東大 理学系研究科 生物科学専攻 専門科目 2026年度 院試 過去問 解答例・解説(解説5項目)
解説5項目の分野は生物4項目です。解説は2問、途中式と最終答は大問1問ぶんを公開しています。PDFの収録範囲は商品ページで確認できます。資料不足により確定答案を収録していない箇所が1項目あります。各項目に対象の小問と収録範囲を記載しています。問題本文は含みません。
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第1問 — 分子生物学:遺伝子発現の段階とホルモン応答の実験
設問1 アクチンによる構造の分類
アクチンは球状の単量体Gアクチンが重合して繊維状のFアクチンを作る細胞骨格タンパク質である。繊維には極性があり、配列を束や網目に組み替えることで、収縮力の伝達と細胞膜の押し出しという異なる働きを担える。選択肢の構造名を覚える際にも、内部の繊維の種類と、繊維が働く仕組みを対応させる。
動物細胞の細胞質分裂では、膜の内側のFアクチンとミオシンIIから収縮環ができる。ミオシンのATP依存的な運動を介して環の周径が縮まり、分裂溝が深くなる。接着結合では隣り合う細胞のカドヘリンが結合し、その細胞質側がカテニンなどを介してFアクチンとつながる。アクチン自体が細胞の外まで伸びて隣の細胞を貫くわけではない。葉状仮足では、先端近くに分岐したアクチン網ができ、重合によって膜を前方へ押す。
重合による突出とミオシンによる収縮は別の力の作り方である。単一の繊維端へ一種類のヌクレオチド状態の単量体が可逆的に結合する単純化では、伸長速度は と書ける。 は一単量体あたりの長さ、 は結合頻度、 は解離頻度であり、 なら正の伸長になる。実際の細胞ではATP加水分解や調節因子が加わるので、この式だけで全動態は決まらないが、重合自体が突出へ寄与することを説明できる。
ほかの候補は別の細胞骨格と対応する。核ラミナはラミンという中間径フィラメント、デスモソームは中間径フィラメントへつながる接着装置である。繊毛の軸糸と中心体の中心小体は微小管からなる。したがって、接着に関わる名前だからデスモソームも選ぶ、あるいは突起だから繊毛も選ぶと、アクチン構造をそれぞれ一つ過剰に数える。アクチン・微小管・中間径フィラメントの三系統へ分類し直すと、選ぶ三つと除く四つを確かめられる。
設問2(1) 成熟miRNAの形と標的調節
非翻訳RNAは、タンパク質のアミノ酸配列を指定する鋳型としてではなく、RNA分子自身の構造や塩基対形成によって働くRNAである。miRNAの成熟した働き手は短い一本鎖で、標的との配列相補性が認識の手がかりになる。前駆体がヘアピン構造を持つことと、成熟してRISCへ入る一本鎖の形を混同しない。
RISC内のArgonauteはガイドRNAを保持し、ガイドと標的mRNAが対合できる位置を認識する。動物ではガイドの5′端近くのシード領域が認識に強く寄与し、全長が完全一致する必要はない。認識後には翻訳抑制やポリA鎖の短縮、脱キャップに続く分解が起こり得る。完全に近い相補性と切断に適した複合体の条件がそろえば、標的の切断が起こるが、動物のmiRNAの作用をすべて切断だけで説明しない。
mRNA量 とタンパク質量 を、合成・分解の単純な速度式 で表すと違いが見える。定常状態で 、 である。miRNAが翻訳効率 を下げれば、mRNA量が変わらなくても が減る。mRNAの分解率 を上げる場合には も も減る。これは各速度を一定とする近似であり、実際にどの段階が変わったかはRNAとタンパク質をそれぞれ測定して判断する。
