/Zn\ce{Zn^2+/Zn} は負の電位をもつ。 実測値は −0.76 V-0.76\,\mathrm V で、計算値 −0.78 V-0.78\,\mathrm V とよく一致する。

ΔG∘<0\Delta G^\circ<0 と E∘>0E^\circ>0

自発反応では ΔG∘<0\Delta G^\circ<0、Ecell∘>0E^\circ_{\text{cell}}>0。 −nF-nF を掛けるので符号が反転することを意識する。

イオン化傾向

E∘E^\circ が負であるほど酸化されやすい(イオン化傾向が大きい)。 Zn\ce{Zn} が希酸に溶けて水素を発生するのはこのためである。

(3) HSAB則による平衡の偏りの判定

4成分すべてを分類する

硬い/柔らかいの判定を酸2つ・塩基2つについて明示し、 それから両辺の組合せを比べる。 この手順を踏むと論理が追いやすい。

BFX3\ce{BF3} が硬い理由

Fの強い電気陰性度によりBが強く正に分極し、 かつF由来のπ\pi供与で電子密度が硬い性質になる。 BHX3\ce{BH3} はHの電気陰性度が低く、B上の正電荷が小さいので柔らかい。

NとSの比較

同じ15族・16族でも周期が下がるほど原子が大きく分極しやすくなり柔らかくなる。 N<P\ce{N}<\ce{P}、O<S\ce{O}<\ce{S} の順で柔らかくなる。

結合の性質の違い

硬い--硬いの結合は静電的(イオン的)な寄与が大きく、 柔らかい--柔らかいの結合は軌道の重なり(共有結合的)な寄与が大きい。 「同じ性質どうしのほうが相互作用が効率的」というのが HSAB則の物理的な中身である。

実験的裏づけ

実際に BHX3\ce{BH3} は SMeX2\ce{SMe2} と安定な付加体(ボラン--ジメチルスルフィド錯体)をつくり、 市販のヒドロホウ素化試薬として使われている。 一方 BFX3\ce{BF3} は OEtX2\ce{OEt2} や NMeX3\ce{NMe3} と安定な錯体をつくる。 身近な試薬がHSAB則どおりであることを添えると説得力が出る。

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第3問 — 反応機構5題:Markovnikov付加・ピロールのBoc化・Michael付加・Wittig反応・Storkエナミンアルキル化

Markovnikov則の本質

「Hは水素の多いほうの炭素に付く」という経験則ではなく、 より安定なカルボカチオンを与える向きに付加するのが本質である。 本問では環外の CHX2\ce{CH2} にHが付くと3級カチオンになる。

環内カチオンは3級

環炭素はもとから2本の環結合をもつので、 そこに CHX3\ce{CH3} が加わると3置換、すなわち3級カルボカチオンになる。

転位は起こらない

最初から3級という最も安定な位置にカチオンができるので、転位の余地がない。

立体化学

生成物の1位は CHX3\ce{CH3}、Cl\ce{Cl}、環の2本で不斉炭素ではない。 立体異性の問題は生じない。

(2) ピロール,1) NaH 2) Boc2_2O →\to B

窒素で反応する

ピロールは電子豊富な芳香環で、求電子剤に対しては通常C2位(α\alpha位)で反応する。 しかし塩基で脱プロトン化してアニオンにすると窒素上の電子密度が高くなり、 NN-アシル化が進む。 NaHを先に作用させることがこの位置選択性を決めている。

ピロールのN--Hが酸性である理由

窒素の孤立電子対は芳香族π\pi系の一部なので、 N--Hが外れたアニオンの負電荷は環全体に非局在化する。 そのためpKa≃17K_a\simeq17(アンモニアの 3838、通常のアミンの ≃35\simeq35 より格段に小さい)。

Boc基の役割

ピロールの反応性を下げて(窒素の孤立電子対を引く) 副反応を抑える保護基である。 弱酸(TFAなど)で容易に外れ、COX2\ce{CO2} とイソブテンになる。

駆動力は COX2\ce{CO2} の発生

脱離した炭酸モノエステルアニオンが COX2\ce{CO2} を放出して系外へ出るので、 平衡が生成側に固定される。

(3) アセトフェノン+フェニルビニルケトン,1) LDA 2) H3_3O+^+ →\to C

なぜLDAか

かさ高いため求核剤としては働かず、 強塩基(共役酸のpKa≃36K_a\simeq36)なのでα\alpha水素(pKa≃20K_a\simeq20)を完全に引き抜ける。 エノラートを定量的に発生させるための試薬である。

1,4-付加である理由

α,β\alpha,\beta-不飽和ケトンでは、 カルボニル炭素(1,2-付加)とβ\beta炭素(1,4-付加)の2か所が求電子的である。 安定化されたエノラートのような「柔らかい」求核剤は 軌道支配でβ\beta炭素を攻撃する。 生成物も共役系が回復するぶん安定である。

Michael受容体

フェニルビニルケトンは典型的なMichael受容体である。 求核剤が末端の CHX2\ce{CH2} に付き、炭素鎖が3つ伸びる。

Robinson環化との違い

塩基が触媒量あり加熱すると、 この1,5-ジケトンは分子内アルドール縮合を起こして環化しうる。 本問は当量のLDAが消費済みで後処理も酸なので、 Michael付加体で止まる。

