阪大 基礎工学研究科 物質創成専攻 物性物理科学II 2026年度 院試 過去問 解答例・解説(解説3項目)
解説3項目の分野は物性物理2項目、熱・統計力学1項目です。解説は1問、途中式と最終答は大問1問ぶんを公開しています。PDFの収録範囲は商品ページで確認できます。問題本文は含みません。
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第1問 — 統計力学:サイトへの分子吸着とラングミュアの吸着等温式
[1] 吸着している分子全体の状態の数
使う知識は二項係数である。 個から 個を順序なしで選ぶ方法の数は、順序まで区別して選ぶ 通りを、選んだ 個の並べ替え 通りで割って得られる。同種の分子を入れ替えても同じ状態なので、この割り算が要る。本問の「各サイトには分子が1つ吸着するか、まったく吸着しない」という条件が、重複を許さない同種粒子の配置問題と読む合図になる。
で確かめる。分子が入るサイトの組は の6通りで、 と一致する。 と はどちらも で、全部が空の状態も全部が埋まった状態も1通りしかない。 は、分子と空きサイトの役割を入れ替えても数が変わらないことの表れであり、 は で最大になる。 ではスターリングの近似 から、 として となる。[4]で現れる被覆率が、この混合エントロピーの形で効いてくる。
誤りの例を2つ挙げる。空きサイト側の並べ替え で割り忘れて とすると、 で12となり、実際の6の2倍になる。同じサイトに何個でも入れる場合の を使うと8となり、これも「1サイトに1個まで」の条件に反する。
[2] 個吸着したときの分配関数
正準分配関数は、粒子数 を固定した系のすべての状態 について を取った量で、自由エネルギーと で結び付く。本問は を固定した問いなので、状態の和は[1]で数えた配置についての和になる。内部自由度と相互作用を無視する条件があるため、1個の吸着が与える因子は だけで、 個なら 乗である。吸着で表面のエネルギーが下がるので であり、ボルツマン因子は1より大きい。吸着が有利になる向きである。
確かめとして、 を見る。これは に を入れた形に一致する。高温極限 では となり、 とエネルギーの差が消えて配置の数だけが残る。低温では指数因子が大きく、 の大きい状態ほど が増える。指数の中の は無次元である。問題は の値を与えていないので、規模の目安として 、 とおくと になる。
間違いやすいのは符号である。 と書くと、吸着でエネルギーが 上がる表面を扱ったことになる。この誤りは[7]まで残り、上の例の条件で窒素の圧力を としたときの被覆率が、正しい の代わりに になる。吸着がほとんど起きない結果になるので、符号の誤りに気づける。
[3] 大分配関数
大分配関数は、粒子数 の揺らぐ系で と定義される。温度 、化学ポテンシャル の浴に接した系では、状態 の確率が で与えられ、 はその規格化定数である。本問は「吸着していない分子と平衡」「吸着している分子の化学ポテンシャルを とする」と書いているので、気相が粒子浴の役を果たす。分子数 を固定する正準分布では の平均が求まらないため、[3]で大分配関数に移る。
ここで が 乗の形になる理由を、1サイトの側から確かめられる。1つのサイトの状態は「空」(重み )と「占有」(重み )の2つだけで、1サイトの大分配関数は である。サイトどうしの相互作用がないので、全体の は各サイトの積 になり、二項定理から得た式と一致する。極限では、 で (すべて空の状態だけが残る)、 で となる。数値の例として 、、 とすると で、1サイトあたり である。
を落として と書くと、同じ条件で1サイトあたり となり、上の から大きく外れる。分子数を固定した正準分配関数の和を、化学ポテンシャルの重みなしで取ったことが原因である。
[4] 吸着した分子の数の期待値
大分配関数からの平均は、 と書けるので、 になる。これは ( は大ポテンシャル)という熱力学の関係と同じものである。得られた式は、準位のエネルギーが の1サイトに入る粒子数のフェルミ分布の形をしている。各サイトには最大1個という条件が、パウリの排他原理と同じ効果をもつためである。1サイトの占有確率 を 倍しても同じ結果になる。
