[1](i) 1粒子の軌道角運動量の交換関係
交換子は、2つの演算子の積の順序を入れ替えたときの差である。lx と ly が交換しないということは、角運動量の2つの成分の値を同時に確定できないことを意味する。3成分をまとめて [la,lb]=iℏεabclc と書くと、これが角運動量に共通の代数になる。(ii) の合成、[3] のスピン、[4] の J,L,S のすべてで同じ形が使われる。この関係から l2=lx2+ly2+lz2 が各成分と交換することも導ける。実際、[lz,lx2]=iℏ(lxly+lylx) と [lz,ly2]=−iℏ(lylx+lxly) が打ち消し合い、[lz,l2]=0 となる。[4] で L2 に固有値 L(L+1)ℏ2 を使えるのは、この性質があるからである。
出発点の [x,px]=iℏ は、px=−iℏ∂x を任意の関数 ψ に作用させ、[x,px]ψ=−iℏ[x∂xψ−∂x(xψ)]=iℏψ と確かめられる。lz=−iℏ(x∂y−y∂x) の形を使って任意の関数に作用させる直接計算でも、同じ結果になる。この直接計算を記号計算で実行し、3つの関係すべてが一致することも確認した。
単位は、左辺の [lx,ly] が (Js)2、右辺の ℏlz も (Js)2 で合う。ℏ を落として [lx,ly]=ilz と書くと単位が合わない。
誤りは符号で起きる。[x,p] を −iℏ と逆に覚えていると、全体が −iℏlz になる。1つの項だけ [pz,z] と [z,pz] を取り違えると、iℏ(xpy+ypx) という lz にならない式が出る。結果が lz の形に閉じるかどうかが、符号の検算になる。
[1](ii) N 粒子の合成軌道角運動量の交換関係
証明に使うのは、交換子が和について線形([A+B,C]=[A,C]+[B,C])であることと、異なる粒子の演算子は交換することの2点である。二重和の N2 個の項のうち、j=k の N 個だけが残る。N=2 なら [l1,x,l1,y]、[l1,x,l2,y]、[l2,x,l1,y]、[l2,x,l2,y] の4項のうち、第2項と第3項が 0 になる。2電子で2粒子の座標・運動量を実際の微分演算子で表し、これらの項が個別に 0 になること、残る2項の和が iℏLz に一致することも記号計算で確認した。
合成した L が1粒子と同じ代数に従うので、L2 の固有値 L(L+1)ℏ2 や、L とスピンの合成 J=L+S の議論を、粒子数によらずそのまま使える。多電子原子の項記号(2P3/2 のような L,S,J の組)が意味を持つ根拠である。
答案に書くべき点は、j=k の項が 0 になる理由である。「同様に」で済ませると、証明の肝を落とすことになる。数え間違いも起こる。二重和のすべての (j,k) に iℏlk,z を割り当てると N 個の和が N 回現れ、N=2 では正しい値の2倍の 2iℏLz が出てしまう。
[2] H0 のもとでの L の保存
時間に陽に依らない演算子 A の期待値は d⟨A⟩/dt=⟨[A,H]⟩/(iℏ) に従う。A が H と交換すれば期待値は一定で、保存量になる。ハイゼンベルグ描像では、これが演算子そのものの方程式 dA/dt=[A,H]/(iℏ) として現れる。
問題文で保存則の合図になる条件は2つある。「球対称ポテンシャル V0」は V0 が ∣rj∣ だけの関数であることを、「電子間クーロン相互作用 V1」は V1 が ∣rj−rk∣ だけの関数であることを意味する。この2点は、座標軸を回しても H0 が変わらないという回転対称性を与える。L は回転の生成子(e−iθn⋅L/ℏ が軸 n まわりの角 θ の回転を表す)なので、回転で変わらないスカラー量とは交換する。第2段階の式は、この事実を成分で示したものである。
