設問(a-1) 理想溶液の混合のGibbsエネルギー変化
化学ポテンシャルは、μi=(∂G/∂ni)T,p,nj=i、すなわち成分 i の偏モル Gibbs エネルギーである。G は物質量について1次の同次関数(全物質量を λ 倍すると G も λ 倍になる示量性)なので、Euler の定理により G=∑ini(∂G/∂ni)=∑iniμi が成り立つ。問題文が「混合前の全 Gibbs エネルギーが n1μ1∗+n2μ2∗」と指定するのは、純液体では μi∗ がモル Gibbs エネルギーだからである。混合後も同じ Euler の関係で n1μ1+n2μ2 と書ける。
得られた式の性質を確かめる。モル分率は 0<xi<1 だから lnxi<0 で、すべての組成で ΔGmix<0(理想溶液はどんな比でも自発的に混ざる)。純液体の極限 x→0, 1 では xlnx→0 で ΔGmix→0 になる。対称な形なので、x=1/2 で最小になり、ΔGmix=−nRTln2 である。仮定の数値例として n1=n2=1.00 mol、T=298.15 K とすると、ΔGmix=−2.00×8.314×298.15×ln2=−3.44 kJ になる。
式を立てるときに崩れやすいのは3つある。(1) モル分率を質量分率と取り違える(ln の中は物質量の比)。(2) n をかけ忘れて、1 mol あたりの式 RT(xlnx+(1−x)ln(1−x)) を答える。問題文は n1 と n2 を指定しているので、示量性の量を求める。(3) 純液体と溶液の差を書かずに、Gafter=n1μ1+n2μ2 だけで終える。μi∗ の項は引き算で消えるので、T、p に依存する μi∗(T,p) は答えに残らない。
設問(a-2) ΔSmix、ΔUmix、ΔHmix
G=H−TS と dG=−SdT+Vdp(組成一定)から、S=−(∂G/∂T)p が導ける。混合前の Gbefore=n1μ1∗+n2μ2∗ には xi が現れないので、温度で微分した Sbefore は純液体のエントロピーの和であり、ΔSmix=Safter−Sbefore には μi∗ の項が残らない。同様に、圧力で微分した Vbefore は純液体の体積の和で、μi∗ の項がやはり消える。
別の確かめ方として、Gibbs--Helmholtz の式 ΔH=−T2∂(ΔG/T)/∂T を使える。ΔGmix/T=R(n1lnx1+n2lnx2) は温度に依存しないので、ΔHmix=0 となり、上の結果と一致する。
結果の意味は、理想溶液の混合が、純粋にエントロピーの増加(乱雑さ)だけで進むということである。分子間力の変化がなく、熱の出入りも体積変化もない。ΔGmix=−TΔSmix が成り立つ。数値例として n1=n2=1.00 mol、T=298.15 K(仮定)では ΔSmix=2Rln2=11.5 JK−1、−TΔSmix=−3.44 kJ で、(a-1)の ΔGmix に一致する。
符号や有無の判断を誤る例は、(1) ΔHmix=0 として、混合で熱が出入りするように書く、(2) ΔSmix の符号を負にする(lnxi<0 に −R がかかって正になる)、(3) ΔUmix に pΔVmix を足し忘れて ΔU=ΔH とだけ書き、ΔVmix=0 の根拠を示さない、である。ΔVmix=0 は、ΔGmix が圧力に依存しないことから導く。
設問(b-1) 正則溶液の混合のGibbsエネルギー変化
正則溶液は、エントロピーは理想溶液と同じ(A と B が乱雑に混ざる)で、エンタルピーだけに A--B の相互作用が入るモデルである。分子の大きさが近い2成分では、よい近似になる。β は無次元で、RTβxAxB はモルあたりの混合エンタルピーの相互作用の項である。β>0 は、A--B の引力が A--A と B--B の平均より弱い(混合が吸熱)、β<0 は強い(発熱)、β=0 は理想溶液を意味する。
式は、理想溶液の ΔGmixideal=nRT[xlnx+(1−x)ln(1−x)] に、βnRTx(1−x) を加えた形になっている。第1項は混合を促し(常に負)、β>0 の第2項は混合を妨げる(正)。この2つが競い合うのが、次の設問の主題である。たとえば xA=0.5、β=2.5 では、角括弧の中が −0.693+2.5×0.25=−0.0681 で、まだ負である。xA=0.5 で ΔGmixr が正に転じるのは、β>4ln2=2.77 のときである。
式の組み立てで起こる間違いは、(1) n をかけ忘れる、(2) ΔG=ΔH+TΔS と符号を取り違えて、β の項と対数の項が同符号になる式を書く、(3) ΔHmixideal を消さずに、前問の 0 を使わない、である。符号の確かめは、β=0 で (a-1) の理想溶液の式に一致すること、xA→0, 1 で ΔG→0 になることを見る。