極限で形を確かめる。 のとき指数が なので である。 では なら 、 なら の階段になる。吸着が少ない側()では と、 について指数的に増える。数の揺らぎは ()で、飽和に近いほど小さい。
指数の符号を逆にして と書く誤りは、 を上げる(気体の圧力を上げる)と吸着量が減る式を与えてしまう。、、 では、正しい被覆率 の代わりに が出る。圧力が上がっても吸着が増えないという矛盾が、符号の点検になる。
[5] 理想気体の分配関数 とヘルムホルツの自由エネルギー
は1分子の並進運動だけの分配関数である。位相空間の体積を で割って数える古典近似では となり、問題の与式と一致する。 は分子の熱的ド・ブロイ波長である。区別できる 個の分子なら分配関数は積 だが、同種分子は入れ替えても状態が変わらないので で割る。割り算が成り立つのは、同じ1粒子状態に2個の分子が入る確率を無視できる希薄な気体のときで、条件は である。
確かめとして、 は と を同時に2倍にしても が変わらず、 がちょうど2倍になる(示量的)。体積微分から が出て、理想気体の状態方程式に戻る。
を落とすと となる。 と を2倍にしても は2倍にならず、同じ気体を仕切りで分けて混ぜたときに自由エネルギーが変わってしまう(ギブスのパラドックス)。この誤りは[6]で が と の関数にならない形で現れる。
[6] 理想気体の化学ポテンシャル
化学ポテンシャルは、温度と体積を一定に保って分子を1個加えたときの自由エネルギーの増分で、平衡では接する2相で等しくなる量である。 が に比例して現れるため、 から を出すと は との比 の形でしか残らず、 が と の関数に書ける。これは を入れた[5]の結果である。 の次元は で、対数の中身は無次元になっている。
数値で規模を確かめる。窒素分子(質量 )の での熱的波長は で、 である。 のとき 、したがって となる。値が負で絶対値が大きいのは、分子の占める体積に比べて空間が広い希薄な気体で、1分子を加えるときに並進のエントロピーが大きく増えるからである。 は圧力とともに対数的に上がり、温度が上がると が小さくなって下がる。
[5]で を落としていた場合は となり、 の容器に入れた窒素で になる。正しい値 との差は で、しかも容器の体積に依存する。圧力と温度だけで決まるはずの量が に依存することが、誤りを見つける手がかりになる。
[7] 被覆率 の 依存性
平衡の条件は、全分子数 が一定のもとで、自由エネルギー が最小になることである。 を代入して で微分すると 、すなわち になる。この等式で、[4]の を、気体側から決まる[6]の に置き換える。 は圧力の次元をもち、 になる圧力である。次元は で合う。
被覆率の形を極限で確かめる。 では と圧力に比例し(ヘンリーの法則)、 では に飽和する。 なので、測定した吸着量 の逆数を に対して描くと、 から切片が 、傾きと切片の比が の直線になる。温度への依存は で、[8]で使う。規模の目安として、窒素、、 とすると 、 で である( は仮定した値)。
誤りとして、気体の化学ポテンシャルに のような形を使い、熱的波長の因子を落とすことである。 の単位を換えると値が変わり、 の次元も圧力にならない。[2]の符号誤りが残った場合は、上の例で になる。
[8] 冷蔵庫の中と室内での活性炭の除去能力
ラングミュアの式 は の単調増加関数なので、比べる量は の温度変化に絞れる。 の温度依存には2つの因子がある。指数因子 は、低温ほど吸着状態のエネルギー利得 が熱運動に対して効くことを表す。冪の因子 は、2つの効果の積である。低温ほど気体の1分子が使える並進状態の数 が減り、気相に留まる利点(並進エントロピー)が弱まる。同じ圧力でも低温ほど数密度 が大きく、表面に衝突する分子が増える。どちらも低温で を大きくする。
自作解説図:同じ分圧 での被覆率( と仮定)。横軸は室温での 。
と仮定して、冷蔵庫の中()と室内()を比べる。 で、 が冪の因子、 が指数因子である。室温で となる分圧では、(室内)に対して (冷蔵庫)となる。 なら の比は1.6、 なら4.8で、 が大きい吸着ほど温度差の効き方が大きい。一方、 のように飽和に近いと と で差は小さく、冷蔵庫の利点が大きく現れるのは の範囲である。
