[1](a) 分配関数の係数 A とその意味
古典の分配関数は、量子の Z=∑ie−βEi で状態の和を位相空間の積分に置き換えたものである。1自由度あたり面積 h で1状態と数える根拠は、調和振動子の軌道の面積で確かめられる。エネルギー E の軌道は楕円 p2/2m+mω2x2/2=E で、面積は π2mE2E/(mω2)=2πE/ω である。h で割ると E/(ℏω) になり、量子のエネルギー準位 ℏω(n+1/2) が E 以下に約 E/(ℏω) 個あることと一致する。位置と運動量を同時に h より細かく指定できないという不確定性関係が、この最小のセルの大きさを与える。
問題が「物理的な意味」を問うているので、状態数の数え方であることと、A が T に依存しないことの2点を答案に書く。A は lnZ に定数 −Nlnh を加えるだけなので、Eˉ、揺らぎ、比熱は変わらず、エントロピーの加法定数にだけ現れる。[dxdp]=Js なので、A の単位 (Js)−N が積分の単位を打ち消して Z を無次元にする。
N! が要らない理由は、気体との違いにある。同種の気体分子は入れ替えても同じ状態なので N! で割るが、ここの振動子は平衡点で区別される。N! を付けると、エントロピーに −kBlnN! が入り、N に比例する示量的な形を失う。N=100 なら1個あたり kBlnN!/N=3.64kB だけずれる。A を 1/(N!hN) とする、または A を落として Z の単位が (Js)N のままになるのが、実際に起きる誤りである。
[1](b) 分配関数 Z
振動子が独立なら、全系の分配関数は1個の分配関数 z の N 乗 Z=zN になる。ここで z=kBT/(ℏω) は、熱エネルギーが振動のエネルギー量子 ℏω の何倍かを表す無次元量である。古典近似が成り立つのは z≫1、すなわち kBT≫ℏω のときである。
量子力学の結果は zq=1/[2sinh(ℏω/2kBT)] で、x=ℏω/(kBT) とおくと x=0.1 では古典値 1/x との差が 0.04%、x=1 では zq=0.960 に対して古典値が 1 で約 4% ずれる。古典の式は温度が ℏω/kB 程度まで下がると使えなくなる。この限界は(g)で第三法則を調べるときに効く。
誤りの例を2つ挙げる。x の積分で α=βmω2/2 の 1/2 を落として π/(βmω2) とすると、Z が (1/2)N 倍になる。また(a)の A を忘れると Z=(2πkBT/ω)N となり、単位が (Js)N のまま対数の中に入る。
[1](c) エネルギーの平均値 Eˉ
結果はエネルギー等分配則そのものである。H の中で座標と運動量の2乗の形をした項は、振動子1個あたり p2/2m と mω2x2/2 の2つあり、それぞれ平均が kBT/2 になる。直接確かめると、公式(2)の第2式と第1式の比から ∫p2e−αp2dp/∫e−αp2dp=1/(2α)=m/β となり、⟨p2/2m⟩=1/(2β)=kBT/2 である。ポテンシャルの項も同じ形の積分で、kBT/2 になる。
単位は J で合う。比熱は CV=∂Eˉ/∂T=NkB と温度に依らず、1 mol なら R=8.31 J/(Kmol) で、エネルギーは 300 K で RT=2.49 kJ/mol である。量子の結果 Eˉ=Nℏω[1/2+1/(ex−1)] は、x=0.1 で古典値の 1.0008 倍、x=1 で 1.082 倍になり、x→0 で古典値に近づく。
間違いやすいのは、運動エネルギーだけを数えて NkBT/2 とすることと、−∂lnZ/∂β の符号を落として負のエネルギーを出すことである。また β ではなく T で微分して ∂lnZ/∂T=N/T を答えると、単位が K−1 になりエネルギーにならない。
[1](d) エネルギーの揺らぎ σE2 と無視できる条件