例えば他の条件を固定して翻訳効率だけが半分になれば、定常タンパク質量は半分、mRNA量は同じである。転写後調節なのに「miRNAがDNAへ結合して転写を止める」と答えると、標的分子と調節段階を取り違える。また「mRNAが減らないのでmiRNAは働いていない」という判定も、この具体例では誤りになる。成熟体の長さ・一本鎖・mRNA認識と、その後の出力を分けて記す。
設問2(2) 前駆体からRISCへの成熟経路
動物の典型的なmiRNA生合成は、長い一次転写産物、ヘアピン前駆体、短い二本鎖、機能するガイド鎖という段階に分かれる。priは一次転写産物、preは成熟体になる前の前駆体を指す。両者は単に長さの違う成熟miRNAではなく、次にどの酵素へ渡されるかが違う。
核内のMicroprocessor複合体ではDroshaがヘアピンの基部近くを切り、約70塩基程度のpre-miRNAを切り出す。核外輸送には通常Exportin-5などが関わる。細胞質のDicerはヘアピンの二本鎖部分を切り、約22塩基の短い二本鎖を作る。さらにガイドとして残る鎖をArgonauteが保持し、もう一方の鎖を除いて標的へ向かう。細胞内区画を含めた流れは である。最初と次の切断を異なる酵素が担当するため、ヘアピンを段階的に短くし、標的認識に使う短い配列を作れる。
この順序は阻害実験の予測で確かめられる。典型経路でDroshaを抑えるとpri-miRNAが蓄積し、pre-miRNAと成熟体は減る。一方Dicerを抑えると、成熟体への変換が減ってpre-miRNAが蓄積しやすい。単一の検出法で「miRNA総量」だけを測るより、長さの異なる分子をノーザンブロットなどで分ける方が、止まった段階を区別できる。
Dicerが核内でpri-miRNAから直接RISCを作る、とすると、pre-miRNAへの切り出し、区画間輸送、タンパク質への装荷をすべて落としてしまう。また二本鎖の両鎖が一つのRISCに入って同時にガイドになるという説明も誤りで、典型的な機能単位は一本のガイド鎖を保持する複合体である。非典型経路の例外はあるが、本問のヒト細胞の標準的な説明では核内Droshaと細胞質Dicerの役割を順に答える。
設問2(3) 翻訳を担う非翻訳RNA
「非翻訳」は、そのRNA自身がタンパク質へ翻訳されないという意味である。翻訳という過程に参加しないという意味ではない。tRNAとrRNAはどちらも翻訳装置の働きに必要であり、RNA分子の立体構造と分子間相互作用が機能を作る。
tRNAはアンチコドンでmRNAのコドンを読み、3′端へ結合させたアミノ酸をリボソームへ運ぶ。対応するアミノアシルtRNA合成酵素が、ATPを使って適切なアミノ酸をtRNAへ結合させる。全体の反応は と書ける。この酵素による選別と、コドン・アンチコドンの対合を通じて、核酸の配列とアミノ酸の種類が対応する。tRNA自身を翻訳してアミノ酸ができるのではない。
rRNAはリボソームの構造を支えるだけでなく、mRNAとtRNAを適切に配置し、大サブユニットのペプチジルトランスフェラーゼ中心ではペプチド結合形成に直接関わる。RNAが触媒の中心を担う例であり、RNAを情報の受け渡しだけの分子と考えると、この役割が説明できない。真核細胞でもrRNAとリボソームタンパク質が集合して、大小のサブユニットを構成する。
mRNAをこの二つの一つに選ぶと、タンパク質をコードするRNAを非翻訳RNAの例としたことになる。逆に「tRNAは翻訳に使うから除く」とすると、非翻訳の定義を取り違える。例えばリボソームがtRNAのアンチコドンに対応するアミノ酸をつなぐことはあっても、tRNA全長の塩基配列をmRNAとして読み、tRNA由来のタンパク質を作るわけではない。対象RNAが何へ変換されるかでなく、RNAのままで何をするかを説明する。
設問3(1) 特定タンパク質の量を比較する実験