炭素数の確認

アセトフェノンのα\alpha炭素(1個)+受容体の CHX2CHX2\ce{CH2CH2}(2個)で PhCO\ce{PhCO} どうしを3炭素がつなぐ。1,5-ジケトンになる。

(4) ブロモ酢酸エチル →\to D →\to E(Wittig反応)

安定化イリドは EE 選択的

エステルなどの電子求引基で安定化されたイリドは、 オキサホスフェタン形成が可逆になるため熱力学的に安定な EE(トランス)体を与える。 非安定化イリド(PhX3P=CHX2\ce{Ph3P=CH2} など)は ZZ 選択的で、対照的である。

イリドの酸性度

PhX3PX+\ce{Ph3P+} とエステルの両方で安定化されるので、 EtOX−\ce{EtO-} 程度の塩基でも脱プロトン化できる。 非安定化イリドには n-BuLi など強塩基が要る。

Horner--Wadsworth--Emmons反応

同じ EE-α,β\alpha,\beta-不飽和エステルは ホスホナート (EtO)X2P(O)CHX2COX2Et\ce{(EtO)2P(O)CH2CO2Et} からも作れる(HWE反応)。 副生成物が水溶性で除きやすい利点がある。

PhX3P=O\ce{Ph3P=O} が駆動力

リン--酸素結合の生成エネルギーが大きく、Wittig反応が不可逆に進む理由である。

2026年度春季の問3(3)と同じ生成物

アルドール縮合でも桂皮酸エチルが得られる。 同じ化合物への複数の合成経路を意識すると理解が立体的になる。

(5) ピロリジン+シクロヘキサノン →\to F →\to G(Storkエナミンアルキル化)

2級アミンだからエナミン

1級アミンならイミン(Schiff塩基)になるが、 2級アミンは窒素上にHが1個しかなく、 イミニウムからα\alpha炭素のHが外れてエナミンになる。 アミンの級数で生成物が決まる。

エナミンは中性の求核剤

エノラートと同じ位置(α\alpha炭素)で求核性を示すが、 アニオンではなく中性なので取り扱いやすく、 強塩基を使わずにα\alphaアルキル化ができる。これがStork法の利点である。

多重アルキル化が起こりにくい

エノラートのアルキル化では生成物がさらに脱プロトン化されて ジアルキル化が進みやすいが、 エナミン法ではアルキル化後にイミニウム塩になるため それ以上反応せず、モノアルキル化で止まる。

アリル化が速い理由

塩化アリルは SN2\mathrm{S_N2} で反応性が高い(遷移状態がπ\pi系と共役して安定化される)。 反応性の低いハロゲン化物ではエナミンのアルキル化は進みにくい。

位置選択性

非対称ケトンでは、 エナミン化により置換基の少ない側(立体的に空いた側)の エナミンが優先して生成するので、 そのα\alpha位が選択的にアルキル化される。 本問は対称なので問題にならない。

反応機構5題:Markovnikov付加・ピロールのBoc化・Michael付加・Wittig反応・Storkエナミンアルキル化の途中式・最終答をPDFで見る

第4問 — 酢酸水溶液のプロトン濃度の一般式と簡略化の条件・pK_b・クロマトグラフィーのR_f値と保持係数

3本の式から出発する

質量収支・電荷収支・平衡定数。 この3つを立ててから何を近似するかを判断する、という順序が大切である。

何を無視して何を残すか

無視するのは水の自己解離のみ。 C−[HX+]≃CC-[\ce{H+}]\simeq C という近似はしないので、 薄い濃度でも使える式になる。 「CC が含まれる計算式」という問題文の指定はこの2次方程式の解を指している。

[OHX−][\ce{OH-}] を無視してよい根拠を書く

最も薄い C=10−5C=10^{-5} で確認する。 [HX+]≃7×10−6[\ce{H+}]\simeq7\times10^{-6}、[OHX−]≃1.4×10−9[\ce{OH-}]\simeq1.4\times10^{-9} で 10−310^{-3} 倍以下なので、1%1\% 基準に照らしても無視できる。

解の公式の符号

[HX+]>0[\ce{H+}]>0 なので根号の前は ++ を選ぶ。 −- を選ぶと負になり物理的に意味がない。

さらに厳密にすると3次式

[OHX−][\ce{OH-}] まで残すと [HX+][\ce{H+}] の3次方程式になる。 C<10−6C<10^{-6} 程度の極希薄溶液ではそこまで必要になるが、 本問の範囲では不要である。

(1)(ii) [HX+]=CKa[\ce{H+}]=\sqrt{CK_a} と簡略化できる最低濃度

何を無視する近似かを特定する

CKa\sqrt{CK_a} は C−[HX+]≃CC-[\ce{H+}]\simeq C の近似から出る。 無視されるのは [HX+][\ce{H+}](=y=y)で、CC(=x=x)に対して 1%1\% 以下であればよい。 問題文の y′=0.01xy'=0.01x という定義がそのまま使える。

104Ka10^{4}K_a という形

([HX+]C)2=KaC≤10−4\left(\dfrac{[\ce{H+}]}{C}\right)^{2}=\dfrac{K_a}{C}\le10^{-4} から C≥104KaC\ge10^{4}K_a。 KaK_a が大きい(強い)酸ほど、簡略化に必要な濃度も高くなる。

