設問1 P−1AP の計算
相似変換の意味
B=P−1AP は、A が表す一次変換を、P の列 p1,p2,p3 を基底として表し直した行列である。AP=PB を列ごとに読むと、B の第 j 列は Apj を基底 p1,p2,p3 で展開したときの係数になる。本問では
Ap1=(α+β)p1,Ap2=p1+αp2,Ap3=p2+(α−β)p3
が成り立つ。たとえば Ap2=(1,α+1,α)T は p1+αp2=(1,1,0)T+(0,α,α)T に等しい。この見方を使うと、逆行列を求めずに B が読み取れ、同時に p1 が固有値 α+β の固有ベクトルであることも分かる。
P−1 の求め方
L は対角成分より下に1つずれた位置だけに1を持つ行列で、L2 は2つずれた位置 (3,1) に1を持ち、L3=O となる。べき零行列 L に対しては、等比級数と同じ形の (I+L)−1=I−L+L2−⋯ が有限項で終わる。行基本変形で [P∣I] を [I∣P−1] に変形しても同じ結果になる。
検算の仕方
最も確実なのは AP=PB を直接比べることである。PB の各列は (α+β)p1、p1+αp2、p2+(α−β)p3 で、上の Apj と一致する。補助的に、相似変換で変わらない量も比べられる。トレースは trA=(α+β−1)+α+(α−β+1)=3α=trB、行列式は α=2、β=1 の場合に detA=6=detB=3⋅2⋅1 となる。
逆行列の1成分を落とした場合
P−1 の (3,1) 成分を落として Q=1−1001−1001 とすると、QAP=α+β0−α−β1α−101α−β となり、三角行列にならない。困ったことに、この誤った結果もトレースは 3α のままなので、トレースだけの検算では見逃す。PQ を計算すると (3,1) 成分が −1 となって I にならないことから、PP−1=I の確認が必要だと分かる。
設問2 固有値
三角行列 T の行列式は対角成分の積である。第1列で余因子展開すると、0でないのは (1,1) 成分だけなので detT=t11detT′(T′ は右下の小行列)となり、これを繰り返せばよい。λI−B も上三角行列なので、固有多項式が因数分解された形で手に入る。
固有多項式が相似変換で変わらないことは、解答の1行目の等式と det(P−1)detP=det(P−1P)=1 から従う。固有値は固有多項式の根なので、A の固有値は B の対角成分として読み取れる。ただし固有ベクトルは変わり、B の固有ベクトル v に対して A の固有ベクトルは Pv である。たとえば B の固有値 α+β の固有ベクトル e1 は、A では Pe1=p1=(1,1,0)T になる。
和と積による確かめ
固有値の和は 3α で trA と一致し、積は α(α2−β2) で detA と一致するはずである。α=1、β=1 では A=110110011 で、第3行で展開すると detA=1⋅(1⋅1−1⋅1)=0 となり、1⋅(1−1)=0 と合う。
対角成分を固有値と読む誤り
A の対角成分 α+β−1, α, α−β+1 を固有値と答えてしまう誤りがある。これらの和も 3α になるのでトレースでは見分けられないが、α=2、β=1 では対角成分が 2,2,2 であるのに対し、正しい固有値は 3,2,1 である。A は三角行列ではないので、対角成分と固有値は一般に一致しない。det(λI−A) を元の A のまま展開する方法も誤りではないが、β を含む成分が多く、符号の誤りが入りやすい。設問1の結果を使うのが、この問題の流れに沿った解き方である。
設問3 対角化可能であるための条件
対角化可能性の判定基準
n 次正方行列 A が対角化可能であることは、A の固有ベクトルからなる基底が存在することと同値である。P−1AP=Λ を列ごとに読むと Aqj=λjqj となるからである。これは次のようにも言い換えられる。各固有値 λ について、固有空間の次元 3−rank(A−λI)(幾何的重複度)が固有多項式の根としての重複度(代数的重複度)に等しい。
相異なる固有値の固有ベクトルが一次独立であることは、次のように示せる。λ1,λ2,λ3 が相異なり c1v1+c2v2+c3v3=0 とする。A−λ3I を掛けると c1(λ1−λ3)v1+c2(λ2−λ3)v2=0、さらに A−λ2I を掛けると c1(λ1−λ3)(λ1−λ2)v1=0 となる。v1=0 と固有値が相異なることから c1=0、同様にして c2=c3=0 が出る。
β=0 での別の示し方
幾何的重複度で確かめることもできる。β=0 のとき rank(A−αI)=rank(P(B−αI)P−1)=rankN=2 なので、固有値 α の固有空間は 3−2=1 次元しかない。代数的重複度3に届かないので、固有ベクトルの基底は作れない。
α が条件に現れない理由
A−αI=β−1β1−β10β−1011−β は α を含まない。A=αI+Mβ と書けば、Q−1AQ=αI+Q−1MβQ なので、A が対角化可能であることと Mβ が対角化可能であることは同値になる。単位行列の定数倍を足しても対角化可能性は変わらないため、答えに α は入らない。
固有ベクトルの具体形