測りたい量は特定のタンパク質分子の蓄積量である。ウエスタンブロットでは、SDS-PAGEで主に分子量によって分離し、膜へ移した分子を抗体の抗原認識で選び出す。総タンパク質の量だけでは目的分子を区別できず、mRNAの量だけでは翻訳や分解の影響を含むタンパク質量を確定できない。この二つの区別が測定法を選ぶ理由になる。
比較には、細胞株、培養時間、回収時刻、抽出法をそろえ、ホルモンの溶媒だけを加えた対照を置く。抗体は目的タンパク質を認識することを、分子量やノックダウン試料などで確かめる。検出には背景があり、濃いバンドでは発光・画像が飽和するため、試料の希釈列で測定範囲を確認する必要がある。独立に培養した反復も用い、単一レーンの差をそのまま生物学的な効果としない。
背景を引いた強度 が分子数 に比例する範囲なら 、従って と比を求められる。例えば背景を引く前の値が対照30、処理50、背景10なら、正しい比は である。生の比 は、背景までタンパク質量に数えた誤りになる。さらに同じ抽出物量であることを次の設問の方法で確認する。
RT-qPCRだけを実施して「タンパク質が2倍」と答えるのも、目的量の取り違えである。mRNAが2倍でも、同時に翻訳効率が半分なら単純な定常モデルのタンパク質量は変わらない。またバンドが同じ濃さでも検出上限に達していれば差を見逃す。特異性、背景、直線性、試料量の四つを測定の条件として組み込む。
設問3(2) 試料量の違いを除く内部対照
ローディング対照は、目的タンパク質の変化以外の要因が各レーンでそろうかを調べるための基準である。細胞数、抽出量、分注量、膜への転写効率が違うと、タンパク質の発現が同じでもバンド強度が変わる。ハウスキーピングタンパク質という名前だけで常に一定と決めず、今回の処理と時間で安定な分子を選ぶ。
目的タンパク質の背景補正強度を 、内在性対照を とし、試料量の違いが共通の係数 として作用するなら 、 と表せる。 が一定で検出がともに線形であれば、比 により が消える。処理効果は で見積もる。ただし二つの分子が同じように抽出されること、対照自体が処理で変わらないことが条件である。
例えば目的バンドが対照10から処理20、内部対照も5から10へ増えた場合、目的/内部対照はどちらも2なので、目的分子が選択的に増えた証拠にはならない。試料を2倍入れただけでも同じ結果になる。反対に内部対照が両群5のままで目的が10から20なら、規格化後も2倍となる。抽出液の総タンパク質濃度を測り同じ量を載せることと、膜上の対照を測ることは、違う工程の確認として併用できる。
βアクチンを前問で広く発現する分子と認めても、ホルモン処理下で一定と無条件には言えない。対照が処理で半分になるのにそのまま割れば、変化していない標的を見かけ上2倍にする。安定な対照を選ぶ、総タンパク質染色で全体を見る、独立した細胞数・回収率を確認するという実験により、規格化の仮定自体を点検する。
設問4 DNA結合モチーフの働き
DNA結合モチーフは、DNAと接触するアミノ酸を一定の立体配置へ並べるタンパク質の構造上の特徴である。転写因子の名前や、認識するDNA配列そのものの名前とは区別する。塩基の化学基が露出する溝へ側鎖が入り、水素結合や静電相互作用などを通じて配列を選ぶ。
ヘリックス・ターン・ヘリックス型では、短いターンでつながった二つのαヘリックスのうち認識ヘリックスがDNAの主溝と接触する。もう一つのヘリックスなどがその向きを支える。ホメオドメインにも関連するヘリックスの配置がある。bZIP型では、ロイシンなどの疎水性残基を繰り返し持つヘリックスが二量体を作り、その隣の塩基性領域がDNAへ接触する。ジッパー部分の二量体化と、塩基性領域のDNA認識を分けて説明する。