100.2=1.610^{0.2}=1.6

log⁡1.6=4log⁡2−1=1.20−1=0.20\log1.6=4\log2-1=1.20-1=0.20。 与えられた log⁡2.0=0.30\log2.0=0.30 だけでこの変換ができる。

問題の濃度範囲との関係

簡略式が使えるのは C≥0.16C\ge0.16 で、 問題文の上限 0.10 mol dm−30.10\,\mathrm{mol\,dm^{-3}} でもまだ足りない。 つまり与えられた範囲では簡略式は厳密には使えず、(i)の2次式が必要である。 この事実に気づけると理解が深いことが示せる。

電離度で言い換える

[HX+]C=α\dfrac{[\ce{H+}]}{C}=\alpha(電離度)なので、 条件は α≤1%\alpha\le1\% ということである。 「弱酸の電離度が 1%1\% 以下なら近似してよい」という実用則そのものである。

(1)(iii) 酢酸イオンの塩基解離定数

KaKb=KwK_aK_b=K_w の導出

Ka=[HX+][AX−][HA]K_a=\dfrac{[\ce{H+}][\ce{A-}]}{[\ce{HA}]}、 Kb=[HA][OHX−][AX−]K_b=\dfrac{[\ce{HA}][\ce{OH-}]}{[\ce{A-}]}。 掛けると [HX+][OHX−]=Kw[\ce{H+}][\ce{OH-}]=K_w になる。 1行で示せるので書き添えるとよい。

KaK_a と KbK_b は逆向き

強い酸ほどその共役塩基は弱い。 酢酸(pKa=4.8\mathrm pK_a=4.8)は中程度の弱酸なので、 共役塩基の酢酸イオンも弱い塩基(pKb=9.2\mathrm pK_b=9.2)である。

pKw=14\mathrm pK_w=14 は 25 ∘C25\,^\circ\mathrm C の値

温度が変われば KwK_w も変わるので、 厳密には測定温度を明示すべきである。

当量点のpHとの関係

CHX3COONa\ce{CH3COONa} 水溶液のpHは pH=7+pKa+log⁡C2\mathrm{pH}=7+\dfrac{\mathrm pK_a+\log C}{2} で与えられ、 KbK_b から計算しても同じになる。

(2)(i) 薄層クロマトグラフィーの RfR_f 値

分母は溶媒フロント

スポット間の距離ではなく、必ず原点から溶媒フロントまでを分母にとる。 展開距離が違っても同じ RfR_f になるよう規格化されている。

RfR_f は条件依存

固定相の種類・活性、移動相の組成、槽内の飽和、温度で変わる。 「絶対値で同定する」のではなく、 必ず標準物質と同一プレート上で比較するのが実務である。

最適な RfR_f

0.20.2〜0.50.5 程度が分離に適する。 1に近いと分離せず、0に近いと展開に時間がかかる。

順相と逆相

シリカゲル(極性固定相)+有機溶媒が順相で、極性物質ほど RfR_f が小さい。 ODSなどの逆相では逆になる。どちらの系かを断ると精確である。

(2)(ii) カラムクロマトグラフィーの保持係数 kk

tMt_M で規格化する意味

流量が変われば tRt_R も tMt_M も同じ割合で変わるので、 比をとると流量に依存しない量になる。 だから装置が違っても比較できる。

k=nS/nMk=n_{\mathrm S}/n_{\mathrm M}

移動相にいる時間の割合が 11+k\dfrac{1}{1+k}、 固定相にいる割合が k1+k\dfrac{k}{1+k} になる。 (iii)の関係式はここから出る。

分配係数との違い

KK は濃度比(相の体積によらない熱力学量)、 kk は物質量比(カラムの相比 VS/VMV_{\mathrm S}/V_{\mathrm M} を含む装置依存量)。 両者を混同しない。

分離度との関係

分離度は Rs=N4⋅α−1α⋅k1+kR_s=\dfrac{\sqrt N}{4}\cdot\dfrac{\alpha-1}{\alpha}\cdot\dfrac{k}{1+k}。 kk が小さすぎると分離しないので、k≳1k\gtrsim1 が必要である。

(2)(iii) RfR_f 値と kk の関係

導出の核心

「移動相にいる割合=移動距離の割合」。 この一文が関係式の中身である。 式だけ書かずに理由を述べる。

TLCとカラムは同じ原理

固定相・移動相の組合せが同じなら kk も同じになるので、 TLCで Rf≃0.3R_f\simeq0.3(k≃2.3k\simeq2.3)の条件を そのままカラムの溶出条件に流用できる。 これがTLCを予備実験に使う実務的な根拠である。

RfR_f の別名

RfR_f は 11+k\dfrac{1}{1+k} なので、 カラムでいう「移動相にいる時間割合(retention ratio)」と同じ量である。

数値感覚

Rf=0.2⇒k=4R_f=0.2\Rightarrow k=4、Rf=0.5⇒k=1R_f=0.5\Rightarrow k=1、Rf=0.8⇒k=0.25R_f=0.8\Rightarrow k=0.25。 分離に適した Rf=0.2R_f=0.2〜0.50.5 は k=1k=1〜44 に対応し、 カラムでの最適 kk の範囲とよく一致する。