β>0 のとき、B の固有ベクトルは固有値 α+β, α, α−β の順に (1,0,0)T、(1,−β,0)T、(1,−2β,2β2)T である。たとえば (B−αI)(1,−β,0)T=(β−β,0,0)T=0 となる。P を掛けると A の固有ベクトル
(1,1,0)T,(1,1−β,−β)T,(1,1−2β,2β2−2β)T
が得られる。β→0 で3本とも (1,1,0)T に近づき、一次独立性が失われることが見て取れる。
重複度だけで判断する誤り
「β=0 のとき固有値が重なるから対角化できない」と書くだけでは証明にならない。αI は固有値 α が3重でも対角行列そのものである。重なった固有値に対して、A=αI(本問では N=O)を示して初めて結論が出る。
逆向きの誤りとして、正則性と対角化可能性を混同し、「α=±β かつ α=0」のような条件を書く答案がある。α=β=1 では固有値が 2,1,0 で、A は正則でないが固有値が相異なるので対角化可能である。
設問4 Nn の計算
N は基底を e3→e2→e1→0 と1つずつずらす写像で、べき零行列と呼ばれる。成分で書くと Nik=1 となるのは k=i+1 のときだけなので、
(N2)ij=k∑NikNkj=1⟺j=i+2
となり、(1,3) 成分だけが1になる。同じ計算を続けると (Nm)ij=1⟺j=i+m で、m≥3 では 1≤i,j≤3 の範囲にそのような組が無いので Nm=O である。
ケーリー・ハミルトンの定理からも同じ結論が出る。N は対角成分が0の上三角行列なので固有多項式は λ3 で、N3=O が成り立つ。一般に、対角成分が0の k 次上三角行列は k 乗で零行列になる。
設問5とのつながり
β=0 では設問1の結果が B=αI+N となる。これは固有値 α の3次のジョルダン細胞で、p3,p2,p1 は (A−αI)p3=p2、(A−αI)p2=p1、(A−αI)p1=0 という鎖を作る。N3=O のおかげで、(αI+N)n の二項展開は N2 の項で打ち切られる。
答えの書き漏れと位置の誤り
問題は n≥2 を指定しているので、n=2 の N2=O と n≥3 の Nn=O を分けて答える。「n≥2 で Nn=O」とすると n=2 が誤りになる。また、N2 の1を (3,1) 成分に置く答案は、N の転置 NT の2乗を計算している。N2e3=e1 という列の動きで確かめれば、1が第1行第3列にあることが分かる。
設問5 β=0 での An
二項定理に可換性が要る理由
行列 X,Y について (X+Y)2=X2+XY+YX+Y2 であり、これが X2+2XY+Y2 に等しいのは XY=YX のときに限る。一般の n でも、可換なら積の順序を並べ替えて (X+Y)n=∑k(kn)Xn−kYk とまとめられる。αI はどの行列とも可換なので、(αI+N)n に二項定理が使える。さらに N3=O によって和は3項で止まる。結果の行列は、対角線上に αn、1つ上に nαn−1、2つ上に (2n)αn−2 が並ぶ。これがジョルダン細胞のべき乗の一般形で、k 番目の上の対角線に (kn)αn−k が並ぶ。
P を使わない別解
ケーリー・ハミルトンの定理を A に使う方法もある。β=0 では A の固有多項式が (λ−α)3 なので、M=A−αI とおくと M3=O である。A=αI+M に二項定理を使えば
An=αnI+nαn−1M+2n(n−1)αn−2M2,M=−10110−1011,M2=110−1−10110
となる。成分ごとに足すと、解答の行列とすべて一致する。たとえば (1,1) 成分は αn−nαn−1+(2n)αn−2=a−b+c である。この形は「An は I,M,M2 の一次結合」という構造も見せている。
特殊な値での確かめ
n=1 を形式的に代入すると c=0、b=1、a=α で、α−1011α−101α+1 となり、β=0 の A そのものに戻る。トレースは (a−b+c)+(a−c)+(a+b)=3a=3αn で、固有値 α が3重であることと合う。α=1、n=2 では a=1、b=2、c=1 から A2=01210−2133 となる。A=00111−1012 を実際に2乗すると、第2行は (0,1,1)+(1,−1,2)=(1,0,3) となり一致する。α=0 なら A=M で、A2=M2=O、A3=O である。SymPyで n=2,…,7 の An を直接計算した結果も、解答の式と一致した。
起こりやすい誤り
N2 の項を落として (αI+N)n=αnI+nαn−1N とすると、(1,3) 成分が 0 になる。α=1、n=2 なら正しくは 1 なので、上の直接計算と比べれば分かる。
もう一つは相似変換の向きの取り違えで、An=P−1(αI+N)nP と書く誤りである。B=P−1AP から A を表すと A=PBP−1 であり、P と P−1 の位置が逆になる。n=1 を代入して A に戻るかを確かめれば、この誤りは見つかる。α が負や0の場合も式は同じで、αn−2 の扱いだけを書き添えればよい。
解答
設問1 P−1AP の計算
P=I+L、L=010001000 と書くと L3=O なので、(I+L)(I−L+L2)=I+L3=I より
P−1=I−L+L2=1−1101−1001.