大事なのは、保存するのが L であって、各 lj ではないことである。たとえば電子1と電子2の距離 s=∣r1−r2∣ に依る項では、
[l1,z,V1]=iℏs(x1y2−x2y1)V1′(s)=0,
となり、[l2,z,V1] が逆符号で打ち消して、和 Lz で初めて 0 になる。電子間相互作用により、電子どうしが角運動量をやりとりしているわけである。2電子の微分演算子で [La,H0]f=0(a=x,y,z、V0,V1 は任意の関数)、[l1,z,V1]=0、[Lz,V1]=0 を記号計算で確かめた。
球対称の中心が原点からずれると保存しない。V(∣r−d∣)、d=(d,0,0) では [lz,V]=−iℏdyV′/∣r−d∣=0 となる。「L は原点まわりの角運動量である」という前提が、V0 の中心が原点であることと結びついている。
実際に起こる誤りは、「V1 は球対称だから各 lj と交換する」と書くことである。上の [l1,z,V1] が 0 でないので、誤りになる。rj⋅rk との交換子は、L が rj と rk の両方に作用することで初めて 0 になる。この点を答案に明記する。
[3] スピン軌道相互作用を加えたときの J の保存
同じ計算で、L や S が単独では保存しないことも分かる。[La,S⋅L]=Sb[La,Lb]=iℏ(S×L)a、[Sa,S⋅L]=[Sa,Sb]Lb=iℏ(L×S)a なので、
dtdL=λS×L,dtdS=λL×S=−dtdL
である。L と S が互いに角運動量をやりとりし、その和だけが変わらない。[2] で成り立った L の保存が、H1 を加えると壊れる理由は、S⋅L が S と L の相対的な向きに依り、L だけを回す対称性が失われるからである。残るのは、S と L を同時に回す対称性で、その生成子が J である。一方 L2 と S2 は L,S のどの成分とも交換するので、H とも交換して保存する。L,S,J が良い量子数になる。[4] の g 因子の議論はこれを使う。
S⋅L の大きさの見当を付ける。ℏ=1 とし、L=1,S=21 の6次元空間で S⋅L の行列を作ると、固有値は J=3/2 の4個が +21、J=1/2 の2個が −1 になる。準位の間隔は 23λℏ2 である。これは次の関係と一致する。
S⋅L=21(J2−L2−S2),21[415−2−43]=21,21[43−2−43]=−1.
また L=1,S=21、L=2,S=1、L=3,S=21 の行列表現で、[Ja,S⋅L]=0 と、[La,S⋅L]=i(S×L)a=0 を確認した。
誤りの典型は、[Ja,SbLb] の展開で Sb[La,Lb] の項を落とすことである。残る iℏεabcScLb=iℏ(L×S)a は 0 でなく、保存が示せなくなる。「S は H0 と交換するから保存する」と書くのも誤りである。[Sa,H] には H1 からの iℏλ(L×S)a が残る。
[4] ランデの g 因子
問題文の流れは、期待値 ⟨μ⟩ が J に平行になるという前提から、両辺に J を掛けて g だけを残す形になっている。平行になる理由は、μ=−μB(L+2S) に [3] の結果 dL/dt=λS×L を使い、古典的なベクトルとして S=J−L、L×L=0 を入れると dL/dt=λJ×L になることにある。J が一定なので、L も S も J のまわりを角速度 λJ で回り、J に垂直な成分の時間平均は 0 になる。残るのは J 方向の成分 (μ⋅J)J/J2 だけである。
g の式の導き方で要になるのは、L+2S に含まれる L⋅J と S⋅J を、J,L,S の2乗で書き換えることである。これは J=L+S の2乗が J2=L2+S2+2L⋅S であることからも導かれる。L2 と S2 が保存する(H1 と交換する)ので、L(L+1)、S(S+1) を固有値として使ってよい。この前提を答案に書く。ℏ を戻すと、μ=−μB(L+2S)/ℏ で、ℏ2 が J⋅J=J(J+1)ℏ2 と打ち消し、g は無次元になる。