この論述は、比べる2つの場所で臭い分子の分圧 が同じという前提に立つ。冷蔵庫の中では臭いの発生源の蒸気圧も下がり、分圧が実際には小さくなる効果が加わる。ラングミュアの式だけで の大小を決められるのは、分圧が等しい場合に限られる。答案には「同じ分圧で比べる」と書き添えておく。
解答
[1] 吸着している分子全体の状態の数
各サイトは空か分子1個のどちらかで、同じ種類の分子は互いに区別できない。状態は「 個のサイトのうち分子が入る 個をどれにするか」で決まるので、
[2] 個吸着したときの分配関数
分子の形状・振動のエネルギーと吸着分子どうしの相互作用は無視してよいので、吸着した分子が 個の状態では、どの配置でも表面のエネルギーは である。正準分配関数は全状態のボルツマン因子の和であり、同じ値の項が 個並ぶ。
[3] 大分配関数
吸着分子は気相と分子をやりとりして が揺らぐので、化学ポテンシャル の粒子浴に接した系として大分配関数 を作る。[2]を代入し、 とおいて二項定理 を使うと
[4] 吸着した分子の数の期待値
である。 と から
[5] 理想気体の分配関数 とヘルムホルツの自由エネルギー
互いに独立で区別できない 個の分子では、 個の分子の入れ替え 通りを同じ状態と数えるため にスターリングの近似 を入れると
[6] 理想気体の化学ポテンシャル
化学ポテンシャルは である。 を使って で、 から なので
[7] 被覆率 の 依存性
吸着した分子と気体の分子の化学ポテンシャルが等しいので、[4]の に[6]の を代入する。[6]から よって となる。ここで とおいた。被覆率は
[8] 冷蔵庫の中と室内での活性炭の除去能力
除去される分子の量は吸着量 で決まる。臭いの分子の分圧 が同じなら、[7]の は が大きいほど大きい。 を温度で微分すると で、 は温度が低いほど大きい。したがって低温の冷蔵庫の中のほうが が大きく、活性炭の分子除去能力は高い。
最終答
[1] 吸着している分子全体の状態の数
[2] 個吸着したときの分配関数
[3] 大分配関数
[4] 吸着した分子の数の期待値
[5] 理想気体の分配関数 とヘルムホルツの自由エネルギー
[6] 理想気体の化学ポテンシャル
[7] 被覆率 の 依存性
[8] 冷蔵庫の中と室内での活性炭の除去能力
冷蔵庫の中のほうが高い(同じ分圧で比べると、低温ほど が大きく被覆率 が大きい)。
第2問 — 物性:パウリ常磁性とキュリー常磁性
物性:パウリ常磁性とキュリー常磁性の途中式・最終答をPDFで見る第3問 — 半導体:キャリア密度・電気伝導率とショットキー接合
半導体:キャリア密度・電気伝導率とショットキー接合の途中式・最終答をPDFで見る年度別の解答例(5年度)
2026年度(このページ・解説3項目)
統計力学:サイトへの分子吸着とラングミュアの吸着等温式 / 物性:パウリ常磁性とキュリー常磁性 / 半導体:キャリア密度・電気伝導率とショットキー接合
統計力学:古典1次元振動子系の分配関数と熱膨張 / 固体物理:蜂の巣格子の逆格子・X線回折・自由電子フェルミ面 / 電磁気学:境界での反射・屈折と矩形導波管
統計力学:1次元高分子鎖のエントロピー弾性 / 光学:電磁波の横波性とJones計算による偏光素子 / 固体物理:自由電子の状態密度と金属超薄膜の量子化
統計力学:グランドカノニカル分布と粒子数の揺らぎ / 磁性:S=1 イオンのゼロ磁場分裂とゼーマン効果 / 固体物理:1次元自由電子の状態密度と真性半導体のキャリア
量子力学:角運動量の交換関係、保存則、ランデの g 因子 / 電磁気学・固体物理:金属の光学応答(ドルーデ模型)と反射率 / 半導体物理:ショットキー接合、空乏層、容量–電圧測定
2026年度の出題内容
解説3項目
前年度(2025年度)との違い
- 大問数
- 2025年度 3問 → 2026年度 3問
大阪大学の公式過去問
- 公開年度範囲
- 領域別。電子光・物性物理・化学・化学工学・数理科学は2022〜2026年度など
- 公式の解答例
- 解答例の掲載なし
- 英語の扱い
- 受験する年度・専攻の募集要項で確認してください。
- 院試hubの最終確認
- 2026-10-26