P の列ベクトルを p1=(1,1,0)T、p2=(0,1,1)T、p3=(0,0,1)T とする。A の列を足し合わせて
Ap1=α+βα+β0,Ap2=1α+1α,Ap3=01α−β+1.
P−1 を (u,v,w)T に掛けると (u, v−u, w−v+u)T になるので、
P−1AP=α+β001α001α−β.
設問2 固有値
B=P−1AP とおくと
det(λI−B)=det(P−1(λI−A)P)=det(P−1)det(λI−A)detP=det(λI−A)
なので、A と B の固有多項式は等しい。B は上三角行列だから
det(λI−A)=det(λI−B)=(λ−(α+β))(λ−α)(λ−(α−β)).
設問3 対角化可能であるための条件
β≥0 なので、β>0 と β=0 に分けて調べる。
β>0 のとき、固有値 α+β>α>α−β は相異なる。相異なる固有値に属する固有ベクトルは一次独立なので、A は一次独立な3個の固有ベクトルを持ち、対角化可能である。
β=0 のとき、B=P−1AP=αI+N で、固有値は α のみ(3重)である。仮に A が対角化可能で A=QΛQ−1(Λ は対角行列)と書けたとすると、Λ の対角成分は A の固有値なのですべて α、つまり Λ=αI であり、A=Q(αI)Q−1=αI となる。すると B=P−1(αI)P=αI となるが、実際は B−αI=N=O なので矛盾する。よって対角化できない。
以上より、条件に α は関係しない。
設問4 Nn の計算
標準基底を e1,e2,e3 とすると、N の列から Ne1=0、Ne2=e1、Ne3=e2 である。よって
N2e1=0,N2e2=Ne1=0,N2e3=Ne2=e1,
すなわち N2 は第3列だけが e1 の行列である。さらに N3ej=N(N2ej) は j=3 でも Ne1=0 なので N3=O。n≥3 では Nn=Nn−3N3=O となる。
設問5 β=0 での An
β=0 のとき、設問1より P−1AP=αI+N なので A=P(αI+N)P−1 である。間の P−1P=I が消えるので
An=P(αI+N)nP−1.
αI と N は可換だから二項定理が使え、設問4の Nk=O (k≥3) より、n≥2 で
(αI+N)n=αnI+nαn−1N+2n(n−1)αn−2N2=a00ba0cba,
ただし a=αn、b=nαn−1、c=2n(n−1)αn−2 とおいた(α=0、n=2 では α0=1 と読む)。左から P を掛けると
Pa00ba0cba=aa0ba+bacb+ca+b.
行ベクトル (u,v,w) に右から P−1 を掛けると (u−v+w, v−w, w) になるので、
An=a−b+ccbb−ca−c−bcb+ca+b.
最終答
設問1 P−1AP の計算
P−1AP=α+β001α001α−β
設問2 固有値
固有値は α+β, α, α−β。β>0 なら3つは相異なり、β=0 なら α が3重の固有値となる。
設問3 対角化可能であるための条件
A が対角化可能 ⟺ β>0(α は任意の実数でよい)。
設問4 Nn の計算
N2=000000100、n≥3 では Nn=O。
設問5 β=0 での An
n≥2 のとき
An=2αn−22α2−2nα+n(n−1)n(n−1)2nα2nα−n(n−1)2α2−n(n−1)−2nαn(n−1)2nα+n(n−1)2α2+2nα.
α=0 のときは αn−2 を n=2 で 1 と読み、A2=110−1−10110、n≥3 で An=O である。