阪大 情報科学研究科 生物情報 2026年度 院試 過去問 解答例・解説(全5問)
全5問の分野は生物3問です。解説はすべて、途中式と最終答は大問1問ぶんを公開しています。残りは解答PDFに収録しています。問題本文は含みません。
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第1問 — 細胞生物学:細胞内区画・空欄補充・正誤判定
この設問が試していること
細胞小器官の名前を言えるかではなく,「細胞の中で何がどれだけの場所を占め,いくつあるのか」という量的な感覚を持っているかである。ミトコンドリアが1700個もあるのに体積では にとどまること,逆に小胞体は1個しかないのに 前後を占めることが,この表の要点である。
個数が 1 になる区画の見分け方
小胞体・ゴルジ体・核・細胞質ゾルは,膜が連続した単一の区画として数える。小胞体は核膜外膜とつながった一続きの袋であり,電子顕微鏡像で多数の槽に見えても数としては1である。一方でミトコンドリア,ペルオキシソーム,リソソーム,エンドソームは互いに独立した小胞なので,数百から数千の個数になる。
検算
表の体積比を合計すると になる。選んだ値を足して に近づくかを確かめれば,桁の取り違えに気づける。
失点しやすい点
「同一の数字を複数回答えてもよい」と明記されているので,個数が 1 になる区画が複数あってもためらわずに を繰り返し書く。選択肢を1回ずつ使い切ろうとすると誤答になる。
設問2 問1-2・問1-3 教科書本文の空欄補充(本文非掲載)
本書での扱い方
問題冊子に本文が載っていない以上,ここで空欄の答えを断定して示すことはできない。推測で語句を並べると,本番で別の語を書く癖がついてしまい,かえって害になる。本書では確実に言える範囲だけを示し,出題範囲の知識を整理する方針をとった。
本番での対処
空欄補充は前後の文脈から語を絞る問題なので,本文が読めれば難度は高くない。対策としては,教科書の章末の重要語一覧と,本文中に太字で出る数値を,章ごとに数字だけ抜き出して覚えておくのが効率的である。特にゲノムサイズ,遺伝子数,染色体数,ヌクレオソームの塩基対数は,この研究科で繰り返し問われる型である。
採点の見込み
問1-2と問1-3は語句・数値の穴埋めなので,1つずつの配点は小さい。分からない空欄で止まらず,問1-4と第2問以降の記述・計算に時間を回すのが得点戦略として正しい。
設問3 問1-4 誤っている記述の指摘
解く順序
「誤っているものをすべて」型は,正しいと確信できるものから消していく。A・B は細胞接着の定番の対応関係,D はセカンドメッセンジャーの定番の組み合わせ,F はエピジェネティクスの定義そのもので,いずれも即座に正と判定できる。残る C・E・G・H を個別に検討すればよい。
数値で切る選択肢
E のように数値が入る記述は,桁を確かめるだけで判定できる。ヒトゲノムは約 塩基対,遺伝子は約 万個, 遺伝子あたりの平均長は約 塩基対という三つの数値を覚えておくと,この種の選択肢はほぼ確実に処理できる。なお 塩基対は線虫のゲノムサイズに近い値である。
細胞骨格の対応表
C と H はいずれも細胞骨格の対応関係を問うている。アクチンフィラメントにはミオシン,微小管にはキネシンとダイニンが対応し,中間径フィラメントには対応するモーターがない。この三行を書けるようにしておけば,細胞骨格の正誤問題はまとめて処理できる。
失点しやすい点
G はプロテアーゼの特異性を,切断される残基とその「カルボキシ側」という向きまでそろえて覚えているかが問われる。トリプシンは Lys・Arg,キモトリプシンは Phe・Trp・Tyr,V8 プロテアーゼは Glu と,残基名で覚えるのが確実である。H は「 が筋収縮に必要」という記述自体は正しいので,役割の言い換えが正確かどうかを読み取る必要がある。設問文が役割を限定して述べているときは,その限定が正しいかまで確認する。
解答
(1) 空欄の語句について