与えられた式の由来は次のとおりである。∂Eˉ/∂β=−(⟨H2⟩−Eˉ2)=−σE2 であり、∂/∂T=−kBβ2∂/∂β を使うと σE2=kBT2∂Eˉ/∂T になる。同じ値は σE2=∂2lnZ/∂β2=N/β2 からも出る。
σE2 が N に比例する理由は、独立な N 個の振動子のエネルギーの和では、分散も和になるからである。平均は N 倍、標準偏差は N 倍なので、相対的な揺らぎは 1/N で小さくなる(中心極限定理)。数値では、N=100 で 10%、N=104 で 1%、N=1023 で 3×10−12 である。巨視的な系ではエネルギーが事実上一定の値をとり、ミクロカノニカル分布で扱っても結果が変わらない。ナノ構造のように N≲102 の系では揺らぎが観測にかかる。
次元は σE2[J2] で、N(kBT)2 に合う。kB を1つ落として NkBT2 と書くと単位が JK になって合わない。また σE2/Eˉ2=1/N と σE/Eˉ=1/N を取り違えると、N=100 の揺らぎを 1% と見積もってしまい、実際の 10% の1割にしかならない。
[1](e) k 番目の振動子の位置の平均 ⟨xk⟩
分布 e−βU が xk→−xk で変わらない偶関数なので、どの温度でも平均位置は平衡点から動かない。調和ポテンシャルは左右対称なので、温度を上げても原子の平均位置が変わらず、結晶は熱膨張しない。熱膨張を説明するには、左右非対称な非調和項が要る。これが[2]の出発点である。
問題が ⟨xk⟩ を求めさせているのに対し、(f)は平均まわりの揺らぎである。両者を区別することが答案の要点になる。⟨xk2⟩=kBT/(mω2) を ⟨xk⟩ の答えにしてしまう誤りが起こりうる。これは平均位置ではなく、(f)の振動の振幅の目安である。
[1](f) 位置の揺らぎの二乗平均
ポテンシャルの項に等分配則を使うと、21mω2⟨xk2⟩=21kBT から同じ結果が得られる。分散が温度に比例するのは、熱エネルギーが大きいほど原子の振動の振幅の2乗が増えるからである。単位は J/(kgs−2)=m2 で、長さの2乗になる。
規模の見積もりとして、ℏω/kB=300 K(ω=3.9×1013 rad/s)、原子の質量 m=5.0×10−26 kg を仮定する(値は問題に与えられていない)。T=300 K ではばね定数 mω2=77 N/m、⟨xk2⟩=0.073 A˚ になる。原子間距離(2〜3 Å)の約 3% にあたり、固体の熱振動として妥当な規模である。
古典の結果は T→0 で ⟨xk2⟩→0 になるが、量子では零点振動 ℏ/(2mω) が残る。量子との比は (x/2)coth(x/2) で、x=1 で 1.08、x=10 で 5.0 である。公式(2)の第2式を分母で割らずに使うと、21π/α3 が出て、単位が m2 にならない。
[1](g) 熱力学第三法則との関係
熱力学第三法則(ネルンストの定理)は、T→0 でエントロピーが基底状態の縮退度 g0 だけで決まる定数 kBlng0 に近づく、というものである。非縮退なら 0 になる。古典の S は絶対値をとれず、ℏ を含む A=h−N を入れても対数の発散は消えない。
古典の式が破れる位置は、Z<1 になる温度として分かる。kBT<ℏω では Z=(kBT/ℏω)N<1 で、「状態数が 1 より少ない」という意味のない結果になる。1状態より小さい位相空間の領域は、不確定性関係に反する。量子の分配関数 Zq=[2sinh(βℏω/2)]−N から出る S/(NkB)=x/(ex−1)−ln(1−e−x)(x=ℏω/kBT)は、x→∞ で 0 に近づく。数値で比べる。
x=ℏω/(kBT) | 1 | 3 | 10 |
古典 S/(NkB) | 1.000 | −0.099 | −1.303 |
量子 S/(NkB) | 1.041 | 0.208 | 5.0×10−4 |