特殊な場合で確かめる。S=0 なら J=L で g=1 になり、軌道運動だけの磁気モーメントの値である。L=0 なら J=S で g=2 になり、スピンの g 因子 2 に一致する。表は式で求めた値で、行列から ⟨(L+2S)⋅J⟩/⟨J2⟩ を各 J の部分空間で計算した結果とも一致した。
状態 | 2P1/2 | 2P3/2 | 3F2 | 3F3 | 3F4 |
(L,S,J) | (1,21,21) | (1,21,23) | (3,1,2) | (3,1,3) | (3,1,4) |
g | 2/3 | 4/3 | 2/3 | 13/12 | 5/4 |
磁場 B=1 T を仮定すると、ゼーマン分裂の間隔 gμBB は μB=5.788×10−5 eV/T から、2P1/2 で 3.86×10−5 eV、2P3/2 で 7.72×10−5 eV になる。同じ L,S でも J により g が2倍違う。
誤りの値を3つ挙げる。J(J+1)、L(L+1)、S(S+1) をそれぞれ J2、L2、S2 と取り違えると、2P1/2 で g=23+2⋅1/41/4−1=0 となり、2/3 と全く違う値になる。S(S+1)−L(L+1) の符号を逆にすると、2P3/2 で 5/3 となり、正しい 4/3 からずれる。磁気モーメントのスピンの係数 2 を落として μ=−μB(L+S)=−μBJ とすると、どの状態でも g=1 になり、L=0 の g=2 が出ない。
解答
[1](i) 1粒子の軌道角運動量の交換関係
lx=ypz−zpy、ly=zpx−xpz、lz=xpy−ypx である。使う関係は、同じ成分の座標と運動量だけが交換しないこと [xa,pb]=iℏδab と、積の交換子の展開 [AB,C]=A[B,C]+[A,C]B である。
[lx,ly]=[ypz,zpx]−[ypz,xpz]−[zpy,zpx]+[zpy,xpz].
第1項は、y と px が他の因子と交換するので ypx[pz,z]=−iℏypx となる。第2項と第3項は、どの座標とも運動量の同じ成分の組を含まないので 0 である。第4項は x と py が他の因子と交換するので xpy[z,pz]=iℏxpy となる。したがって
[lx,ly]=−iℏypx+iℏxpy=iℏ(xpy−ypx)=iℏlz.
x→y→z→x と成分を循環させれば [ly,lz]=iℏlx、[lz,lx]=iℏly も得られる。
[1](ii) N 粒子の合成軌道角運動量の交換関係
La=∑j=1Nlj,a なので、交換子は二重和になる。
[Lx,Ly]=j=1∑Nk=1∑N[lj,x,lk,y].
j=k のとき、lj,x は rj,pj だけを、lk,y は rk,pk だけを含む。異なる粒子の座標と運動量は [rj,a,pk,b]=iℏδjkδab により交換するので、この項は 0 である。j=k のときは (i) から [lj,x,lj,y]=iℏlj,z となる。したがって
[Lx,Ly]=j=1∑Niℏlj,z=iℏLz.
他の成分も成分の循環で同じに得られる。
[2] H0 のもとでの L の保存
L は時間に陽に依らない演算子なので、ハイゼンベルグの運動方程式の右辺 [L,H0] が 0 になることを示せばよい。
第1に基本関係を求める。la=εacdrcpd と書き、[pd,rb]=−iℏδdb、[rc,pb]=iℏδcb を使うと
[la,rb]=εacdrc[pd,rb]=iℏεabcrc,[la,pb]=εacd[rc,pb]pd=iℏεabdpd.