出題文の本文は公開版では非掲載であり,空欄 a〜f がどの語を指すかは復元できない。ただし小問(2)(3)の設問文から,a, b, f が細胞小器官であること,および解答に必要な知識が「肝細胞1個あたりの細胞小器官の個数」と「肝細胞の全体積に占める体積比」であることは確定する。以下ではこの二つの数値を整理する。
(2)(3) 肝細胞の区画の代表値
教科書に載る肝細胞(ラット肝細胞)の代表値は次のとおりである。版によって細部の数値は異なるが,桁の感覚は共通している。
区画 | 全体積に占める割合 | 1細胞あたりの個数 |
細胞質ゾル | 約 54\,\% | 1 |
ミトコンドリア | 約 22\,\% | 約 1700 |
粗面小胞体の槽 | 約 9\,\% | 1 |
滑面小胞体・ゴルジ体の槽 | 約 6\,\% | 1 |
核 | 約 6\,\% | 1 |
ペルオキシソーム | 約 1\,\% | 約 400 |
リソソーム | 約 1\,\% | 約 300 |
エンドソーム | 約 1\,\% | 約 200 |
個数の選択肢 のうち,実際の値に対応するのは (細胞質ゾル・核・小胞体・ゴルジ体のように細胞内で連続した1個の区画をなすもの),(ペルオキシソーム。リソソームやエンドソームもこの桁),(ミトコンドリア)である。 と は該当する区画がなく,撹乱肢と考えてよい。
体積比の選択肢 のうち, は細胞質ゾル, はミトコンドリア, は核または滑面小胞体・ゴルジ体, はゴルジ体単独, はペルオキシソーム・リソソーム・エンドソームに対応する。 と に対応する区画はない。
扱える範囲
問1-2(教科書 P.\,184〜185 の範囲)と問1-3(同 P.\,679 の範囲)は,いずれも本文が公開版に載っていない。空欄の個数も位置も分からないため,解答を復元することはできない。ここでは,出題ページの位置から推定できる範囲と,そこで数値・語句として問われうる基本事項を整理しておく。なお同じ冊子の問2-4が P.\,202 の図6-5,問2-1が P.\,314 の図9-23 を引いていることから,P.\,184〜185 は第6章より前,すなわち DNA と染色体を扱う章にあたり,P.\,679 は組織・幹細胞・がんを扱う終盤の章にあたると考えられる。
DNA と染色体で数字として問われる値
ヒトの半数体ゲノムは約 塩基対で,タンパク質をコードする遺伝子は約 万個である。体細胞の染色体は 本( 対)で,うち 対が常染色体である。ヌクレオソームのコア粒子には 塩基対の DNA が 個のヒストン(H2A, H2B, H3, H4 が各 分子)からなる八量体に約 回巻きついており,直径は約 ,リンカー DNA を挟んだ繰り返し単位は約 塩基対である。B 型二重らせんは1回転あたり約 塩基対,ピッチ約 ,太さ約 である。
組織・幹細胞・がんで語句として問われる用語
幹細胞は自己複製能と分化能をあわせ持ち,非対称分裂によって幹細胞と分化前駆細胞の両方を生む。腸上皮では陰窩の底部に幹細胞があり,パネート細胞と間葉系細胞が Wnt を供給してニッチを作る。がんは,増殖を促進する側の変異が機能獲得型に働くがん遺伝子と,ブレーキ側が失われる機能喪失型のがん抑制遺伝子の,複数段階の変異の蓄積として説明される。転移能の獲得,血管新生,クローン進化も同じ章の頻出語である。
各記述の判定
選択肢を順に検討する。
A 正しい。接着結合(アドヘレンスジャンクション)ではカドヘリンの細胞質側がカテニンを介してアクチンフィラメントに連結する。
B 正しい。デスモソームではデスモグレイン・デスモコリンがプラコグロビンやデスモプラキンを介してケラチン中間径フィラメントに連結する。
C 誤り。ミオシンが滑るレールはアクチンフィラメントである。中間径フィラメントには極性がなく,これに沿って動くモータータンパク質は知られていない。
D 正しい。cAMP は PKA の調節サブユニットに結合して触媒サブユニットを遊離させ,PKC は とジアシルグリセロールの両方があるときに膜へ移行して活性化する。