酢酸水溶液のプロトン濃度の一般式と簡略化の条件・pK_b・クロマトグラフィーのR_f値と保持係数の途中式・最終答をPDFで見る

第5問 — 2次元井戸型ポテンシャルによるπ電子系・群論によるS_0--S_1遷移の禁制則

nx2+ny2n_x^{2}+n_y^{2} の順に並べる

(1,4)(1,4) は 1717、(3,3)(3,3) は 1818、(2,4)(2,4) は 2020。 nx+nyn_x+n_y ではなく2乗の和で並べる点に注意する。 (1,4)(1,4) と (3,3)(3,3) の順序を取り違えやすい。

縮退の数え方

nx≠nyn_x\ne n_y なら (nx,ny)(n_x,n_y) と (ny,nx)(n_y,n_x) の2重縮退、 nx=nyn_x=n_y なら縮退なし。正方形(Lx=LyL_x=L_y)だからこうなる。

ちょうど閉殻になる

22電子が (3,3)(3,3) までで過不足なく埋まる。 問題文が「22個」と指定しているのは、 HOMOが縮退なしの (3,3)(3,3) になるようにするためである。

縮退している場合はすべて書く

設問が「エネルギーが等しい準位が複数ある場合はそのすべてを記せ」としている。 LUMOは (2,4)(2,4) と (4,2)(4,2) の2つを必ず両方書く。

自由電子モデルの意味

π\pi共役系を「箱の中の電子」で近似する粗いモデルだが、 共役が長いほど(LL が大きいほど)吸収が長波長側へ移る、 という傾向を正しく再現する。

(1)ii 遷移エネルギーに対応する光の波長

差は 20−18=220-18=2

nx2+ny2n_x^{2}+n_y^{2} の差をとる。 (3,3)→(2,4)(3,3)\to(2,4) で 18→2018\to20 なので差は2である。

hh の次数

ΔE∝h2\Delta E\propto h^{2}、λ=hc/ΔE\lambda=hc/\Delta E なので λ\lambda には hh が1次で分母に現れる。 h2h^{2} のまま残すと次元が合わない。

次元の確認

mecL2h\dfrac{m_{\mathrm e}cL^{2}}{h} の次元は kg⋅m s−1⋅m2J s=kg m3 s−1kg m2 s−1=m\dfrac{\mathrm{kg}\cdot\mathrm{m\,s^{-1}}\cdot\mathrm m^{2}}{\mathrm{J\,s}} =\dfrac{\mathrm{kg\,m^{3}\,s^{-1}}}{\mathrm{kg\,m^{2}\,s^{-1}}}=\mathrm m ✓。

λ∝L2\lambda\propto L^{2}

共役系が広がるほど吸収が長波長側へ移る。 シアニン色素の吸収がメチン鎖の長さとともに赤方偏移する現象を 定性的に説明できるモデルである。

数値の目安

ポルフィリンで L≃0.8 nmL\simeq0.8\,\mathrm{nm} とすると λ≃4×9.1×10−31×3×108×(0.8×10−9)2/6.6×10−34≃1.1×10−6 m\lambda\simeq4\times9.1\times10^{-31}\times3\times10^{8}\times(0.8\times10^{-9})^{2} /6.6\times10^{-34}\simeq1.1\times10^{-6}\,\mathrm m。 実測(≃400\simeq400〜500 nm500\,\mathrm{nm})よりかなり長く、 モデルの粗さも同時に確認できる。

(2) 群論による S0\mathrm S_0--S1\mathrm S_1 遷移の禁制の証明

判定条件を明示する

⟨S1|μ^|S0⟩≠0\left\langle\mathrm S_1\middle|\hat\mu\middle|\mathrm S_0\right\rangle\ne0 の条件は 「3つの表現の直積が全対称表現を含むこと」。 この一般原理を書いてから具体的な表現を代入する。

gg と uu だけで決着する

S0\mathrm S_0 は gg、S1\mathrm S_1 も(u⊗uu\otimes u なので)gg、双極子は uu。 g⊗u⊗g=u≠Agg\otimes u\otimes g=u\ne A_g で禁制と分かる。 細かい A/B/EA/B/E の区別を追わなくても結論が出る。 これがLaporte(パリティ)則である。

π\pi軌道は必ず uu

分子平面が σh\sigma_h なので、平面に垂直なπ\pi軌道は σh\sigma_h で符号が反転する。 C4hC_{4h} で σh=−1\sigma_h=-1 の1次元表現は Au,BuA_u,B_u しかない。 図の側面図がこの帰属の根拠になる。

実際には弱く観測される

振動と電子状態の結合(ヘルツベルク--テラー機構)や スピン--軌道相互作用により、 厳密な禁制でも弱い吸収・発光が観測される。 金属ポルフィリンのQ帯が ε≃104\varepsilon\simeq10^{4} と Soret帯(≃105\simeq10^{5})より2桁弱いのはこの事情による。