ℏω/kB=300 K(仮定)の固体を T=30 K(x=10)で見ると、古典の式は1 mol あたり S=−10.8 J/(Kmol) という負のエントロピーを与える。x=1 付近では古典と量子が約 4% で一致し、高温側(x≪1)では古典の式でよい。
自作解説図:1次元振動子 N 個のエントロピー。古典の式は kBT/ℏω=1/e で 0 を横切り、T→0 で負に発散する
誤りの例として、S=kBlnZ と書くと +NkB が落ち(正しくは S=kB(lnZ+βEˉ))、x=1 で S=0 という不自然な値になる。また「T→0 で ln(kBT/ℏω)→0」と読み違えると第三法則が成り立つと結論してしまう。対数の中身は T→0 で 0 に近づくので、対数は −∞ に発散する。
[2] 非調和項による平均位置のずれ
摂動の手順は、分子と分母を同じ次数まで展開することである。分母の b の1次の項は奇関数のため 0 になり、分母は 0 次のままで足りる。同じ理由で、⟨x⟩ には b の2次の項も現れない(x7 の積分が奇関数)。次の補正は b3 の項で、kBT=a=1 の単位では ⟨x⟩=43b[1+845b2+⋯] となる。b=0.02 では補正が 0.23% で、厳密な数値積分の 0.015034 と1次の値 0.015000 の差と一致する。
物理的には、−bx3 は x>0 側のポテンシャルをなだらかにする。温度が上がって振幅が大きくなると、平均位置はなだらかな側(x>0)へずれる。ずれは T に比例するので、線膨張係数は温度に依らない一定値になる(古典論での熱膨張)。(e)の調和ポテンシャルでは D=0 で膨張しない。b→0 で D→0 になる点が、この関係の確かめになる。
D の単位は kBb/a2=(J/K)(J/m3)/(J/m2)2=m/K で、長さを温度で割った量である。数値例として a=2 eV/A˚2、b=1 eV/A˚3、T=300 K を仮定する(値は問題に与えられていない)。kBT=0.02585 eV で、展開の小ささを表す bkBT/a3/2=0.057 となり、条件を満たす。⟨x⟩=0.0048 A˚(調和近似での振動の大きさ 0.080 A˚ の約 6%)、D=1.6×10−15 m/K である。
誤りの例は2つある。e−βU の展開で符号を取り違え 1−βbx3 とすると D<0 となり、b>0 のポテンシャルが熱収縮を起こすという矛盾した結果になる。また、x4 の積分に公式(2)の第2式(x2 の式)を使うと、⟨x⟩ の単位が m にならない。
解答
[1](a) 分配関数の係数 A とその意味
振動子1個につき位置 xj と運動量 pj の組が1つあり、位相空間は 2N 次元である。位相空間の面積 dxdp が h のとき量子状態1つ分に当たると数えるので、
A=hN1=(2πℏ)N1.
N 個の振動子は各自の平衡点(格子点)に束縛されていて互いに区別できるため、N! では割らない。
[1](b) 分配関数 Z
H は各振動子の項の和なので、e−βH は j ごとの積になり、2N 重積分は1振動子の積分の N 乗に分かれる。公式(2)の第1式を、p では α=β/(2m)、x では α=βmω2/2 として使うと
∫−∞∞e−βp2/(2m)dp=2πmkBT,∫−∞∞e−βmω2x2/2dx=mω22πkBT.
積は 2πkBT/ω で、m が消える。したがって
Z=hN1(ω2πkBT)N=(ℏωkBT)N.
[1](c) エネルギーの平均値 Eˉ
Z=∑e−βH を β で微分すると ∂Z/∂β=−∑He−βH なので、Eˉ=⟨H⟩=−∂lnZ/∂β である。(b)から lnZ=−Nln(βℏω) で、
Eˉ=−∂β∂[−Nln(βℏω)]=βN=NkBT.
[1](d) エネルギーの揺らぎ σE2 と無視できる条件
(c)から ∂Eˉ/∂T=NkB なので、与えられた式に代入して
σE2=kBT2⋅NkB=N(kBT)2.