E 誤り。ヒトのゲノムサイズは約 塩基対であり, 塩基対ではない。遺伝子数が約 個という部分は妥当なので,誤っているのはゲノムサイズの値である。
F 正しい。DNA メチル化に加えて,ヒストン修飾やクロマチン構造も娘細胞に引き継がれうる。これがエピジェネティックな遺伝の実体である。
G 誤り。トリプシンはリシンまたはアルギニンのカルボキシ末端側を切断する。芳香族アミノ酸のカルボキシ側を切るのはキモトリプシンである。
H 誤り。活動電位を細胞膜から細胞内部へ伝えるのは T 管(横行小管)である。 は筋小胞体から放出されてトロポニン C に結合し,トロポミオシンの位置を変えてアクチン上のミオシン結合部位を露出させる化学的な引き金であって,活動電位そのものを伝えるわけではない。
最終答
個数は「1個の連続した区画なら ,ペルオキシソーム類なら ,ミトコンドリアなら 」,体積比は「細胞質ゾル ,ミトコンドリア ,核 ,ゴルジ体 ,ペルオキシソーム類 」で答える。
C,E,G,H
第2問 — 生命の系統・観察法・化学結合・DNA複製
答案の書き分け
(2)は「分かつ特徴」を1つ挙げれば足りるが,核をもつことだけを書いて終えるより,核があることの帰結(転写と翻訳の分離,小器官,細胞骨格)を1文添えるほうが理解を示せる。逆に特徴を並べすぎると,どれが本質かを分かっていないと読まれる。核膜の有無を主,残りを従として書く。
失点しやすい点
「原核生物」と「細菌」を同義に使わない。原核生物は核をもたない細胞という形態的なくくりで,細菌と古細菌という系統的に離れた2ドメインを含む。系統樹の問題では,形態的な分類と系統的な分類を区別して書く必要がある。
背景
3ドメイン説は,ウーズらが 16S/18S rRNA という,すべての生物が共通してもち,かつ変化速度の遅い分子を選んで比較したことで得られた。分子系統解析では「どの分子を選ぶか」が結論を左右する。この視点は問4-6のシンテニーや純化選択の設問ともつながる。
設問2 問2-2 生体構造の大きさと観察装置
基準にする3つの値
大きさの問題は,(原子),(DNA の太さ),(細菌1個,ミトコンドリア1個)の3つを基準にすると,ほとんどの対象が位置づけられる。リボソームと微小管はどちらも -- で同じ桁になるので,同じ記号を2回選ぶことになる。設問文が「同じものを複数回選んでよい」と断っているのは,この重なりがあるためである。
(F) で迷ったときの考え方
II 型ミオシンは,2本の重鎖が長いコイルドコイルの尾部を作り,先端に2つの頭部がついた分子で,全長は約 である。頭部だけなら 程度だが,設問は「分子」の大きさを問うているので全長で判断し, の ④ を選ぶ。サルコメアの太いフィラメント(長さ )と取り違えないよう注意する。
分解能の限界が図に書かれている意味
図には,光学顕微鏡の限界が 付近,超高解像度蛍光顕微鏡が 付近,電子顕微鏡が 付近と示されている。光学顕微鏡の分解能限界 は可視光の波長で決まり,電子線は波長が桁違いに短いのでこの制約を受けない。(2)(3)の解答では,この波長と分解能の関係に一言触れると,装置名を並べただけの答案と差がつく。
(3) で「異なる原理」と指定された意味
X 線結晶解析と単結晶を使う他の回折法を2つ挙げても「異なる原理」にはならない。回折(X 線結晶解析),磁気共鳴(NMR),電子の投影像からの三次元再構成(クライオ電顕)のように,測定している物理量が違う組み合わせを選ぶ。
設問3 問2-3 化学結合と非共有結合性相互作用
3つ挙げるときの選び方
「3つ答えよ」では,性質の重なるものを並べないほうがよい。水素結合(方向性がある),イオン結合(電荷による長距離力),ファンデルワールス引力(近距離でのみ働く)は,働く距離も由来も異なるので,3つで非共有結合の全体像を示せる。疎水性相互作用を入れる場合は,エントロピー由来であることを一言添える。
強さの数値を添える