S1\mathrm S_1 の多重度

一重項→\to一重項なのでスピン選択律は満たしている。 禁制なのは空間対称性(Laporte則)によるものであることを明記する。

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第6問 — fac-[MnBr(CO)_3(bpy)]の立体構造・d--d遷移の禁制・LMCTの強い吸収・Mn(II)の磁気モーメント・Jahn--Teller効果

fac と mer の違い

fac:同種3配位子が三角面を占め、互いにすべてシス。 mer:3配位子が子午線上に並び、うち1組がトランス。 ML3L3′\mathrm{ML_3L'_3} 型八面体錯体はこの2種類の幾何異性をもつ。

bpyの制約が構造を決める

bpy\ce{bpy} が2座でシス位を占めるので、 3個の CO\ce{CO} をfacに置くと残る3座の配置は一意に決まる。 「なぜこの配置になるか」を書けると理解の深さが示せる。

立体構造が分かるように描く

八面体の骨格を描き、6つの配位位置を明示する。 平面的に並べただけの図ではfacかmerかが伝わらない。

この錯体の重要性

fac−[MnBr(CO)X3(bpy)]\ce{fac-[MnBr(CO)3(bpy)]} は COX2\ce{CO2} の光還元触媒として よく研究されている化合物である。 Re類縁体(fac−[ReCl(CO)X3(bpy)]\ce{fac-[ReCl(CO)3(bpy)]})はさらに有名で、 希少金属を使わない代替として注目されている。

(2) [Mn(OH2_2)6_6]2+^{2+}のモル吸光係数が小さい理由

二重禁制であることが要点

「Laporte禁制だから」だけでは、 他の dd--dd 遷移(ε≃10\varepsilon\simeq10)との差が説明できない。 高スピン d5d^{5} に特有のスピン禁制まで述べるのが本問の核心である。

d5d^{5} 高スピンだけが特別

他の dnd^{n}(n≠5n\ne5)では同じスピン多重度の励起状態が存在するので、 スピン許容の dd--dd 遷移がある。 d5d^{5} 高スピンだけはすべての励起状態の多重度が下がる。

振電結合

Laporte禁制が完全に効くなら ε=0\varepsilon=0 になるはずだが、 非対称振動により対称心が崩れる瞬間に弱く許容になる。 dd--dd 遷移が ε≃1\varepsilon\simeq1〜100100 で観測される理由である。

数値の対比

Laporte・スピンとも許容の電荷移動遷移:ε≃104\varepsilon\simeq10^{4}。 Laporte禁制・スピン許容の dd--dd:≃10\simeq10。 両方禁制:≃0.01\simeq0.01〜0.10.1。 3段階で ε\varepsilon が桁で変わる。

身近な例

MnX2+\ce{Mn^2+} 水溶液がほとんど無色に見えるのに対し、 CuX2+\ce{Cu^2+}(d9d^{9}、スピン許容)は青く、 MnOX4X−\ce{MnO4-}(電荷移動)は濃紫色である。 同じマンガンでも酸化数で色の濃さが桁違いになる。

(3) LMCT遷移が大きなモル吸光係数を示す理由

d0d^{0} であることに触れる

Mn(VII)には dd 電子がないので dd--dd 遷移はそもそも起こりえない。 「濃い色=dd 電子の遷移」という思い込みを外すのがこの問題の狙いである。

TdT_d には対称心がない

八面体(OhO_h)と違い四面体には ii がないので、 g/ug/u の区別自体が存在しない。 MnOX4X−\ce{MnO4-} が特に強い吸収を示す一因である。

LMCTとMLCTの見分け

金属が高酸化数で dd 電子が少なく、配位子が電子豊富ならLMCT。 金属が低酸化数で配位子に空のπ∗\pi^{*}があればMLCT。 MnOX4X−\ce{MnO4-}、CrOX4X2−\ce{CrO4^2-} はLMCT、[Ru(bpy)X3]X2+\ce{[Ru(bpy)3]^{2+}} はMLCTである。

定量分析への応用

ε\varepsilon が大きいので MnOX4X−\ce{MnO4-} は 吸光光度法で微量のマンガンを定量する際の発色種として使われる。 また酸化還元滴定で自己指示薬になるのも濃い色のおかげである。

(2)との対比が主題

(2)は二重禁制で ε=0.03\varepsilon=0.03、(3)は完全許容で ε≃104\varepsilon\simeq10^{4}。 10610^{6} 倍の差が選択則だけで説明できる、というのがこの2問の対比である。

(4) [Mn(OH2_2)6_6](SO4_4)の有効磁気モーメント

SOX4X2−\ce{SO4^2-} は対イオン

硫酸イオンは配位せず対イオンとして存在する。 [Mn(OHX2)X6]\ce{[Mn(OH2)6]} が +2+2 であることを読み取る。

d5d^{5} 高スピンが最大値

不対電子5個は第一遷移系列で最大で、 スピンのみの磁気モーメントも最大の 5.9 μB5.9\,\mu_B になる。

軌道の寄与がほぼない

高スピン d5d^{5}(6A1g{}^{6}\mathrm A_{1g})は 軌道角運動量が完全に消失している(L=0L=0)ので、 スピンのみの値が実測とよく一致する(実測 5.9 μB5.9\,\mu_B)。 「軌道角運動量を無視できる」という仮定が最もよく当てはまる例である。

与えられた \sqrt{} の精度

5=2.2\sqrt5=2.2、7=2.6\sqrt7=2.6 はそれぞれ真値 2.2362.236、2.6462.646 の2桁丸めなので、 積 5.725.72 は真値 5.9165.916 から 3%3\% ずれる。 指示どおり 5.75.7 と答えつつ、厳密には 5.95.9 であることを添える。

