北大 理学院 自然史科学専攻 多様性生物学講座(修士課程) 専門科目(多様性生物学) 2026年度 院試 過去問 解答例・解説(解説5項目)
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第1問 — 植物の命名・生殖隔離・寄主転換と外来種
問1 植物の種名と種内分類群の表記
国際藻類・菌類・植物命名規約の第23条は種名を二つの語の組合せ、第24条は種内名を種名と階級で結んだ形容語の組合せとして定める。第26.1条では、その種名のタイプを含む種内分類群の最後の形容語は種形容語を繰り返し、そこへ著者名を付けない。Michaux はこの例の種名の著者表示であり、変種を新たに命名したという意味で末尾に置かれているわけではない。
「形容語」は必ずしも普通の文法上の形容詞だけを意味しない。人名などに由来する語もあるため、意味を日本語訳して学名の代わりにすることはできない。また、命名者名は出典を追うための表示であり、二名そのものの一語として数えない。斜体は語の区別を読みやすくする組版慣行で、斜体にしたこと自体が学名の有効発表を証明するわけでもない。
語の役割を逆に確かめると、H. lanatum までで種を示し、var.を読むことで末尾の lanatum が変種の形容語だと分かる。var.を落とした Heracleum lanatum lanatum という表記では、植物のどの種内階級を示すかが消える。命名者まで斜体にして第三の学名語と数えるのも誤りである。同じ学名が適用されるタイプと、種の範囲を決める分類学的仮説とは区別する。
問2(1) 生殖隔離につながる観察の選択
生物学的種概念は、実際に、あるいは潜在的に交配する自然集団のまとまりを、他のまとまりからの生殖隔離で区別する。有性生殖をする集団を比較し、交配相手と出会える自然な条件を考える場合の概念である。繁殖成功に至る過程を と分けると、開花期の不一致は受精の前に働く接合前隔離に当たる。
生殖可能な花の量を時刻の関数 とすれば、他の条件が同じとき、重なり が小さいほど両者間の受粉機会は小さくなる。この式は開花量から隔離強度を厳密に計算する公式ではなく、どの観察が交配過程を制限するかを示す模型である。
草丈のbを選び「背の高さが違えば必ず交配できない」とする推論では、花粉が別の高さの花へ運ばれる可能性を除けない。斑点cや葉形dも識別には役立つが、それだけから配偶子や繁殖期の隔離は導けない。aは四つの候補の中で生殖過程への経路が最も直接的であり、aだけで別種と証明できるかどうかは次に検討する。
問2(2) 開花期の違いが持つ意味
遺伝子流動とは、移動個体や配偶子を通じて対立遺伝子が別の繁殖集団へ入ることである。単純な二集団模型では、移入を受ける集団の対立遺伝子頻度は と変わる。 は次世代の遺伝子に占める移入由来の割合である。開花期が重ならず交雑が起きにくいことは、このような集団間の遺伝子交換の経路を細くするという意味を持つ。単に見た目が違うという観察からは、 が小さいとはいえない。
この説明には、同じ地域で受粉できる機会があること、同じ年だけの異常な生育段階を比べていないこと、両者が有性生殖を行うことなどの条件がある。完全な時期の不一致だけが隔離ではなく、開花期の一部が重なる場合でも交雑率を下げることはあり得る。逆に、人為的に花粉を移したときに受精できても、自然条件下で交雑しないという接合前隔離は否定されない。
確かめるなら、複数年・複数個体で開花期と花粉の稔性を記録し、同所での受粉と実際の交雑個体の有無を調べる。「花期が違うから雑種は必ず不稔である」と結論するのは、接合前隔離から接合後の雑種不稔へ論点を飛ばしている。雑種の生存や繁殖能力は別の観察を要する。
問2(3) この観察だけでは足りない理由
表現型は遺伝的な性質だけでなく環境にも依存する。概念的には と分け、 を遺伝的要因、 を環境要因、 を両者の相互作用と考える。これは一個体の草丈などを必ず三つの数に一意分解できる式ではなく、同じ遺伝型でも環境を変えると繁殖期が変わる可能性を整理する枠組みである。
導入個体が低温や日長に異なる反応を示す、定着後の年数が違う、管理や刈取りで開花が遅れる、といった場合にも花期はずれる。原産地でそもそも接触していない集団同士なら、導入地でのずれを観察しただけでは、潜在的に交配する自然集団がどこで区切られるかは決まらない。
同じ環境で育てる共通園実験、複数の自然集団の繁殖期比較、相互交配と子孫の稔性、集団間の遺伝子流動を調べることで、環境による変化と遺伝的な隔離を検討できる。ただし、交雑が一例見つかっただけで別種性が必ず否定されるとも限らない。近縁種間の限定的な遺伝子浸透と、種全体のまとまりを失うほどの交換は区別する。