平均値との比は
EˉσE=NkBTNkBT=N1.
σE≪Eˉ となるのは N≫1 のときである。
[1](e) k 番目の振動子の位置の平均 ⟨xk⟩
xk 以外の変数の積分は分子と分母で同じ値になって約分される。残るのは
⟨xk⟩=∫−∞∞e−βmω2xk2/2dxk∫−∞∞xke−βmω2xk2/2dxk=0.
分母は正の有限値 2πkBT/(mω2) で、分子は奇関数を原点対称の区間で積分したものだから 0 である。
[1](f) 位置の揺らぎの二乗平均
(e)から ⟨xk⟩=0 なので ⟨(xk−⟨xk⟩)2⟩=⟨xk2⟩ である。公式(2)の第2式を第1式で割る。α=βmω2/2 として
⟨xk2⟩=π/α21π/α3=2α1=mω2kBT.
[1](g) 熱力学第三法則との関係
自由エネルギーは F=−kBTlnZ=−NkBTln(kBT/ℏω) で、エントロピーは S=−∂F/∂T より
S=NkB[lnℏωkBT+1].
T→0 で対数が −∞ に発散するので S→−∞ となり、S→0 にならない。したがって第三法則を満たさない。同じ結論は、比熱が CV=NkB で一定のため S=∫0TCVdT′/T′ が T′→0 で対数発散することからも出る。
理由は、古典統計力学がエネルギーを連続量として扱い、等分配則が T→0 まで成り立つとしているからである。実際の振動子のエネルギーは離散的な準位 ℏω(n+1/2) で、kBT≪ℏω では励起がほとんど起きず、S→kBln1=0(基底状態が1つ)、CV→0 となる。古典近似は kBT≫ℏω でしか成り立たない近似であり、T→0 で使えない。
[2] 非調和項による平均位置のずれ
k 番目以外の振動子と pk の積分は分子と分母で約分され、xk の分布だけが残る。U=ax2−bx3 の −bx3 を摂動として扱い、e−βU=e−βax2eβbx3≃e−βax2(1+βbx3) と b の1次まで展開する。条件 b≪a3/2/kBT は、x2∼kBT/a のとき βbx3∼bkBT/a3/2≪1 ということである。
⟨x⟩=∫e−βax2(1+βbx3)dx∫xe−βax2(1+βbx3)dx.
分子の第1項は x の奇関数の積分で 0、第2項は公式(2)の第3式(α=βa)より βb⋅43π/(βa)5 である。分母の x3 の項は奇関数で 0 なので、分母は π/(βa) となる。比を取って
⟨x⟩=βb⋅4(βa)23=4a23bkBT.
これは T に比例する。
最終答
[1](a) 分配関数の係数 A とその意味
A=h−N=(2πℏ)−N。位相空間の体積 hN を量子状態1つ分と数える換算係数で、Z を無次元にする。
[1](b) 分配関数 Z
Z=(ℏωkBT)N
[1](c) エネルギーの平均値 Eˉ
Eˉ=NkBT(ℏ, ω, m に依らない)
[1](d) エネルギーの揺らぎ σE2 と無視できる条件
σE2=N(kBT)2,σE/Eˉ=1/N。N が十分大きい(N≫1)とき、揺らぎは平均に比べて無視できる。
[1](e) k 番目の振動子の位置の平均 ⟨xk⟩
⟨xk⟩=0
[1](f) 位置の揺らぎの二乗平均
⟨(xk−⟨xk⟩)2⟩=mω2kBT(T に比例する)
[1](g) 熱力学第三法則との関係
S=NkB[ln(kBT/ℏω)+1]→−∞ (T→0) で、S→0 を満たさない。理由は、古典論でエネルギーが連続で等分配則が絶対零度まで成り立つとしたため(量子化・不確定性関係を無視)。
[2] 非調和項による平均位置のずれ
⟨xk⟩=DT,D=4a23bkB (>0)