共有結合が の桁,非共有結合が の桁で,室温の熱エネルギー と同程度であることを書けると,「弱い結合が可逆的に切れることが生命現象の基礎になる」という結論まで導ける。第3問の問3-4で扱う自由エネルギーの計算とも桁の感覚がつながる。
失点しやすい点
イオン結合を「塩橋」と呼ぶのは構わないが,水中では大きく弱まることに触れないと,NaCl の結晶と同じ強さだと誤解していると読まれかねない。また水素結合を「水素原子と酸素原子の共有結合」と書くのは明確な誤りである。
設問4 問2-4 密度勾配遠心法による DNA 複製様式の決定
方針
「実験の方法・予想される結果・否定されるモデル」の3点を指定されているので,答案もこの3点を見出し付きで分けて書く。文章を続けて書くと,どれが予想でどれが実際の観察かが読み取りにくくなり,部分点を失いやすい。
世代数を分けて考える理由
1世代後だけでは保存的モデルしか落とせず,2世代後だけでも判定はできるが,途中経過を追わないと分散的モデルの「バンドが連続的に移動する」という特徴を示せない。設問が(2)(3)に分かれているのは,「1つの実験で1つの仮説を落とす」という反証の積み重ねを書かせるためである。
検算
半保存的モデルなら, 世代後にもとの 鎖をもつ分子は 個のまま,全分子数は 個なので,ハイブリッド分子の割合は である。 で (全部がハイブリッド), で , で となり,中間バンドと軽いバンドの比が , と変わっていく。この比が予想と合うかを確かめれば,モデルの選択が正しいか検証できる。
失点しやすい点
「 のほうが重いから先に沈む」とだけ書くと,沈降速度法(速度沈降)と平衡密度勾配法を混同していると読まれる。平衡密度勾配遠心では,十分な時間をかけると DNA は密度が一致する位置で止まるのであって,止まる位置は分子の大きさではなく密度で決まる。この違いを1文で書いておくと確実である。
設問5 問2-5 正誤判定(18項目)
誤りの作られ方
18項目の誤りは,型がはっきり分かれている。用語のすり替え((8) マトリックスをストロマに,(13) 内分泌をパラクリンに,(18) 興奮性を抑制性に),構造の入れ替え((3)(4)),主語の取り違え((1)(5)(7))である。読むときに「入れ替えたら正しくなるか」を試すと速く判定できる。
(14) の扱い
核膜の崩壊を前期の終わりに置く記述と,前中期の開始に置く記述が教科書によってある。本書では,前中期を「核膜の崩壊で始まる時期」と定義する標準的な区分に従って誤とした。答案では,核ラミンのリン酸化が M-Cdk によって始まることと,紡錘体微小管が染色体に到達するのは核膜が壊れてからであることを添えておくと,判断の根拠が伝わる。
数値で確認できる項目
(7) は 外 ,内 --, 外 ,内 という値を覚えていれば即断できる。この値は第4問の問4-4(ネルンストの式)でもそのまま使うので,濃度の組を1つ覚えておくと得点効率がよい。
時間配分
18項目で第2問の配点のかなりの部分を占める。1項目あたり20秒で判定し,迷ったものには印だけ付けて先に進む。全項目に「正」または「誤」を必ず書くこと。空欄は確実に0点だが,二択なので埋めれば期待値は正になる。
第3問 — 生物工学の計算:ライブラリ・制限酵素地図・増殖速度・拡散
方針
(1)は「少なくとも1個」を問う典型で,余事象をとるのが定石である。 を立てたうえで両辺の対数をとる。与えられている定数のうち は を計算させるためだけに置かれており,これに気づけば方針は確定する。
別解と近似
のとき と近似できるので, となる。厳密解 と1割ほど違うので,本問では与えられた を使って厳密に計算するのが正しい。ただし近似解を併記しておくと,桁の妥当性を自分で確かめたことが示せる。
検算
を代入すると,ゲノム全体をカバーする倍数は 倍である。 の網羅率を得るのにゲノムの4倍量のクローンが要るという結果は,実験の経験則( でおよそ 倍, で 倍)と整合する。
失点しやすい点