精製したタンパク質 とDNA の単純な1対1平衡なら、、解離定数は である。自由タンパク質濃度を一定に保てば結合したDNAの割合は となる。認識する塩基を変えると側鎖との相互作用が変わり、同じタンパク質量でも結合割合が変わり得る。実際の二量体の組立てや協同性がある系では、この一段階の式をそのまま当てはめない。
DNAが負に帯電するから塩基性ならどの配列にも同じ強さで結合する、と説明すると配列特異性を落とす。また「ロイシンがDNAの塩基を読む」とすると、主に二量体化を担う部分とDNA接触部を取り違える。例えば なら結合割合は1/2だが、変異配列で が9倍になれば同じ濃度で1/10になる。構造は単なる形の分類ではなく、どのDNAをどの強さで認識するかへつながる。
設問5(1) 欠失比較から必要な領域を選ぶ
ある領域が応答に必要であるとは、その領域を取り除くと、他の条件をできるだけ保った系で応答が生じなくなるという意味である。必要性は「その領域さえあれば応答できる」という十分性とは違う。欠失実験では、DNAの長さだけでなく基礎転写や配置も変わる可能性があるので、比較の組を選ぶ。
原図では上流側のアを除いても、構築物\#2は\#1と同じようにDEX依存の増加を示す。次にイを除いた\#3ではDEXあり・なしがともに同じ統計群となり、誘導が消える。さらにイだけを内部で欠失した\#5でも誘導が失われる。これらの比較から、DEX応答の必要な情報をイへ絞れる。ウを失う\#4では基礎発現まで低下するため、この差だけをDEX特異的な制御領域の証拠として使わない。
応答は各構築物について 、または基礎発現が十分測れる場合の誘導比 として比較できる。基礎発現を別の構築物と混ぜて比を作ると、構築物間の基礎活性の違いまでDEX効果へ入る。図中の統計記号も読み、見た目で少し高い\#3を有意な誘導とは呼ばない。
例えば基礎値1から1.8への変化なら誘導比1.8、基礎値0.3から0.3なら1である。後者の絶対値が低いことだけを見て「DEX応答が強い」とは言えない。またイが必要という結果から「GRがイに直接結合する」と結論するのは推論が一段飛ぶ。イへ別の転写因子が結合する機構も残るため、次の設問群で十分性や直接結合を別に検査する。
設問5(2) 十分性を調べるレポーター
十分性は、調べる領域を別の制御の少ない背景へ移したとき、それだけの追加で目的の応答を与えられるかという性質である。今回の「それだけ」は、転写装置もプロモーターも不要という意味ではない。細胞HにGRや必要な補助因子が存在し、最小プロモーターが転写開始を担うという背景条件のもとで、イがDEX応答を与えるかを問う。
レポーターは、イと最小プロモーターとLucを連結したもの、同じ最小プロモーターとLucだけのものを比較する。両方についてDEX処理と溶媒対照を置き、導入効率を補正する別のレポーターも併用する。もとの応答する構築物を陽性対照にすれば、今回誘導が出なかった場合に処理や細胞の不調を区別できる。転写開始配列を全く持たないLucだけでは、応答領域としての能力を測れない可能性がある。
実験上の判定は、イを足した群の誘導比 が、背景だけの誘導比 より大きくなるかである。例えば仮想的に背景が1から1、イ付きが1から2へ増えれば、応答性を付け加えたと考えられる。背景が1から2、イ付きも1から2なら、DEX効果は背景に由来し、イの十分性の証拠にはならない。実験の成否は適切な反復と比較で確かめる。
イをもとの全上流領域へ戻して応答が回復することは、欠失の効果がイに由来するという確認にはなるが、他の上流領域も残っているので、イだけの十分性とは異なる。また、異種プロモーターで陰性になっても、元のプロモーターと協働する仕組みまでは否定できない。この実験で十分性を述べるときは、使った細胞とプロモーターの条件を添える。