「aは四候補の中で最良の証拠だから、それだけで十分」とするのがここでの誤りである。証拠間の比較で最も直接的なものを選ぶ判断と、種の境界を確定するのに十分かという判断は、要求する証拠の強さが違う。
問3 タイプ採集地の新標本を使う条件
命名タイプは、その名前の適用を支える標本である。ある種の平均的な姿を完全に備えた標本である必要はなく、名前と分類群を結び付ける基準として機能する。タイプ採集地から後に得た標本はトポタイプと呼ばれるが、その地理的な由来だけで命名タイプの地位を得るわけではない。
今回なら、近縁なハナウド属植物が同じ地域に存在し得る。採集地点が広い地名でしか記録されていない場合や、130年ほどの間に生物相が変化した場合、別の種が採れる可能性もある。果実に残る油管などの診断形質をまず比較し、花・葉・茎から得た情報を矛盾なくつなぐ。複数個体を採るのは、その差が種間差か、同一集団内の個体変異かを検討するためでもある。
DNA解析を加えるなら、採集個体の一部を証拠標本として残し、配列データの試料番号と結び付ける。配列データベースの名前も誤同定を含み得るので、最もよく一致した配列の名称を無検討で採用しない。複数領域、形態、標本の来歴が同じ判断を支持するかを確認する。
誤った手順は「ジョージア産なのでバイカルハナウドと確定し、その標本のDNAと一致すれば学内個体も確定」とするものである。最初の同定が循環の前提に入っている。タイプから失われた器官を新標本で補う場合にも、その新標本が同じ分類群に属するという独立の根拠が要る。必要なタイプの補足・指定は命名規約に沿った別の手続きであり、採集しただけで置き換えたことにはならない。
問4 食草転換を説明する進化仮説
寄主転換は、子孫が利用する生物種やその群が変わる進化である。新たな用途が生まれる前から持っていた性質が、その利用を可能にする場合は前適応、あるいは外適応として説明できる。原題ではミカン科とセリ科に関連する防御物質が含まれるため、植物の系統上の近さだけでなく化学的な共通性を手掛かりにできる。
自然選択が働くには、寄主選好や解毒能力に個体差があり、その差の一部が遺伝し、利用可能な寄主によって生存・繁殖成功が異なることが必要である。ある変異の頻度を 、相対適応度を とする単純模型なら となり、 ならその変異は増えやすい。この式は毒を食べた経験を直接遺伝する仕組みではなく、世代を通じた遺伝的な差の選別を示す。
寄主の違いが繁殖場所や配偶相手との出会いにも影響すれば、生殖隔離の形成を助ける可能性がある。ただし原題が仮定した分岐順だけから、祖先の食草や解毒酵素の変化が実証されたことにはならない。近縁種を含む系統樹上へ食草を対応させ、飼育実験で成長・生存を比べ、化合物や解毒関連遺伝子を調べて仮説を検討する。
「セリ科を食べる必要が生じたため、目的に合わせて解毒遺伝子が変異した」という説明は変異の発生と選択を取り違える。また、全フラノクマリンが同じ毒性を持つとするのも不適切で、原題は化合物ごとの作用の違いを明記している。耐性の共通性は移行を可能にする仮説であり、無条件に全寄主を食べられるという答えではない。
問5 局所種数の増加と生物多様性の保全
生物多様性には、種内の遺伝的多様性、種の多様性、生態系の多様性が含まれる。同じ空間尺度で種を数えることが比較の前提であり、ある場所の種数と全地域に存在する異なる種の数をそのまま足し合わせることはできない。地域内の多様性を 、広域の多様性を として、地域間の違いを のように測る考え方がある。この指標は尺度と定義をそろえて使う。
例えば、二地点にそれぞれ別の固有種が1種ずつあると、各地点は1種、広域では2種である。共通する外来種が両地点で固有種を排除すれば、各地点の種数は同じ1でも広域では1種に減る。排除が起きる前の一時的な増加だけを数えて保全の成否を判断することはできない。
影響の経路には、光や栄養などを巡る競争、捕食・送粉・分解過程の変化、近縁な在来種との交雑と遺伝子浸透などがある。これらは外来種なら必ず起こるという法則ではなく、侵入種と受け入れ側の生態系に応じて調べるべき機構である。定着・拡散後は除去が難しくなるため、侵入初期の対処と監視に意味がある。
「有害な毒がないので多様性への影響もない」は、ヒトの健康への毒性と生態学的影響を同一視した誤りである。「外国から来たから」という法的・地理的な理由だけでも、この問いが求める説明にはならない。どの在来要素や相互作用が失われ得るかを、生物多様性の各段階で述べる。