(2)では,ゲノム長の単位換算を落として を と扱う誤りが多い。 なので である。また を と書き間違えないこと。認識配列が回文(パリンドローム)であっても出現確率は で変わらない。実際のゲノムでは GC 含量の偏りやメチル化により,この推定値からずれる。
設問2 問3-2 制限酵素地図の作成
手順の型
制限酵素地図は,(i) 単独消化の本数から各酵素の切断部位数を決める,(ii) 基準になる1か所切断の酵素を原点に置く,(iii) 二重消化で「どの断片がどの断片に割れたか」を和の関係から読む,(iv) 残った鏡像の不定性を,まだ使っていない二重消化で潰す,という順で進める。本問は EcoRI が1か所しか切らないので,これを原点に選ぶのが最短である。
断片の本数が合わないときの読み方
HindIII と PstI の二重消化では,切断部位が4か所なので断片は4本できるはずである。ところが実測は3本しかない。ここで「実験の失敗」と考えず,「同じ長さの断片が2本重なってバンドが1本に見えている」と読むのが正しい。断片長の合計が全長と一致するか()を確かめると,この読み方の裏が取れる。
検算
得られた地図から6通りの消化をすべて再計算すると,EcoRI 単独 ,HindIII 単独 ,PstI 単独 ,EcoRI+HindIII ,EcoRI+PstI ,HindIII+PstI となり,与えられた実測とすべて一致する。答案では最後にこの照合を1行入れておくと,途中の読み違いを自分で防げる。
解の一意性
環状 DNA の地図は,回転と鏡映の分だけ自由度が残る。本問でも,時計回りと反時計回りを入れ替えた地図(HindIII が と ,PstI が と )が同じデータを再現する。これは同じ地図を裏返しに描いたものなので,どちらを書いても正解である。答案には「鏡像を除いて一意に定まる」と一言添えるとよい。
設問3 問3-3 比増殖速度と2菌種の逆転時間
方針
(2)は個々の細胞数を求めずに比 だけを追うと式が短くなる。 が になる時刻を求めればよく,初期細胞数の絶対値も培地体積も不要である。この形にしておくと,比が 以外の値になる時刻も同じ式で答えられる。
検算
における A の倍加回数は 回,B は 回である。A は 倍,B は 倍になるので,初期比 は となり,確かに等しくなる。
単位の扱い
の単位は で,指数の肩 は無次元でなければならない。 を , を でそろえること。倍加時間を分で与えられた場合は, の単位も に合わせる。
失点しやすい点
を と書くと になってしまう。指数関数の底が である以上,倍加条件から出るのは自然対数である。 が問題冊子に与えられているのは他の設問のためであり,ここでは使わない。与えられた定数を全部使おうとしないこと。
設問4 問3-4 ミトコンドリアマトリックス内のプロトン数
単位換算の落とし穴
この問題で最も間違えやすいのは体積の単位である。 のまま濃度()と掛けると 倍ずれる。半径を で表しておき,最後に を掛けて に直すと事故が減る。 から直接 へ換算するなら を覚えておくとよい。マトリックスの体積は なので とすぐ出る。
結果の意味
球1個の中に遊離のプロトンが 個しかない,というのがこの計算の要点である。ATP 合成酵素1分子が ATP を1個作るのに から 個のプロトンを通すので,マトリックスに溶けているプロトンだけでは ATP を数個しか作れない。つまり電子伝達系による汲み出しが止まればプロトン駆動力は瞬時に消える。pH という対数尺度が,実体としては極端に少ない粒子数を表していることを実感させる設問である。
検算
桁だけで確かめる。 は あたり 個である。体積が なので,掛けると 程度になる。この2段階なら暗算で桁を確認できる。
失点しやすい点
「マトリックスの pH が細胞質より 高い」を「 が 高い」と読み違えないこと。pH が高いほど は低く, 単位の差は濃度で 倍の差である。また「直径 」を半径に取り違えると体積が 倍ずれる。