設問5(3) 短い配列へ絞る変異走査
機能領域の絞り込みでは、長いDNAを大きく削って応答が失われたという結果を、より短い区間の操作へ分解する。段階的な末端短縮は境界の候補を見つけるのに向くが、削った長さに応じて領域とプロモーターの距離も変わる。配列そのものの機能を確かめるには、長さを保った置換走査を組み合わせると解釈しやすい。
例えばイを約30 bpごとの区間に分け、各区間だけを別の塩基配列へ置換し、残りは同じに保つ。必要な配列が区間の境界をまたぐと見逃すため、開始位置をずらした重複する区間も調べる。すべて同じ細胞、同じ導入量、同じDEX条件で測り、未変異構築物と陰性対照を併用する。変異によってLuc自体の配列や転写開始点を壊さない設計が必要である。
応答の喪失は、DEX処理後の絶対量だけでなく、各構築物内の誘導比で判定する。仮に野生型が1から2、候補変異が1から1なら、DEX応答を選択的に落とす候補となる。一方、変異が0.1から0.2なら絶対量は低くても誘導比2は保たれ、基礎転写や全体活性への影響をまず疑う。候補を元の配列へ戻して誘導が回復すれば、操作と表現型の対応を強められる。
30 bp削ったら発現が0になったので、その30 bpはGR結合配列だと断定するのは誤りである。必要な一般転写因子の結合を壊した可能性や、距離を変えた効果が残る。直接結合には次問の生化学的な検査が要る。また、30 bpという分解能で絞れたことと、実際の認識配列が30 bp全長であることも同じではない。さらに短い点変異でどの塩基が寄与するかを確かめられる。
設問5(4) 直接結合と配列特異性を分けて検査する
直接結合とは、別のタンパク質が間に入らなくてもGRとDNAが複合体を作れることである。配列特異的とは、DNAならどれでも同じように結合するのではなく、特定の塩基配列を選ぶことである。この二点を同じ実験系で問うため、精製GRと既知配列のDNAだけから再構成した結合反応を使う。GRの折り畳み、亜鉛結合、必要ならリガンドなど、結合能を保つ条件を用いる。
EMSAは非変性電気泳動で、遊離DNAとタンパク質が結合したDNAの移動度の違いを見る方法である。標識DNAのみの対照では速いバンド、GRを加えた群では遅いバンドが現れると予測する。既知のGR認識配列を陽性対照にすれば、候補DNAが陰性のときGR試料の失活を区別できる。核抽出液だけを使うと他のDNA結合因子が混ざるため、シフトだけではGRの直接性を確定できない。
競合の考え方は に、未標識の競合DNA を加えて も作ることである。同じ高親和性配列なら有限量のGRを奪い、標識した が減る。認識部位を壊した競合配列は結合しにくいので、同じ濃度を加えてもシフトを減らしにくい。標識DNAの変異との両方向の比較を行うと、単に競合試料の量が違った結果という説明を除きやすい。
ChIPでGRと同じDNA断片が回収されたというだけでは、GRが別の転写因子へ結合して一緒に架橋された可能性が残る。また、野生型も変異型も同じ濃度で同程度に競合するなら、そのデータから配列特異性を主張できない。結合するか、結合した分子がGRか、配列を変えると結合が変わるかという三点を、精製系と対照から確かめる。
設問5(5) 直接DNAへ触れないGRの二つの機構
転写制御では、DNAへ結合する因子と、その因子へ結合して働く因子を分けられる。転写因子Bが応答領域を認識しても、Bだけでは十分な転写活性化を起こせず、活性化GRの存在を必要とする仕組みは成り立つ。「GRが必要」と「GRがDNAへ直接結合する」は同じ命題ではない。