解答
問1 植物の種名と種内分類群の表記
植物の種名は、属名と種形容語からなる二名で表す。原題の例なら の Heracleum が属名、mantegazzianum が種形容語、Sommier et Levier が命名者である。属名の頭文字を大文字、形容語を小文字にし、学名本体を斜体、命名者を立体で組む。属が明らかな再出時には H. mantegazzianum と略記できる。
種内分類群では、種名に階級を示す語と種内形容語を加える。原題の では、var.が変種の階級を示す。種と同じ形容語を繰り返すこの変種名はオートニムで、その最後に独立の命名者名を付けない。
問2(1) 生殖隔離につながる観察の選択
選ぶのは下線aの開花時期のずれである。花粉を受け渡せる時期が重ならなければ、同所にあっても受精の機会が減る。
問2(2) 開花期の違いが持つ意味
同所に生える二集団で、片方の花が花粉を出し受精できる時期と、もう片方のその時期が重ならないなら、交雑の機会は小さくなる。その結果、集団間の遺伝子流動が抑えられ、別々の遺伝子プールを保ちやすくなる。
問2(3) この観察だけでは足りない理由
原題の花期の違いは、原産地で自然に同所生育する二集団の比較ではなく、北海道へ持ち込まれた植物と在来植物の比較である。温度、日長、個体の齢や生育条件による変化かもしれず、自然集団間の生殖隔離を示したとは限らない。
問3 タイプ採集地の新標本を使う条件
同じ採集地で得た標本でも、自動的にタイプと同種とはみなさない。近縁種の共存や分布の変化を考え、原記載、採集記録、タイプに残る果実の形質を照合する。そのうえで、花・葉・茎・成熟果実をそろえた複数個体の証拠標本とDNA試料を採集する。
問4 食草転換を説明する進化仮説
アゲハチョウ属の祖先がミカン科を利用していたと仮定する。共通の防御物質であるフラノクマリン類への耐性や解毒能力が、セリ科の利用にも役立った可能性がある。そのうえで、セリ科に産卵する選好や幼虫の摂食・解毒能力の変異が選択され、寄主転換と種分化につながったという仮説を立てられる。
問5 局所種数の増加と生物多様性の保全
外来種の追加で一時的に局所の種数が一つ増えても、在来種との競争や交雑、生物間相互作用の変化によって固有の種や遺伝的なまとまりが失われることがある。また、各地に同じ外来種が広がると地域間の生物相が似通い、広域での多様性は低下し得る。侵入初期に除去するのは、このような影響の拡大を防ぐためである。
最終答
問1 植物の種名と種内分類群の表記
種名は属名+種形容語。種内名は種名+階級語+種内形容語。学名の語、命名者、階級語を区別して表記する。
問2(1) 生殖隔離につながる観察の選択
a。繁殖時期の違いによる時間的隔離につながり得る。
問2(2) 開花期の違いが持つ意味
開花期の不一致は、受粉・受精の前に交雑機会を減らす時間的な接合前隔離となり得るから。
問2(3) この観察だけでは足りない理由
導入先での花期のずれは、環境や生育段階の違いでも生じ得る。自然な繁殖集団間の持続的な隔離を、別に検証する必要がある。
問3 タイプ採集地の新標本を使う条件
採集地の一致だけに頼らず、残存するタイプ形質と原記載に照合して同定を確かめる。同所の近縁種や個体変異も比較し、標本と配列を対応付けて保存する。
問4 食草転換を説明する進化仮説
ミカン科食で備わった化学防御への対応がセリ科利用を可能にし、産卵選好や解毒能力の適応的な分化を経て寄主転換が進んだと考える。
問5 局所種数の増加と生物多様性の保全
種数だけでなく、在来種の存続、遺伝的多様性、地域固有の群集とその機能を保つため。局所で一種増えることだけでは、広域の多様性が増すとはいえない。
第2問 — 動物の系統・体制・国際命名規約
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2026年度(このページ・解説5項目)
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種を単位にする理由・学名の同定・種数の地域差 / 十二群の系統樹・三動物門・トドの学名 / 一次植物の起源・色素・二次共生の痕跡
2026年度の出題内容
解説5項目
前年度(2025年度)との違い
- 大問数
- 2025年度 5問 → 2026年度 5問
北海道大学の公式過去問
- 公開年度範囲
- 2022〜2027年度の夏期問題、2027年度の出題意図と解答例
- 公式の解答例
- 一部の年度・科目のみ公開
- 院試hubの最終確認
- 2026-10-22