北大 理学院 自然史科学専攻 多様性生物学講座(修士課程) 専門科目(多様性生物学) 2025年度 院試 過去問 解答例・解説(解説5項目)
解説5項目の分野は生物3項目です。解説は1問、答案例は大問1問ぶんを公開しています。PDFの収録範囲は商品ページで確認できます。問題本文は含みません。
最終更新:
第1問 — 生物の進化と生態系:顎、共生、分解と抗生物質
問1 顎の獲得を他の器官との関係で説明する
顎は、口を囲む支持・運動装置であり、鰓弓に関わる骨格の一部と相同な構造を起源に持つ。鰓裂という穴や、ガス交換を行う薄い鰓そのものが顎へ変わった、と説明するのは構造の区別を失っている。原題が与える顎と鰓弓の関係を出発点とし、獲得後に何ができるようになったかを述べる。
餌をとらえる能力は顎の強さだけで決まらない。餌の位置を感覚器で受け取り、その情報を中枢神経系で統合し、筋や鰭などの運動器官を調節して接近した後、顎で把持するという一連の過程になる。追跡する側の変化は、逃げる側の生存にも影響する。このため捕食者と被食者の相互作用は、感覚、神経、運動、摂食の各機能を関連付ける説明になる。
自然選択の説明では、ある形質を持つ個体の生存・繁殖の違いを考える。形質の遺伝性を仮定し、型 の頻度を 、繁殖への寄与を とすれば、次世代への寄与は となる。環境の下で有利な組合せが増えるという筋道であり、「追跡する必要を感じたので神経系を作った」という目的的な説明ではない。
顎の出現から全ての器官の発達が一方向に必然となったともいえない。濾過食、底生生活など異なる食性では、役立つ形態や運動が異なる。四つの指定語を挙げるだけでなく、情報の受容、移動、餌の処理の順で結べば、語の間の因果関係を確かめられる。
問2 原核生物の性質と動物の栄養共生
原核と真核の区別は、単に細胞が小さいかどうかではなく、膜で囲まれた核の有無に関わる。原核生物にも細胞膜、DNA、リボソームがあり、代謝とタンパク質合成を行う。細菌には一般にペプチドグリカンを持つ細胞壁があるが、古細菌に同じ壁を一律に当てはめることはできない。「原核生物は全て細菌である」「核がないからDNAもない」は、ともに誤りである。
セルロースはグルコースが -1,4結合で連なる多糖であり、分解にはその結合を切る酵素系が要る。反芻胃では、細菌などの微生物が植物由来の基質を利用し、分解物をさらに発酵する。宿主は酢酸、プロピオン酸、酪酸などを吸収して代謝へ使い、微生物は栄養と比較的安定した生息場所を得る。反芻胃では菌類や原生生物も寄与するので、全ての反応を一種類の細菌へ帰さない。
宿主が受け取るエネルギーは、主として吸収した発酵産物の化学エネルギーである。セルロースの炭素が全て宿主のグルコースへ直接戻るわけではなく、微生物の増殖や二酸化炭素、メタンなどへの流れもある。炭素収支を一般に と分ければ、共生の利益と物質の損失を同時に考えられる。
この例は宿主自身がセルラーゼの遺伝子を突然獲得したことを意味しない。宿主の酵素による消化と、別の生物の代謝を利用する栄養共生を区別するのが、設問に即した説明になる。
問3 土壌細菌から始まる腐食食物網
分解は、大きな有機分子を酵素で低分子へ変え、取り込んで代謝する過程を含む。そのうち有機態の窒素やリンなどを無機態へ戻す過程を無機化という。例えば有機態窒素から生じたアンモニウムは植物や他の微生物の栄養源となり、条件により硝化を受ける。分解と無機化は関係するが、同じ語ではない。取り込まれた窒素が微生物体内へ固定され、一時的に植物に利用されにくくなる場合もある。