設問5 問3-5 拡散に要する時間と細胞内輸送
距離の2乗に比例することの意味
なので,距離が10倍になれば時間は100倍になる。細菌1個の大きさ なら で,拡散だけで十分間に合う。ところが では になる。「小さい細胞では拡散で足り,大きい細胞や長い突起では能動輸送が必要になる」という細胞生物学の基本的な帰結が,この2乗則から出る。(2)で「(1)の結果を踏まえて」と指定されているのは,この対比を書かせるためである。
答案に入れるべき要素
(2)は「具体的に仕組みを説明せよ」なので,レール(微小管)・モーター(キネシン,ダイニン)・エネルギー源(ATP)・方向性(プラス端/マイナス端)の4点を必ず書く。「モータータンパク質が運ぶ」だけでは,何をレールにしてどちら向きに運ぶのかが示せていない。
検算
という結果は, 年が約 であることを覚えていれば,「1年の3分の1」とすぐ言い換えられる。この換算値は生物物理の見積もり問題で頻繁に使うので覚えておくとよい。
失点しやすい点
の単位は である。 を のまま代入すると の単位()と合わず, 倍ずれる。式の中の長さの単位を の定義にそろえるのが鉄則である。
第4問 — 語句説明:細胞運動・光合成・膜電位・分子生物学の技法
答案の組み立て
「どこにできるか」「何でできているか」「何をするか」の3点を書けば, 字前後になる。Arp2/3 と Rac のどちらか一方でも固有名詞を入れると,教科書レベルの理解を示せる。
失点しやすい点
アメーバの仮足(偽足)と葉状仮足を同一視しない。葉状仮足は薄い板状の構造で,アメーバ運動の太い仮足とは形も内部構造も違う。また「細胞が足を出す」といった比喩だけで済ませると,アクチンの重合が押す力を生むという核心が抜ける。
問4-2 ゾル,ゲル,細胞質
3語の関係を書く
3語が並んでいるので,「細胞質という場で,ゾルとゲルという2つの状態が入れ替わる」という上下関係を最初に示すと構造が伝わる。3語を並列に定義するだけでは「関連性」の指定に答えたことにならない。
用語の使い分け
細胞質(cytoplasm)と細胞質基質(cytosol)は別の語である。細胞質は小器官を含み,細胞質基質は小器官を除いた液相を指す。答案でどちらの意味で使っているかを明示する。
問4-3 緑色硫黄細菌,光合成
対比の軸を1つに絞る
2語が与えられているので,「一般の光合成に対して,緑色硫黄細菌の光合成は何が違うか」を書く。違いの軸は電子供与体( か か)1本に絞るのがよい。そこから酸素を出すか出さないか,光化学系が1つか2つかが自動的に導かれる。
背景
水は より電子を奪いにくい。水を分解するには,光化学系 II のマンガンクラスターと,2つの光化学系を直列につないで光子2個分のエネルギーを積み上げる仕組みが必要になる。この難しさが,酸素発生型光合成の出現が遅れた理由である。
問4-4 ネルンストの式
式の向きを間違えない
を「内側から見た電位」と定義したうえで,対数の中は とする。この規約で書けば,細胞内に多い の平衡電位は負,細胞外に多い の平衡電位は正になり,符号の整合が取れる。答案では定義を1行明記してから式を書く。
検算
で ,これに を掛けて が出る。 の濃度比 に対して なので となり,符号を付けて である。
問4-5 DNA クローニング
手順を並べる順序
切断,連結,導入,選択の4段階を順に書けば 字前後になる。どの段階も酵素名か原理を1つ添える(制限酵素,DNA リガーゼ,形質転換,薬剤耐性)と,操作を理解して書いていることが伝わる。
第3問との関係
問3-1(1)の「 の確率で特定配列を含むには何個クローニングすればよいか」は,まさにこのゲノムライブラリの設計問題である。語句説明でライブラリに触れておくと,出題者の意図する文脈に沿った答案になる。
問4-6 シンテニーの保存,純化選択
2語をつなぐ書き方