(2)と同じ電子配置

(2)で議論した二重禁制も、この t2g3eg2t_{2g}^{3}e_g^{2} 配置に由来する。 小問どうしのつながりを意識する。

(5) [MnF6_6]3−^{3-}が歪んだ八面体構造をとる理由

ege_g の不均等占有が鍵

Jahn--Teller効果が強く現れるのは、 配位子と直接向き合う ege_g 軌道が不均等占有のときである。 高スピン d4d^{4}(eg1e_g^{1})、d9d^{9}(eg3e_g^{3})、低スピン d7d^{7} が代表例で、 CuX2+\ce{Cu^2+}(d9d^{9})の錯体が典型的に歪むのと同じ理由である。

t2gt_{2g} の不均等占有は弱い

t2gt_{2g} は配位子の間を向いているので、 不均等に占有されても歪みはごく小さい(弱いJahn--Teller効果)。 ege_g と t2gt_{2g} を区別して述べる。

伸長か圧縮か

理論上はどちらでも縮退は解けるが、 実際にはほとんどの場合軸方向の伸長が観測される。 本問の結合長(軸 >> 赤道)もこれと一致しており、 ege_g の電子が dz2d_{z^{2}} に入っていることを示している。

d5d^{5} 高スピンでは歪まない

(4)の MnX2+\ce{Mn^2+}(t2g3eg2t_{2g}^{3}e_g^{2})は t2gt_{2g} も ege_g も均等占有なので縮退がなく、正八面体を保つ。 酸化数が1つ違うだけで構造が変わる、という対比が本問の面白さである。

定理の主張を正確に

Jahn--Teller定理は「歪む」ことを述べるだけで、 どちら向きにどれだけ歪むかまでは決めない。 方向は個別の電子構造から議論する必要がある。

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第7問 — ピリジンと4-アミノピリジンの塩基性・アセトフェノンのニトロ化とインドールの臭素化・重合禁止剤の作用機構

比較するのは共役酸

塩基性の議論では「プロトンを受け取ったあとの状態」を比べる。 中性分子どうしの電子密度を比べるだけでは不十分である。

アミノ基は +M+\mathrm M 基

窒素の孤立電子対をπ\pi系に供与する。 オルト・パラ位でのみ共鳴が効き、メタ位では誘起効果(−I-\mathrm I、弱い電子求引)だけになる。 3-アミノピリジンの共役酸 pKaK_a は 6.06.0 と、4体よりずっと低い。

アミノ基の窒素ではプロトン化しない

4-アミノピリジンがプロトン化されるのは環内窒素である。 アミノ基の孤立電子対はπ\pi共役に使われていて塩基性が低い(アニリンの pKaK_a は 4.64.6)。 どちらの窒素かを明示すると正確である。

DMAPとの関連

4-ジメチルアミノピリジン(DMAP)は同じ理由で強い塩基・強い求核触媒であり、 アシル化触媒として広く使われる。 実用試薬と結びつけると理解が定着する。

DMAPの触媒作用

求核性が高く、アシル化剤と反応して活性なアシルピリジニウム中間体を作る。 この中間体が安定化されるのも同じ共鳴による。

(2)① アセトフェノンのニトロ化

σ\sigma錯体の共鳴構造で説明する

配向性は「σ\sigma錯体(遷移状態)の安定性」で決まる。 オルト・パラ攻撃で正電荷が置換基の炭素に来る共鳴構造を実際に書くと、 なぜ不利かが一目で分かる。

メタ配向基=不活性化基

−M-\mathrm M の電子求引基(−NOX2\ce{-NO2}、−COR\ce{-COR}、−CN\ce{-CN}、−SOX3H\ce{-SO3H})は すべて不活性化かつメタ配向である。 唯一の例外はハロゲンで、不活性化するがオルト・パラ配向である。

Friedel--Craftsができない理由

アセトフェノンのように電子求引基がついた環は不活性化されており、 さらなるFriedel--Craftsアシル化・アルキル化は進まない。 だからアシル化は一度しか起こらない。

反応性は下がる

ベンゼンより遅いので、より強い条件(濃硫酸・加熱)が必要である。 配向性だけでなく反応性にも触れると説明が完全になる。

(2)② インドールの臭素化

C3が最も求核的

N\ce{N} の孤立電子対 →\to C2=C3 へのエナミン型共鳴により、 C3の電子密度が最大になる。この共鳴式を書くと説得力がある。

ベンゼン環の芳香族性が決め手

C3攻撃のσ\sigma錯体はピロール環だけが非芳香族になり、 ベンゼン環は無傷である。 C2攻撃ではベンゼン環まで共鳴に巻き込む必要があり不利になる。

触媒不要

インドールは非常に電子豊富なので、 Lewis酸触媒なしで BrX2\ce{Br2} と反応する。 ベンゼンの臭素化に FeBrX3\ce{FeBr3} が要るのと対照的である。

反応性の序列

ピロール >> インドール >> フラン >> チオフェン >> ベンゼン。 複素環の求電子置換の反応性を覚えておく。

①との対比

①は電子不足環でメタ配向、②は電子豊富環でC3選択。 「σ\sigma錯体の安定性で位置が決まる」という同じ原理が 逆向きに働いていることを述べると理解が伝わる。