粒子 j の rj,pj は j 以外の粒子の lk と交換するので、合成 L についても [La,rj,b]=iℏεabcrj,c、[La,pj,b]=iℏεabcpj,c が成り立つ。
第2に、同じ形の関係 [La,Ab]=iℏεabcAc を満たすベクトル A,B のスカラー積を考える。
[La,A⋅B]=[La,Ab]Bb+Ab[La,Bb]=iℏεabc(AcBb+AbBc)=0.
最後の等号は、第1項で b と c を入れ替えると εacb=−εabc により第2項と打ち消し合うことによる。
第3に、H0 の各項を調べる。
運動エネルギー:A=B=pj より [L,pj2]=0。
V0(∣rj∣):A=B=rj より [L,rj2]=0。V0 は rj2 の関数なので [L,V0]=0。
V1(∣rj−rk∣):∣rj−rk∣2=rj2+rk2−2rj⋅rk で、A=rj、B=rk とすると [L,rj⋅rk]=0。よって [L,V1]=0。
以上から [L,H0]=0 であり、dL/dt=0 となる。
[3] スピン軌道相互作用を加えたときの J の保存
H=H0+λS⋅L、S⋅L=SbLb とする。S はスピンの空間、L は位置の空間に作用するので [Sa,Lb]=0 である。S は軌道角運動量と同じ形の [Sa,Sb]=iℏεabcSc を満たす。dJ/dt=[J,H]/(iℏ) の右辺を、H0 の部分と S⋅L の部分に分ける。
H0 の部分は、[Ja,H0]=[Sa,H0]+[La,H0] である。H0 はスピンを含まないので [Sa,H0]=0 で、[La,H0]=0 は [2] で示した。したがって [Ja,H0]=0 となる。
S⋅L の部分は、Sa が Lb と交換し、La が Sb と交換することから
[Ja,SbLb]=[Sa,Sb]Lb+Sb[La,Lb]=iℏεabc(ScLb+SbLc)=0.
最後の等号は、[2] と同様に b と c の入れ替えで第1項と第2項が打ち消し合うことによる(Sc と Lb は交換するので順序は気にしなくてよい)。以上から [J,H]=0 であり、dJ/dt=0 となる。
[4] ランデの g 因子
問題文の記法に合わせ、ℏ=1 とする(L,S,J は ℏ を単位とする無次元の演算子とみなす)。S=J−L なので
(L+2S)⋅J=(2J−L)⋅J=2J2−L⋅J.
L と S は交換するので J⋅L=L⋅J=L2+S⋅L である。また S=J−L の2乗から
S2=J2−2L⋅J+L2⟹L⋅J=21(J2+L2−S2).
これを代入して
(L+2S)⋅J=2J2−21(J2+L2−S2)=21(3J2−L2+S2).
J2,L2,S2 は H と交換し、同時に固有状態をとれる。その状態で J2=J(J+1)、L2=L(L+1)、S2=S(S+1) となる。左辺は
⟨μ⋅J⟩=−μB23J(J+1)−L(L+1)+S(S+1).
右辺 −gμBJ(J+1) と等しいとおくと、g が求まる。
g=2J(J+1)3J(J+1)−L(L+1)+S(S+1)=23+2J(J+1)S(S+1)−L(L+1).
最終答
[1](i) 1粒子の軌道角運動量の交換関係
[lx,ly]=iℏlz(循環置換により [ly,lz]=iℏlx、[lz,lx]=iℏly)
[1](ii) N 粒子の合成軌道角運動量の交換関係
[Lx,Ly]=iℏLz、[Ly,Lz]=iℏLx、[Lz,Lx]=iℏLy(証明)
[2] H0 のもとでの L の保存
dtdL=iℏ1[L,H0]=0。合成軌道角運動量 L は保存量である。
[3] スピン軌道相互作用を加えたときの J の保存
dtdJ=iℏ1[J,H]=0。全角運動量 J=S+L は H のもとで保存量である。
[4] ランデの g 因子
g=23+2J(J+1)S(S+1)−L(L+1)=1+2J(J+1)J(J+1)+S(S+1)−L(L+1)