「どちらも保存をもたらすが,保存されている対象が違う」という1文が対比の核心である。さらに,シンテニーの保存の多くは選択によるものではなく,再編成が起こらなかった中立的な結果である点に触れると,安易に両者を因果でつながない慎重さを示せる。ただし細菌のオペロンのように,共発現する遺伝子が隣接している必然性がある場合には,配置にも選択が働く。
失点しやすい点
純化選択を「有利な変異が広がること」と書くと,正の選択と取り違えている。純化選択は有害な変異を除く方向の選択である。
問4-7 自己触媒,化学平衡
2語の関係が問われている点
この組み合わせの要点は「触媒は平衡を動かさない」という熱力学と速度論の区別である。自己触媒という劇的な現象を出したうえで,それでも は変わらないと言い切るのが,設問の意図する関連性である。
失点しやすい点
「自己触媒だと反応が一方向に進むので平衡にならない」と書かない。速度が増えるのは平衡に近づく速さであって,平衡それ自体が消えるわけではない。 を書いておけば, が反応の種類だけで決まる量であることが示せる。
問4-8 非相同末端連結
対になる経路を必ず書く
語句が1つでも,相同組換え修復との対比を入れると説明が締まる。「鋳型を使うか使わないか」「細胞周期のどこで働くか」「正確か不正確か」の3軸で並べると 字ほどで対比が書ける。
この語が問われる理由
NHEJ は,DNA 修復の知識であると同時に,ゲノム編集という技法の原理でもある。第4問には DNA クローニングも並んでおり,「分子生物学の基本現象が実験技術としてどう使われるか」を問う出題方針が読み取れる。応用まで1文添えるとよい。
問4-9 ビスリン酸,二リン酸
違いを1文で言い切る
「別々の位置に独立に付いているか(ビス),一列につながっているか(ジ)」が対比の全てである。この1文を先に書き,あとに例を並べる構成にすると 字で収まる。
命名法の一般則
接頭辞 bis- は「同じ置換基が離れた位置に2つ」,di- は「同じ基が連続して2つ」を表す。フルクトース 1,6-ビスリン酸を「フルクトース二リン酸」と書くのは,2つのリン酸がつながっているという誤った構造を示すので避ける。この規則は他の官能基にも共通する。
エネルギーの数値
ATP の末端の酸無水物結合の加水分解は標準状態で約 ,糖リン酸のエステル結合は約 である。数値を1つ添えると,結合の違いがエネルギーの違いに直結することを示せる。
第5問 — シグナル伝達:転写スイッチの探索と経路の推定
答案の書き方
「その役割を述べよ」という問い方なので,反応の手順を詳述するより,何のためにその段階があるかを書く。転写については「情報の取り出し・増幅・制御」,翻訳については「情報から機能への変換」を柱に据えるとよい。導入文が「転写の切り替えスイッチのおかげで細胞は環境変化に対応できる」となっているので,制御点としての役割に重心を置くのが出題意図に沿う。
この設問の位置づけ
問5-1は続く3設問の前提を確認する導入である。ここで時間を使いすぎず, 分以内に切り上げて問5-3へ進むのが得点上有利である。
設問2 問5-2 シグナル伝達タンパク質の探索法
「異なる」3つの選び方
遺伝学(必要性を示す),生化学(結合を示す),プロテオミクス(修飾の変化を示す)は,得られる証拠の種類が違う。ノックアウトとノックダウン,あるいは免疫沈降と GST プルダウンのように,原理が同じで手技だけ違うものを並べると「異なる方法」の指定に答えたことにならない。
必要性と十分性
機能喪失型のスクリーニングは「必要である」ことしか示さない。過剰発現や恒常活性型の導入によって,シグナルがなくても BI がオンになることを示せば「十分である」ことが言える。答案でこの区別に触れると,実験計画を理解して書いていることが伝わる。
提案の書き方
「何を測るか」「何が見えたら何が言えるか」の2点を各提案に必ず書く。手法名を並べるだけでは,設問が求めている「機能が解析できる理由」に答えていない。
設問3 問5-3 実験結果からのシグナル伝達経路の推定
方針