(3) 重合禁止剤の作用機構

ラジカル機構は片羽の矢印

電子1個の移動を表す片羽の矢印(fish-hook arrow)を使う。 イオン反応の両羽の矢印と区別する。

「安定なラジカルに変える」が核心

禁止剤はラジカルを消すのではなく、 反応性の低いラジカルに置き換えることで連鎖を止める。 この言い換えができると理解が伝わる。

フェノキシラジカルの共鳴

酸素上の不対電子がオルト位・パラ位の炭素へ非局在化する共鳴構造を 書くと安定性が説明できる。 BHTやビタミンE(トコフェロール)が抗酸化剤として働くのも同じ原理である。

カテコール型の利点

オルト位にもOHがあるため、 生じたフェノキシラジカルが分子内水素結合で追加安定化され、 さらに酸化されて安定な oo-キノンになって系から抜ける。 モノフェノールより効きがよい。

使用前には除去する

重合させるときは蒸留やアルカリ洗浄でTBCを除いてから開始剤を加える。 禁止剤が残っていると誘導期が長くなる。実務上の注意である。

酸素の役割

TBCは微量の酸素が共存するとより効果的に働く (ペルオキシラジカルを経る経路が加わるため)。 実際の貯蔵条件では完全な脱気を避けるのはこのためである。

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第8問 — 平衡定数が大きい反応の残存濃度・分光光度計と原子吸光分析装置の構成・連続X線と特性X線

KK が大きいときは「完全進行から出発」

未知数を xx と置いて3次方程式を解くのではなく、 反応が完全に進んだ状態を基準にして、 そこからのわずかな逆反応だけを未知数にする。 これが大きい KK の平衡を扱う定石である。

限定反応物の判定を最初に

量論比 1:21:2 を忘れると A\ce{A} が限定反応物と誤る。 [B]0/2=0.50<[A]0=0.60[\ce{B}]_0/2=0.50<[\ce{A}]_0=0.60 を確認する。

2乗を忘れない

[B][\ce{B}] は2乗で入る。 [B]2=1.0×10−12[\ce{B}]^2=1.0\times10^{-12} から平方根をとって 10−610^{-6}。 10−1210^{-12} のまま答えるのが典型的な失点である。

近似の妥当性を述べる

求めた [B][\ce{B}] が [A][\ce{A}]、[C][\ce{C}] より桁違いに小さいことを確認して 「近似は妥当」と一言添えると答案が完成する。

同じ考え方が使える場面

錯生成定数が大きい系(EDTA滴定)、 強酸・強塩基の中和、KspK_{sp} が小さい沈殿の残存濃度も同じ扱いである。

(2)(i) 分光光度計と原子吸光分析装置の構成

「試料が光るか」で決まる

理由を一言でまとめるとこれである。 蛍光光度計に励起側と蛍光側の2つの分光器があるのも、 試料が光を出すからである。

光源はホロカソードランプ

原子吸光の光源は測定元素と同じ元素を封入したホロカソードランプで、 その元素の共鳴線(きわめて幅の狭い輝線)を出す。 連続光源でなく輝線光源を使うのは、 原子の吸収線の幅(∼0.002 nm\sim0.002\,\mathrm{nm})が分光器の分解能より狭いためである。

光源変調が本質

チョッパーやパルス点灯で光源光を交流化し、 検出側でその周波数成分だけを増幅する。 フレーム放射は直流なので除かれる。 配置の説明にこれを添えると完全になる。

分光光度計側の理由も述べる

分光光度計で先に分光するのは、 試料の光分解防止と迷光低減のためである。 「原理上どちらでもよいが実際には先に分光する」と説明できると差がつく。

定量式は同じ

どちらもLambert--Beerの法則 A=εclA=\varepsilon c l に従う。 原子吸光では ll がバーナーの光路長(10 cm10\,\mathrm{cm} 程度)に相当する。

(2)(ii) 連続X線と特性X線

短波長限界は電圧だけで決まる

λmin⁡=hc/eV\lambda_{\min}=hc/eV。 ターゲットを変えても連続X線の立ち上がり位置は動かないが、 特性X線の位置は動く。この対比が理解の要である。

数値で覚える

λmin⁡[nm]=1.24/V[kV]\lambda_{\min}[\mathrm{nm}]=1.24/V[\mathrm{kV}]。 40 kV40\,\mathrm{kV} なら 0.031 nm0.031\,\mathrm{nm}。 概算できると答案に説得力が出る。

励起電圧の存在

Cu Kα\mathrm{Cu\,K}\alpha を出すにはK殻の結合エネルギー 8.98 keV8.98\,\mathrm{keV} を超える電圧が要る。 実用では 3030〜50 kV50\,\mathrm{kV} をかける。

X線回折では単色化が必要

連続X線が混ざると回折線がぼやけるので、 Niフィルター(Cu Kβ\mathrm{Cu\,K}\beta を吸収)やモノクロメーターで Kα\mathrm{K}\alpha だけを取り出す。

蛍光X線分析との関係

試料にX線を当てて内殻空孔を作り、 出てくる特性X線から元素を同定するのが蛍光X線分析(XRF)である。 発生機構は同じで、空孔を作るのが電子かX線かの違いだけである。