設問(b-2) β=2.5 のとき二階微分の符号とグラフ
二階微分は、ΔG の曲線の曲がり方(曲率)を表す。∂2ΔG/∂x2>0 の組成は曲線が下に凸で、わずかな組成の揺らぎ(ある領域が x+δ、別の領域が x−δ へ分かれる)を与えると、混合物の Gibbs エネルギーが 21∂2ΔG/∂x2δ2>0 だけ増えて元に戻る。負なら、揺らぎで Gibbs エネルギーが減るので、揺らぎは成長する。この安定性の条件が、二階微分の符号が問われる理由である。
式の導出は、対数の項の微分 d(xlnx)/dx=lnx+1 から始める。xlnx+(1−x)ln(1−x) を微分すると ln1−xx、さらに微分すると x1+1−x1=x(1−x)1 になる。βx(1−x) は1回の微分で β(1−2x)、2回で −2β になる。以上を足すと、上の式になる。
臨界値を確かめる。x=1/2 で f′′=4−2β なので、β<2 では f′′(1/2)>0 となり、曲線は全組成で下に凸(単一の極小)、β=2 で曲率が 0 になり、β>2 で x=1/2 が極大になる(β=1:+2、2:0、2.5:−1、3:−2)。β=2.5 は、臨界値 2 を超えているので、二重井戸形になる。
グラフと微分の答案で外れる点は、(1) 曲線を xA=0.5 で極小とする(理想溶液の形)、(2) 曲線を正の領域に描く(ΔGmixr は β<2.77 では xA=0.5 でも負)、(3) 二階微分を偏微分として nA で行い、xA で微分することを忘れる、(4) 二階微分の第2項を −β と書く(係数2の落とし)。1/(x(1−x))≥4 なので 4−2.5>0 となり、全組成で正になって、不安定な領域がないという誤った結論になる、である。
設問(b-3) β=2.5 の溶液の安定な状態
Gibbs エネルギーが最小の状態が平衡である。均一な溶液の ΔG は曲線上の1点で表され、2相に分かれた状態の ΔG は、2つの相の組成を結ぶ直線(弦)上で、てこの規則で内分した点で表される。曲線が下に凸なら弦は曲線の上にあるので、混合のほうが安定で、均一になる。曲線に上に凸の区間があると、その外側の2点を結ぶ弦が曲線の下を通り、分離したほうが安定になる。2つの相が平衡に共存する組成は、共通接線の接点で、両相の化学ポテンシャルが等しい。
β と温度の関係から、分離の温度依存性が読める。正則溶液の β=ω/(RT)(ω は温度によらない定数と仮定)で、β=2 に対応する温度 Tc=ω/(2R) が臨界温度である。β=2.5 は T=Tc×2/2.5=0.8Tc に当たる。この温度より高温(β<2)では、全組成で均一に混ざる。冷却すると、Tc で xA=0.5 から2相に分かれはじめ、温度が下がるほど2相の組成の差が広がる。
結論で外れるのは、(1) ΔGmixr<0 だから、すべての組成で混ざって安定だと答える。ΔGmix<0 は、純成分の状態より安定という意味にすぎず、2相に分かれた状態との比較が必要である。(2) f′(1/2)=0 から、xA=0.5 の均一な溶液が安定だと答える。xA=0.5 は極大点で、最も不安定な点である。(3) 安定な状態を、2つの極小点の組成の純粋な成分(xA=0 と 1)に分かれるとする。極小は 0.145 と 0.855 で、各相は相手の成分を少し溶かし込んでいる。
解答
設問(a-1) 理想溶液の混合のGibbsエネルギー変化
混合前の全 Gibbs エネルギーは Gbefore=n1μ1∗+n2μ2∗ である。混合後は、成分 i の化学ポテンシャルが μi=μi∗+RTlnxi に変わり、全 Gibbs エネルギーは Gafter=n1μ1+n2μ2 となる(G=∑niμi。理由は解説に述べる)。この差が混合の Gibbs エネルギー変化で
ΔGmix=Gafter−Gbefore=n1(μ1−μ1∗)+n2(μ2−μ2∗)=RT(n1lnx1+n2lnx2).
xi=ni/n(n=n1+n2)、x=x1 とおくと、x2=1−x だから
ΔGmix=nRT[xlnx+(1−x)ln(1−x)].
設問(a-2) ΔSmix、ΔUmix、ΔHmix
dG=−SdT+Vdp+∑iμidni から、S=−(∂G/∂T)p,ni、V=(∂G/∂p)T,ni である。混合前と混合後の両方にこの関係を使い、差をとると、ΔSmix=−(∂ΔGmix/∂T)p,ni、ΔVmix=(∂ΔGmix/∂p)T,ni となる。(a-1)の ΔGmix=RT(n1lnx1+n2lnx2) で、xi は T にも p にも依存しないので
ΔSmixΔVmixΔHmixΔUmix=−R(n1lnx1+n2lnx2)>0,=0,=ΔGmix+TΔSmix=0,=ΔHmix−pΔVmix=0.