第一の機構では、BがDNA上の足場になり、GRはBとの会合を介してその近傍へ来る。DEXがないとGRの活性化部位が働かず、転写は基礎値に留まる。DEXがあるとGRが補助因子や転写装置との相互作用を促し、Bが結合する遺伝子Aの転写を増やす。予測として、GRとBの相互作用面だけを壊すと、BのDNA結合量が保たれていても誘導が失われ得る。
第二の機構では時間順序が異なる。GRが別の場所でBをコードする遺伝子を誘導し、そのmRNAとタンパク質が増えた後にBが遺伝子Aを活性化する。単純なモデルで 、 と書けば、GR活性 はAの式へ直接入らなくても、Bを介してAを増やせる。Bの誘導を必要とするなら新規タンパク質合成を止めると応答が低下し、Bの量と応答の時間差も観察対象になる。ただし合成阻害は広い影響を持つため、その結果一つだけで機構を確定しない。
例えば第一の機構ではBの量が変わらないままAが増え得るが、第二の機構ではB増加が前提となる。この違いをB量の時間変化や相互作用変異で調べられる。二つの機構をともに「GRがBを活性化する」とだけ書くと、どの分子間反応が違うかが消えてしまう。またGRとBがどちらも必要な条件なのに、BなしでGR単独が領域イへ結合して誘導する図を描くのは、設問の仮定に反する。
設問6(1) 同じ抑制を起こす濃度の比較
濃度依存の阻害曲線には、効果がどれだけ深くなるかという最大抑制と、どの濃度でその効果へ達するかという効力の違いがある。本問の二曲線は、ほぼ同じ上限から基礎値付近まで下がるため、同程度の抑制を起こす横軸の濃度で比べる。横軸は対数であり、等しい距離が等しい濃度差を意味するわけではない。
Dの曲線はCより左側にあり、中間の同じ発現量を読むと必要濃度が低い。したがって、この細胞、DEX濃度、培養時間、Luc測定という条件ではDの方が低濃度で働く。図の最低濃度で両者がほぼ同じ値でも、薬が十分低濃度でまだ効果を示していないだけなので、そこだけを比較しない。
例えば上下限を と とする一段階の経験的な曲線は と書ける。この式では で発現量が上下限の中間になる。基礎値を1、上限を1.8とすれば中間は1.4であり、1.8の半分の0.9ではない。原図のように基礎発現が残る場合、総発現量の半分と誘導成分の半分を区別する。式は単純な単調曲線のモデルで、原図の全機構を決めるものではない。
同じ横軸の位置でDが低いことは阻害の比較になるが、それだけでDがGRに強く結合するとは断定できない。細胞への取り込み、代謝、別経路への作用でも曲線はずれる。またCとDの最終値が同じ図から「Dの最大抑制が必ず大きい」とは言えない。答える範囲は、この測定条件で同等の抑制を得る濃度が低いという比較である。
設問6(2) GRを介さない作用への対照
測定される発光量は、GRによる転写だけで決まらない。LucのmRNA量、翻訳、酵素の安定性、発光反応の活性、細胞の生存数がすべて影響する。化合物がGRへ結合するという仮説を調べる前に、GRを必要としない経路でも同じ測定値が下がるかを対照実験で分ける。
GR応答領域を持たない構成的プロモーターへ同じLucを連結すれば、GRを介する転写調節を外しながらLuc以後の過程を残せる。化合物と溶媒の対照を置き、同じ時間に生細胞数と発光を測る。独立な別レポーターも併用すれば、Lucだけへの影響か、タンパク質合成など全般への影響かを比較できる。構成的プロモーター自体が化合物へ応答しないかも、mRNA量や複数の対照で確認する。
発光信号を単純化して と書くと、生細胞数 、1細胞あたりの酵素量 、酵素あたりの測定活性 のどれが下がっても は低下する。例えば細胞数が半分になっただけなら、総発光は半分でも1細胞あたりは変わらない。抽出後の試料へ化合物を加えて発光が直ちに半減するなら、転写を変える時間がなくても起こるLuc反応への直接作用が疑われる。こうした対照はGRとの相互作用を測る実験と役割が異なる。