Auger電子との競合

内殻空孔の緩和には、特性X線放出のほかに Auger電子放出という無放射過程がある。 軽元素ではAuger過程が優勢で蛍光収率が低い。

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年度別の解答例(6年度)

  • 2026年度 夏季(2025年7月実施)(全8問)

    標準燃焼熱と標準生成熱・箱の中の粒子の規格化・2次反応の積分形 / 水素様原子と有効核電荷・I_3^+のルイス構造とVSEPR・体心立方格子の原子半径 / 反応機構4題:Dieckmann縮合・ラクトンへのGrignard反応・芳香族ニトロ化・Wittig反応とエポキシ化

  • 2026年度 春季(2026年2月実施)(全8問)

    蒸発エントロピー・sp^3混成軌道の直交性・1次反応の積分形 / 水素様原子の軌道エネルギー・XeF_4のルイス構造とVSEPR・岩塩型結晶の融点 / 反応機構5題:インドールのアシル化・セミピナコール転位・アルドール縮合・アミド化・E2脱離

  • 2025年度 夏季(2024年7月実施)(このページ・全8問)

    ファンデルワールス気体の等温可逆膨張の仕事・水素1s軌道の〈 r〉・多経路緩和の分岐比 / ルチル型TiO_2の構造とバンドギャップ・Δ_rG^°からの標準電極電位・HSAB則 / 反応機構5題:Markovnikov付加・ピロールのBoc化・Michael付加・Wittig反応・Storkエナミンアルキル化

  • 2025年度 春季(2025年2月実施)(全8問)

    理想気体の混合の自発性・殻の最大電子数 2n^2・多経路緩和の分岐比 / Slater則による有効核電荷・BF_3のVSEPR・逆蛍石型構造・Cu^+の不均化 / 反応機構5題:ピリジンのN-アルキル化・イミン生成・ラクトンへのGrignard・Markovnikov付加・Mannich反応

  • 2024年度 夏季(2023年7月実施)(全9問)

    定圧熱容量と定容熱容量・水素原子3s軌道の節の位置・初速度から反応次数と速度定数を決める / ポーリングとマリケンの電気陰性度・BF_3がBCl_3より弱いルイス酸である理由・酸化還元反応のΔ G^°・Hessの法則によるSiO_2の昇華エンタルピー / ベンジル位カチオンを経るMarkovnikov付加・分子内Friedel--Craftsアシル化・S_NAr・Wittig反応・THP保護とWilliamsonエーテル合成

  • 2024年度 春季(2024年2月実施)(全8問)

    分圧を含む反応ギブズエネルギー・H_2とD_2の振動準位間隔・2次反応の初速度 / O_2の常磁性とMO・ポーリング則によるホスホン酸の構造・閃亜鉛鉱型構造・アルカリ金属水素化物の反応性 / 酸無水物の生成・活性メチンのアルキル化・S_NAr・ピナコール転位・分子内二重Friedel--Craftsアルキル化

2025年度 夏季(2024年7月実施)の出題内容

全8問
大問主題解説の小見出し最終答
第1問ファンデルワールス気体の等温可逆膨張の仕事・水素1s軌道の〈 r〉・多経路緩和の分岐比まず P について解く / b の効果あり
第2問ルチル型TiO_2の構造とバンドギャップ・Δ_rG^°からの標準電極電位・HSAB則配位数は組成比から決まる / 単位格子中の式単位数あり
第3問Markovnikov付加・ピロールのBoc化・Michael付加・Wittig反応・Storkエナミンアルキル化Markovnikov則の本質 / 環内カチオンは3級あり
第4問酢酸水溶液のプロトン濃度の一般式と簡略化の条件・pK_b・クロマトグラフィーのR_f値と保持係数3本の式から出発する / 何を無視して何を残すかあり
第5問2次元井戸型ポテンシャルによるπ電子系・群論によるS_0--S_1遷移の禁制則n_x^2+n_y^2 の順に並べる / 縮退の数え方あり
第6問fac-[MnBr(CO)_3(bpy)]の立体構造・d--d遷移の禁制・LMCTの強い吸収・Mn(II)の磁気モーメント・Jahn--Teller効果fac と mer の違い / bpyの制約が構造を決めるあり
第7問ピリジンと4-アミノピリジンの塩基性・アセトフェノンのニトロ化とインドールの臭素化・重合禁止剤の作用機構比較するのは共役酸 / アミノ基は +M 基あり
第8問平衡定数が大きい反応の残存濃度・分光光度計と原子吸光分析装置の構成・連続X線と特性X線K が大きいときは「完全進行から出発」 / 限定反応物の判定を最初にあり

前年度(2025年度 春季(2025年2月実施))との違い

大問数
2025年度 春季(2025年2月実施) 8問 → 2025年度 夏季(2024年7月実施) 8問
2025年度 春季(2025年2月実施)の解答例

立教大学の公式過去問

公開年度範囲
2024〜2026年度の夏季・春季(計6回)
公式の解答例
一部の年度・科目のみ公開
英語の扱い
専攻ページに掲載されているのは専門科目「化学」の筆記試験問題のみ。英語の問題は大学本体の過去問題ページ側にあり、本文は著作権の関係で非掲載(出典のみ記載)の回がある。
院試hubの最終確認
2026-09-06
立教大学の公式過去問PDF