生物体の炭素を量として追えば、分解による取り込み分は、微生物体に残る部分、呼吸で二酸化炭素となる部分、排出・残存する部分に分かれる。細菌を原生生物や線虫などが食べれば、微生物の有機物が次の栄養段階へ移る。この経路を含めて、遺骸を起点とする腐食食物網を説明できる。
物質とエネルギーには違いがある。窒素やリンなどの元素は形態を変えて再利用される一方、呼吸等に伴い化学エネルギーの一部は熱として散逸する。生態系内で熱をそのまま同じ化学エネルギーへ完全に戻すことはできない。「栄養素が循環するので、食物網のエネルギーも全量が循環する」という推論は成り立たない。
また分解速度は温度、水分、酸素、基質の性質などで変わる。全ての遺骸が直ちに分解されるとすると、有機物の蓄積や嫌気条件での遅い分解を説明できない。設問では細菌の役割を述べるが、菌類等の他の分解者を存在しないものとして扱う必要はない。
問4 サケ類を介した海と森林のつながり
生態系の境界は、物質が越えられない壁ではない。川を遡る魚は海で得た窒素やリンなどを河川へ運び、捕食者の移動がその一部を陸へ運ぶ。これは生態系間の物質の補助的な供給であり、森林の生産を森林内の落葉だけで説明しようとすると見落とす経路である。
森林内のある元素の量を とすれば、時間変化は で表せる。ヒグマによる魚体の持込みは流入の一部に当たり、排せつ物や残骸の分解が利用可能な化学形態を変える。分解そのものが元素を無から増やすのではない。植物に取り込まれた元素は、その植物を食べる動物へも移り得る。
同じ森林でも川からの距離、捕食者が運ぶ量、土壌条件により効果は異なる。海洋由来の寄与を調べるには、魚の残骸の分布や物質量、安定同位体比などの独立な情報が役立つが、魚がいることだけで森林内の全窒素の由来が確定するわけではない。
「ヒグマがサケを食べるので、物質はヒグマの体内で止まる」とすると、食べ残し、排せつ、捕食者自身の死後の分解が抜ける。一方、入った物質が全て同量だけ海へ戻る閉鎖した循環を仮定するのも不適切である。指定語を、持込み、他の消費者による利用、分解・吸収という経路の中に置いて説明する。
問5 抗生物質の影響を選択と物質移動で追う
耐性菌が増えるという説明には、変異が生じることと、その変異を持つ型の割合が変わることを分けて考える。耐性は突然変異や遺伝子の水平移動等で得られ得るが、「薬が必要な耐性変異だけを目的に応じて作る」とは説明しない。薬剤がある環境で耐性型が相対的に生き残りやすいと、既にある差が選択される。
例えば耐性型の頻度を 、耐性型と感受性型の相対的な増殖への寄与を とすれば、一回の選択後の頻度は となる。説明用の例として を置くと、 になる。耐性型の絶対数が何倍になったかではなく、全体に対する割合の計算である。薬剤がなく両型の寄与が等しければ、この一回の選択だけで頻度は変わらない。
外部への影響には、菌や遺伝子の移動と、薬剤そのものの移動がある。糞便を経て土壌へ入る経路は考えられるが、分解や吸着、希釈も起こるため、体内と土壌で同じ濃度が続くとは限らない。耐性遺伝子の検出だけで、その場の全細菌が耐性になったともいえない。
群集の変化が落葉・遺骸の分解や栄養素の供給を変えれば、植物や他の消費者へ影響が及び得る。ただし原題は薬剤量、菌種、土壌条件を与えていない。多様性が必ず一定割合減る、ある一種が必ず絶滅する、といった数値や結末を付け足さず、作用経路と条件を示す。
答案例
問1 顎の獲得を他の器官との関係で説明する