GR欠損細胞で元の誘導レポーターを使い、初めからほぼ誘導がないため薬の効果も見えない、という結果だけではGR非依存作用を除けない。低い基礎信号に下がる余地が少ないためである。構成的Lucが正常でも、別のGR経路因子への作用までは除かれないので、GRへの直接結合を主張するには受容体との結合実験などが別に必要である。対照が何を除き、何を残すかを明示する。
参照した原著と方法
miRNAの核内切断はLeeほか(2003, Nature, doi:10.1038/nature01957)、配列特異的結合の検査はHellman・Fried(2007, Nature Protocols, doi:10.1038/nprot.2007.249)、総タンパク質による規格化はAldridgeほか(2008, Journal of Neuroscience Methods, PMID:18571732)を確認した。これらは原理の確認に用いた文献であり、本試験の公式解答ではない。
解答
設問2(1) 成熟miRNAの形と標的調節
miRNAは通常約22塩基からなる短い一本鎖RNAである。Argonauteを含むRISCへ取り込まれ、標的mRNAの相補的配列へ結合して、翻訳を抑え、脱アデニル化や分解を促す。十分な相補性があり切断活性を持つArgonauteを用いる場合には、標的RNAの切断も起こる。
設問2(2) 前駆体からRISCへの成熟経路
核内で転写されたpri-miRNAはDroshaとDGCR8を含む複合体によって切り出され、ヘアピン状のpre-miRNAになる。pre-miRNAは細胞質へ輸送され、Dicerによって短い二本鎖RNAへ切断される。その一方の鎖がArgonauteを含むRISC複合体へ取り込まれ、標的mRNAの認識と抑制を導く。
設問3(1) 特定タンパク質の量を比較する実験
同じ条件で培養した肝細胞をホルモン処理群と溶媒対照群に分け、同じ時間にタンパク質を抽出する。SDS-PAGEで分離して膜へ転写し、目的タンパク質に特異的な抗体でウエスタンブロットを行う。検出が飽和しない範囲で対応するバンド強度を定量し、処理前後を比較する。
設問3(2) 試料量の違いを除く内部対照
同じ抽出試料について、ホルモン処理で量が変わらないと確認した内在性タンパク質も抗体で検出する。例えばβアクチンなどのバンド強度を比較し、目的タンパク質の強度をその強度で規格化する。総タンパク質の染色も併用して、各レーンの負荷量と転写量を確かめる。
設問5(1) 欠失比較から必要な領域を選ぶ
領域イ。領域イを含む構築物ではDEXによる有意な誘導があるが、イを除くと誘導が失われる。上流を短縮した比較に加え、内部欠失でも同じ傾向になるため、イがDEX応答に必要と判断する。
設問5(2) 十分性を調べるレポーター
領域イだけを最小プロモーターの上流に連結したLucレポーターを作り、細胞HでDEXあり・なしの発現を比較する。イを含まない最小プロモーターだけの対照も置き、イの追加によってDEX依存の誘導が得られるかを調べる。
設問5(3) 短い配列へ絞る変異走査
領域イについて段階的な短縮を行い、また約30 bpずつの重複する内部欠失または置換変異を導入したレポーター群を作る。各構築物でDEXあり・なしのLuc発現を比べ、基礎転写を大きく損なわずDEX誘導を失わせる区間を調べる。候補区間は野生型配列への復帰でも確認する。
設問5(4) 直接結合と配列特異性を分けて検査する