設問(b-1) 正則溶液の混合のGibbsエネルギー変化
正則溶液では、ΔHmixr=ΔHmixideal+RTβnxA(1−xA) で、n=nA+nB、(a-2)から ΔHmixideal=0、また ΔSmixr=ΔSmixideal=−R(nAlnxA+nBlnxB) である。ΔG=ΔH−TΔS に代入して
ΔGmixr=ΔHmixr−TΔSmixr=RTβnxA(1−xA)+RT(nAlnxA+nBlnxB)=nRT[xAlnxA+(1−xA)ln(1−xA)+βxA(1−xA)].
設問(b-2) β=2.5 のとき二階微分の符号とグラフ
n=nA+nB が一定なので、x=xA だけの関数 f(x)=ΔGmixr/(nRT) で考える。
f′(x)=ln1−xx+β(1−2x),∂xA2∂2ΔGmixr=nRTf′′(x)=nRT[x(1−x)1−2β].
β=2.5 では角括弧の中は x(1−x)1−5 である。n、R、T は正なので、符号は角括弧の中で決まる。x(1−x)1=5 すなわち x(1−x)=0.2 を解くと x=21±0.2=0.2764, 0.7236 で、
0<xA<0.2764 と 0.7236<xA<1 では ∂2ΔGmixr/∂xA2>0(下に凸)。
0.2764<xA<0.7236 では ∂2ΔGmixr/∂xA2<0(上に凸)。xA=0.2764, 0.7236 では 0(変曲点)。
f は x=1/2 について対称で、f(0)=f(1)=0、f′(1/2)=0 である。f′=0 を解くと極小は x=0.1448 と 0.8552(f=−0.1040)にあり、x=1/2 は極大(f=−0.0681)になる。曲線はすべての組成で負である。
自作図:β=2.5 のときの ΔGmixr/(nRT) と xA の関係(縦軸は 0 が上、すべて負)。下段の >0、<0 は ∂2ΔGmixr/∂xA2 の符号。白丸が変曲点(x=0.276, 0.724)、黒丸が極小(0.145, 0.855)と、極大(0.5)。
設問(b-3) β=2.5 の溶液の安定な状態
0.276<xA<0.724 では ∂2ΔGmixr/∂xA2<0 なので、均一な溶液は不安定で、わずかな組成の揺らぎでも成長し、自発的に2つの液相に分かれる(スピノーダル分解)。0.145<xA<0.276 と 0.724<xA<0.855 は、二階微分が正なので、微小な揺らぎには安定(準安定)だが、2つの極小の組成の液相に分かれたほうが Gibbs エネルギーが低い。
系が取る平衡状態は、2つの極小点を結ぶ共通接線で決まる。f が x=1/2 について対称なので、共通接線は水平で、極小点の xα=0.1448(B に富む相)と xβ=1−xα=0.8552(A に富む相)の2相が共存する。この共存条件は、各成分の化学ポテンシャルが両相で等しいこと(μAα=μAβ、μBα=μBβ)と同じで、f′(xα)=0、すなわち ln1−xx=β(2x−1) を満たす。全体の組成が 0.145<xA<0.855 にある溶液は、この2相に分かれ、各相の割合はてこの規則で決まる。たとえば xA=0.5 の溶液は、2相が等量になり、1 mol あたりの Gibbs エネルギーは f=−0.1040nRT と、均一な状態の −0.0681nRT より 0.0359nRT 低い。全体の組成が xA<0.145 か xA>0.855 なら、均一な1相の溶液が安定である。
最終答
設問(a-1) 理想溶液の混合のGibbsエネルギー変化
ΔGmix=RT(n1lnx1+n2lnx2)=nRT[x1lnx1+x2lnx2](n=n1+n2)。0<xi<1 なので ΔGmix<0。
設問(a-2) ΔSmix、ΔUmix、ΔHmix
ΔSmix=−R(n1lnx1+n2lnx2)、ΔHmix=0、ΔUmix=0(体積変化も ΔVmix=0)。
設問(b-1) 正則溶液の混合のGibbsエネルギー変化
ΔGmixr=nRT[xAlnxA+(1−xA)ln(1−xA)+βxA(1−xA)](n=nA+nB)。
設問(b-2) β=2.5 のとき二階微分の符号とグラフ
∂2ΔGmixr/∂xA2=nRT[1/(xA(1−xA))−5]。0.276<xA<0.724 で負、それ以外で正。ΔGmixr は全組成で負で、xA=0.5 に極大、xA≈0.145, 0.855 に2つの極小をもつ二重井戸形である。
設問(b-3) β=2.5 の溶液の安定な状態
β=2.5 では、0.145<xA<0.855 の組成の溶液は均一に混ざらず、xA≈0.145 の相と xA≈0.855 の相に分離する(部分混和)。0.276<xA<0.724 では均一な状態が不安定で、自発的に分離する。