顎の獲得は餌を把持・処理する能力を広げ、食性の多様化に結び付いた。能動的な捕食を行う個体では、運動器官による移動と、それを感覚情報に応じて調節する中枢神経系が役立つ。捕食者と餌生物の追跡と逃避を通じた選択が、これらの能力の変化と相互に関係したと考えられる。
問2 原核生物の性質と動物の栄養共生
原核生物は膜で囲まれた核を持たず、細胞内の核様体に遺伝情報を保持する細胞性生物で、細菌と古細菌を含む。例えば反芻動物の消化管では微生物群集が植物のセルロースなどを分解・発酵し、酢酸等の短鎖脂肪酸を供給するため、宿主は植物質からエネルギーを得られる。
問3 土壌細菌から始まる腐食食物網
土壌細菌は動植物の遺骸に含まれる有機物を分解して利用し、一部を無機化して植物などが再利用できる栄養素へ戻す。また細菌自身も原生生物や土壌動物に食べられるため、遺骸の物質とエネルギーを腐食食物網へ渡す役割を持つ。
問4 サケ類を介した海と森林のつながり
海で成長したサケ類をヒグマが川から陸へ運んで食べると、残骸や排せつ物に含まれる海洋由来の物質が森林へ入る。残骸を利用するヒグマ以外の動物や、微生物による分解、植物による吸収を通じて森林内へ移り、海洋と森林の生態系をまたぐ物質循環に関わる。
問5 抗生物質の影響を選択と物質移動で追う
抗生物質にさらされた細菌群集では、感受性菌と耐性菌で生残・増殖が異なり、耐性菌や耐性遺伝子の割合が増えることがある。糞便とともに耐性菌・遺伝子や薬剤の残留分が放牧地へ出ると、周囲の微生物群集や分解・栄養循環を変え、植物や他の動物との関係を通じて生物多様性へ影響し得る。
第2問 — 動物の系統分類:有根系統樹、命名法と種の同定
動物の系統分類:有根系統樹、命名法と種の同定の途中式・最終答をPDFで見る第3問 — 藻類の系統と細胞:葉緑体の共生起源と機能
藻類の系統と細胞:葉緑体の共生起源と機能の途中式・最終答をPDFで見る第4問 — 種分化と種間競争:二次接触、なわばりと生殖隔離
種分化と種間競争:二次接触、なわばりと生殖隔離の途中式・最終答をPDFで見る第5問 — 分子進化と集団遺伝:同義変異、分離部位と塩基多様度
分子進化と集団遺伝:同義変異、分離部位と塩基多様度の途中式・最終答をPDFで見る年度別の解答例(6年度)
進化・生態:遺伝子の分化と群集の多様性 / 動物系統・命名:系統群の関係と学名の履歴 / 藻類・共生:酸素発生、三世代交代と葉緑体の由来
植物の命名・生殖隔離・寄主転換と外来種 / 動物の系統・体制・国際命名規約 / 真核生物の分類・藻類の構造・共生の復元
2025年度(このページ・解説5項目)
生物の進化と生態系:顎、共生、分解と抗生物質 / 動物の系統分類:有根系統樹、命名法と種の同定 / 藻類の系統と細胞:葉緑体の共生起源と機能
系統推定と集団内の遺伝的多様性 / 動物の系統・門の識別・学名の適格性 / 葉緑体の共生起源と藻類の分類
羊膜類・哺乳類の適応放散・植食・外来種 / 動物の系統樹・形態の識別・学名の組合せ / 葉緑体の統合・色素・二次共生・消失の証拠
種を単位にする理由・学名の同定・種数の地域差 / 十二群の系統樹・三動物門・トドの学名 / 一次植物の起源・色素・二次共生の痕跡
2025年度の出題内容
解説5項目
前年度(2024年度)との違い
- 大問数
- 2024年度 5問 → 2025年度 5問
北海道大学の公式過去問
- 公開年度範囲
- 2022〜2027年度の夏期問題、2027年度の出題意図と解答例
- 公式の解答例
- 一部の年度・科目のみ公開
- 院試hubの最終確認
- 2026-10-22