組み合わせ実験の解釈は,(1) 何も与えない条件で基底状態を決める,(2) 単独の条件で各入力の効果を決める,(3) 二重の条件で相互作用を決める,という順に進める。いきなり8行を眺めても筋道は立たない。実験1,実験2,実験3・4,実験7の順に読むと,本問は一本道で解ける。
鍵になる実験
決め手は実験7である。「単独では両方ともオンにするのに,一緒にするとオフになる」という結果は,規則(iii)の「不活性化が優先する」がなければ説明できない。ここで規則(iii)を持ち出せたかどうかが,この設問の分かれ目になる。逆に実験8は,実験7で立てた仮説が a を加えても壊れないことを確認する検算に使える。
検算
仮説を立てたら,必ず8行すべてに当てはめて表を作る。とくに実験6は,A が X を活性化しているのに C の不活性化が優先して X がオフになり,それでも Y の活性化によって転写が残る,という込み入った条件になっている。ここが合えば,規則(ii)の論理和と規則(iii)の優先順位を両方正しく使えている。
答案に必ず書く一言
「B と C は対称で区別できない」ことに触れておくと,データから言えることと言えないことを区別できていると評価される。実験計画を扱う設問では,結論を1つに決め切れないときにその理由を書くことも解答の一部である。
設問4 問5-4 遺伝子 BI を常時オンにする改変
3つを「異なる」ものにする視点
経路を上流から下流へ,受容体・キナーゼ・転写因子・プロモーターと並べ,別々の階層に手を入れると自然に3つそろう。同じ階層で「Z を過剰発現する」「Z の遺伝子を複数コピー入れる」と並べても異なる方法にはならない。過剰発現は,リン酸化されなければ活性化しないという規則がある以上,そもそも常時オンを保証しない点にも注意する。
改変3で1文加える必要がある理由
問5-3で明らかにしたとおり,この経路には不活性化の入力があり,しかも不活性化が優先する。したがって上流を活性化するだけでは,別の受容体が刺激されたときにオフになりうる。「不活性化側を除く」という但し書きを加えることで,問5-3の結論を踏まえた提案であることが示せる。設問が問5-3の直後に置かれているのは,この連続性を見るためである。
改変の位置と副作用
下流に近い改変ほど BI だけを狙い撃ちでき,副作用が少ない。プロモーターの置き換えは BI 以外に影響しないが,上流のキナーゼを常時活性型にすると,X や Y が他にもつ基質すべてが影響を受ける。答案に「下流を触るほど特異性が高い」という一文を添えると,設計の良し悪しまで考えていることが伝わる。
年度別の解答例(5年度)
2026年度(このページ・全5問)
細胞生物学:細胞内区画・空欄補充・正誤判定 / 生命の系統・観察法・化学結合・DNA複製 / 生物工学の計算:ライブラリ・制限酵素地図・増殖速度・拡散
分子生物学:DNA複製装置・塩基配列決定法・アミノ酸の側鎖 / 生化学・細胞生物学:代謝中間体、シグナル伝達、光合成、細胞分裂 / 生体エネルギー論:ATPの自由エネルギーと細胞スケールの見積もり
細胞生物学:細胞骨格・モータータンパク質・重合を制御する分子 / 細胞生物学:タンパク質の選別輸送と小胞輸送 / 膜輸送の速度論:グルコース輸送体の酵素反応論と定量計算
遺伝子発現制御とタンパク質機能 / 細胞周期と細胞分裂 / 膜輸送と神経シグナル
分子生物学:大腸菌の DNA 複製と損傷修復 / 細胞生物学:細胞外マトリックスと上皮の細胞間結合 / 遺伝子工学:核酸塩基の同定と PCR の原理・設計
2026年度の出題内容
全5問
前年度(2025年度)との違い
- 大問数
- 2025年度 5問 → 2026年度 5問
大阪大学の公式過去問
- 公開年度範囲
- 専攻・科目別に掲載(情報基礎数学は2005〜2026年度、情報数理・生物情報は2022〜2026年度など)
- 公式の解答例
- 非公開(問題冊子のみ)
- 英語の扱い
- 学内英語試験は著作権の関係で問題非公開。模擬問題の参照を推奨。
- 院試hubの最終確認
- 2026-09-26