候補配列の標識二本鎖DNAと精製GRを用いてEMSAを行い、GR添加によるDNAバンドの移動度低下を調べる。未標識の同じ配列を過剰に加えると移動度の低いバンドが減り、候補部位を変異させた配列では競合しにくいことを確かめる。変異させた標識DNAでも結合が低下するかを比較し、GRの直接的・配列特異的な結合を検証する。
設問5(5) 直接DNAへ触れないGRの二つの機構
一つは、領域イへ結合した転写因子Bに、DEXで活性化したGRがタンパク質間相互作用で会合し、共役活性化因子や転写装置を呼び込む機構である。
もう一つは、活性化GRが別の遺伝子座でBの発現を促し、増加したBが領域イへ結合して遺伝子Aの転写を促す間接的なカスケードである。いずれもGRとBの両方が誘導に必要だが、GR自身が領域イへ直接結合する必要はない。
設問6(1) 同じ抑制を起こす濃度の比較
化合物D。同じ程度のLuc発現抑制を、化合物Cより低い濃度で起こすためである。
設問6(2) GRを介さない作用への対照
GRに依存しない構成的プロモーターで同じLucを発現させた細胞を用意し、CまたはDを加えたときの発光量を調べる。細胞数・生存性と、別のレポーターも同時に確認する。さらにLucを含む抽出液へ化合物を直接加え、Luc酵素や発光反応そのものを阻害するかを検査する。
最終答
収縮環、接着結合、葉状仮足。
転移RNA(tRNA)、リボソームRNA(rRNA)。
ヘリックス・ターン・ヘリックス型、塩基性ロイシンジッパー(bZIP)型。
第2問 — 分子生物学:配列決定の原理と反復配列の解析
分子生物学:配列決定の原理と反復配列の解析の途中式・最終答をPDFで見る第3問 — 細胞生物学:細胞内輸送と増殖・細胞死の制御
細胞生物学:細胞内輸送と増殖・細胞死の制御の途中式・最終答をPDFで見る第4問 — 遺伝学:性決定と親由来の効果、性特異的領域の探索
遺伝学:性決定と親由来の効果、性特異的領域の探索の途中式・最終答をPDFで見る第5問 — 専門分野別選択:酵素・発生・植物・人類進化・擬態
一部の確定答案なし
第5問小問5は導入に(1)〜(4)とありますが、公式公開PDFの実掲載は(1)〜(3)です。(4)の内容や答えは推測していません。掲載された3設問と他の問題の解答は収録しています。
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年度別の解答例(6年度)
2026年度(このページ・解説5項目)
分子生物学:遺伝子発現の段階とホルモン応答の実験 / 分子生物学:配列決定の原理と反復配列の解析 / 細胞生物学:細胞内輸送と増殖・細胞死の制御
分子生物学:転写因子の修飾と発生時の神経再構成 / 分子生物学・生化学:tRNA合成の特異性と校正 / 細胞生物学:核輸送と核膜の動態
分子生物学:複製の正確性と細胞系譜の追跡 / 細胞生物学:微小管と膜上の局所パターン / 生化学:膜輸送の自由エネルギーと精製
分子生物学:クロマチンと転写因子の条件依存性 / 細胞生物学:増殖・酸素供給・ATPの収支 / タンパク質の構造と非酵素的な卵膜の溶解
DNAの電気泳動・制限酵素地図と複製フォーク / 神経分泌と速い・遅い受容体応答 / アミノ酸の化学・DNA結合とSDS-PAGE
ゲノム・RNAと分化の発現制御 / 細胞骨格と分岐したアクチンの重合 / タンパク質の精製と自己リン酸化
2026年度の出題内容
解説5項目
前年度(2025年度)との違い
- 大問数
- 2025年度 5問 → 2026年度 5問
東京大学の公式過去問
- 公開年度範囲
- 2015〜2020・2023〜2026(公開筆記問題)
- 公式の解答例
- 解答例の掲載なし
- 英語の扱い
- ここでは専門科目の過去問を扱う。英語の受験方法は当該年度の募集要項で確認。
- 院試hubの最終確認
- 2026-10-20